3.花簪

第1話 絶対 ぜったい


 秋の満月は、とても丸いだ。しかも、その満月は高く登りきり、後はそのまま折り返して沈むのをただ、待つだけ……。


 夜の遅い時間。


 この時代の『コンクリート整備』のされていない道に、人の通りはほとんどない。いや、そもそも『マンション』はない。


 そんな時代――――だ。


 夜遅い時間。家に若い娘が一人でいるのは、この時代では、ほとんどあり得ない。


 でも今日に限って、そんな『あり得ない』状況だった。まぁ、色々事情はある。それにコレはとても不思議なもので、そういう『あり得ない状況』というのは、なぜか幾重にも重なりがちだ。


 そう……『なぜか』――。


「うそ。これ、私が……?」


 しかし、そんな事を言っても誰も答えない。この状況を作ったのは、他ならない『自分』だ。自分でも分からない事を他人が分かるはずはない。


「…………」


 ただ目の前には、うつ伏せで倒れている友達の姿。そして、バラ撒かれた絵の数々……。


 その絵は、実はどれも目の前で倒れている『ひさ』が、欲しがってあげたモノばかりだ。


 この絵を描いたのは他ならない私だ。私は、いつも暇をもてあまし、そんな暇な時間は大抵、絵を描いていた。


「まだ……持っていたなんて」


 しかし、私は素人だ。


 どこにでもいるただの小娘が書いたモノ。決して価値があるモノだとは思えない。しかし、久は世間的には価値のないそんなモノをずっと大切に持っていたのだ。


「……」


 なんで……こうなったのだろう。


 でも、どれだけ考えても、自分の事なのに分からない。だって、私は……私は、ただ……。


「一緒に居たかった。それだけ……なのに」


 私は小さく呟き、その場で崩れた。


 この絵を描いていた頃、小物を作っていた時は、決して『こんな事』になるとは思っていなかった。


『自分でもよく分からない』


 事件を犯し、警察で事情聴取の際。こういった事を言う人がいる。


 私は、自分で事件を犯しておきながらよくそんな事が言える。なんて、私は新聞を見ながら鼻で笑い、そんな風に思ったものだ。


『自分はそうならない。そんな決まりはどこにもねぇよ』


「…………」


『……あんたは、自分が、他の人はそうでも自分は違う……。自分が特別で、例外だ。そう思っている節が、あんたにはある』


 そんな事は……!


『そんな事はしない……。でもな、誰だって事件や事故を起こす可能性はあるんだよ。人間っていうのは完璧じゃねぇんだ。だから、絶対やありえないなんて、言葉は簡単に使うもんじゃねぇよ』


「っ!」


 頭に過ったのは、そんな言葉たちだ。この言葉はつい最近出会った口の悪い少年から言われた言葉だった。


 私は、今も昔も……何も変わっていない。


 この言葉を言われた時、私はついカッとなってしまった。その時は分からなかったが、今となっては……分かった様な気がしている。


 その時は、その場にいた店員の女の子が上手く場を鎮めてくれたので、特に何もなかった。


 しかし、この言葉が今。過っていると事は……それだけ――心に残っていたという事だろう。


 私は関係ない。絶対しない。そんな事はしないというか、ありえない。だから『絶対』大丈夫。


 この時の私にはなぞの自信があった。でも、そんな事は……なかった。あの少年が言った通りだった。


「結局、私はっ……!」


 私は涙をこらえた。しかし、そんな努力もむなしく、こらえきれずに涙は顔をつたって流れた。


 そんな涙を流している私の手の中には、私が久に誕生日の『記念品』として渡した『あるモノ』を握っていた――――。


「……もう」


 私は放心状態になりながら、おぼつかない足取りでフラフラと歩いた。


「どうでもいい……」


 この時の私の姿は、他の人から見ると、何かに導かれるように……いや、何かに取りつかれたように見えただろう。


 そして、私はそのまま『とある場所』へとゆっくりと歩いていった……。

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