第4話 店名 てんめい


「…………」

「なっ、なに?」


 なぜか突然、黙り込んだ京佳に私は思わずオドオドしながら尋ねた。


「……なんで」

「?」


「それを言わないの?」


「えっ」

「そんな家族間でしか分からない事を私が分かるはずないでしょ!」


「ごっ、ごめん……」


 あまりの剣幕に、私は思わずたじろいで謝った。


 この会話を聞いていた人がいたら、多分「えっ、理不尽」くらい思ったかもしれない。だが、私はそうは思わなかった。


 なぜなら、私は「お兄ちゃんが亡くなった」時、その時に「兄がいた」という事を京佳に話した。


 しかし、それ以外のお兄ちゃん……のそういった話は特に話をあまりしていなかった。


 それこそ本当に他愛もない……好きな本とか……モノの好き嫌いのそういった話はした事があったけれども。


 しかし、いざ思い返してみれば、自分の家族……もっと詳しく言えば過去に関する事を話した覚えもない。


 むしろ、京佳の言葉に同意していたくらいだった。何も言わずに相手の心理や未来が分かるのは、『さとり』や『エスパー』といったモノになってしまうだろう。



「まぁ、言ってくれてよかったけど」

「…………」


 そう言って京佳は箱に力を込めたが……。


「く……。このっ! ……うん、無理!」

「やっぱり……開きそうにないみたいだね」


「全く! 何が気にくわないのよ、この箱は……! 」

「さっ、さぁ……?」


 ただ、そんな事を私に言われても……どうしようもない。


 しかし、京佳の言うとおり『箱』は何が気に食わないのか依然としてガッチリと口を閉ざさしたままだった。


「それにしても……ん?」

「? どうしたの?」


「いや、でも……あのお店?」

「??」


 しかし京佳は、何か考え込むようにボソボソと呟くと『箱』の裏面を私に向けると、そこに刻まれた文字を指でさした。


「ねぇ、どうかしたの?」

「この文字に見覚え……ある?」


 私は京佳の見せた面を覗き込む様に見た。そこには桜吹雪とは違い。象形文字にも見え、何かのマークにも見えるモノが刻まれていた。


「あっ、うん」

「ん? あるって事?」


「あっえっと、その文字に私も気づいていた……よ?」

「あらっ、そうなの? ……というか、それも言ってよ」


「ごめん」

「まぁいいけど」


 私の反応が面白くなかったのか、京佳は何事もなかった様に、サラッと言葉を返した。


「でも、これは……名前なのかな? って」

「うーん。あまりにも達筆すぎるし、それに店名っていう事じゃないかもよ?」


 確かに、高そうなモノ全てに何かが彫られている事はないだろう。ましてや『店名』という決まりもない。作った人の名前の可能性もある。


「でも、読めなくは……ない」


 もちろん可能性がなくなったわけではない。しかし、可能性としてはかなり低いだろう。そうなると、高い可能性として残るのはやはり『店名』だった。


「まぁ、もし読むとしたら……あれなんだけど」

「うん」


 もう一度、箱を見て京佳もその箱を覗き込み、お互いコクコクと頷いた。


「……だよね」

「そうだね……」


 箱に刻まれている文字を見ながら『人名』や『品物名』などなど色々な可能性を考えてみたものの……。


「これはお店の名前……だよね」


 結局、『店名』ということで落ち着いた。しかし、それで落ち着いたとはいえ、結局のところ何も現状は変わっていない。


「……電話帳とかに載ってないのかな」


 この文字が『店名』だと仮定をして、こういったモノを販売している場所は、決して多くはないはずだ。


「どうだろ。でも、電話帳にくらいなら……」


 この時、日本ではようやく『パーソナルコンピューター』略して、『パソコン』が登場したばかりだ。


 つまり、会社がホームページを作成したり個人がブログなどをする……。そんな未来が全く想像されていなかった。そんな時だ。


「そういえば。たった今、思い出したんだけど……」

「 なっ、何?」


 京佳から次に出てくる言葉を身構えながら、待った。


「この名前のお店……何となく見当は付いているんだけどね」

「……はっ?」


 自分でも驚いてしまうほど、こんな間抜けな声が出てしまうモノなのだと知った。


「それ……本当!?」

「うっ、うん……」


 私と京佳はこの時、対面に座り、その間に机があった。しかし、その机から身を乗り出して友人の顔を覗き込んでしまうほど私はひどく興奮していた。


「それが分かっているのなら……それならすぐに早く思い出してよ!」

「ごめんごめん」


 思わず興奮している私をなだめる様に京佳は、両手で制した。


「いやいや、珍しいお店があるなぁ。今度休みの日にでも行こうかなぁ。くらいにしか思っていなかったから、あまり気にとめて無くてちょっと忘れちゃっていてさ」

「…………」


 もし、この『箱』がそのお店で作られたモノ、もしくは売られていたモノであれば『スペアキー』が作れるかも知れない。


「そっか……」


 もし出来なくても、何かしらの情報は分かるかも知れない。そもそも何か知っているか知っていないでは雲泥の差だ。


「……帰りに行ってみる?」


 だいぶ落ち着いた私の反応を見た京佳はそう提案してきた。当然、私の答えは決まっている。


「うん……行く」


 だから私は、呟く様に……しかし、しっかりと意志のある声で言った。

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