第2話 今にも泣き出しそう

午後四時過ぎの町、天気予報が外れたらしく薄ら寒かった。


「"今にも空が泣き出しそう"」

隣の友人、もとい馬鹿が独り言を呟いた。

どれくらい馬鹿かと言えば、桜が綺麗だったからと授業中に窓から飛び降りる位だ。

「って言葉があるじゃない?」

今日の天気をスマートフォンで確認しようとすると、独り言かと思った言葉がこちらに向いてきた。

危うく純白のスマートフォンがドブに落下しそうになる。

「何だよいきなり」

まだ文句あるのかと、フラペチーノを片手に持つ奴を睨む。

バイトの給料前である俺を気にも留めず、たった三分の遅刻の代償にフラペチーノを要求してきたのだ。

「遅刻してきた君が悪いんだろう」

「空のような雄大な心を持ち合わせてないお前が悪い」

「私の心は海より深い」

「じゃあ三分くらい待てよ」

「許さない」

俺は今の気持ちを表現する為に、とりあえず馬鹿のフラペチーノを蹴り飛ばしておいた。


「今にも私が泣き出しそう」

隣で文句を垂れ流し続けている馬鹿を余所に、俺は空を見上げた。

確かに、

"今にも泣き出しそう"な空模様だった。

天気予報では春うららかな天気になると書いてあるばかりに、傘を持ってきていない。

空に今、機嫌を損ねられては困る。

雨に打たれて風邪をひく程ヤワな身体ではないが、もしもの事もある。

世の中可能性の否定はしちゃいけない。

給料前のバイトは出来れば休みたくないのだ。土壇場給料アップだってあり得る話。

早い所目的地に到着したいが。


ちらり、と隣を見る。

天気よりもぐずついた表情の馬鹿が俺を見ていた。

「俺、目的地知らないんだけど」

道案内を急かすが、奴は一歩として動こうとしない。

「まだ何か必要なのか」

僅かに表情が緩む。

お前、どこまで俺の財布を痛め付ければ気が済むんだ。

一つ説教をしてやろうと考えて口を開きかけたが、突然溢れ出した涙に思わず彼女の腕を引いていた。


同じ屋根の下にある自動販売機から戻って来ると、馬鹿は先ほどの服装の上からニットを羽織っていた。

「そら」

「ん、ありがとう」

俺が差し出した缶ジュースを嬉々とした顔で奴は受け取る。その隣で俺はホットのコーヒーの蓋を開けた。

道案内をしそうにはない。どちらにしても、この天気では動けないか。

「人間の機嫌は直せても」

別に声を掛けたつもりではなかったが、馬鹿はこちらを向いた。

「天気の機嫌は直せないんだよな」

しばらくは考え込んだのち、気難しそうに口を開く。

「それ、私がさっき言おうとした」

「嘘付け」

「本当だもん」

子供っぽく頬を膨らませる。

この馬鹿のように当てずっぽうに生きている人間の言葉はどうにも嘘くさい。

しかしすぐに顔を戻して、"泣き出した"空を見上げた。

「仕方ないよ。空はあまのじゃくな性格だから」

「そんな性格を、海より深い心で許してあげないと、生きていけないよ」

俺の方を向き直して不敵に笑う。

やはりどうにも嘘くさい。でも、信用は出来る。

「そうだな」

「あまのじゃくだけど、本当はとっても綺麗なんだよ、空って」

馬鹿は言いながら、雨宿りをしていたはずの建物の中に入っていった。


あいにく、此処が目的地のプラネタリウムである事に俺が気付くのは、もう少し後の話だ。

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