天使は悪魔で、悪魔は天使で

@bunkou

第1話 穴

「都内のアパートでこの広さ、しかもトイレ・風呂付でこの値段は安い!ここに決めた!」

 快活な声が響く。声の主の名は東克也18歳、春から大学生である。進学する大学が都内にあるため、1人暮らしのためのアパートを探してたところである。

「こんなに家賃が安いなら、けっこう金に余裕ができるなー。おーし、大学デビューして遊びまくるぞー!」

 普通家賃が安ければ事故物件だとか、そういうのを気にするべきなのだがこの男、実に能天気である。

 しかしこの能天気な男が、後に世界を揺るがす大騒動を起こすことになろうとは…。


 借りることにしたアパートは都内でもアクセスのいいところに建っている。外観も綺麗で人気もありそうな見た目だが、近隣住人からは「何か禍々しい感じがする」として恐れらている。見た目と安さに釣られて入居を希望する人も多いのだが、見学しにきた時点でその禍々しさにあてられて取りやめることが大半である。しかし克也は見学もせずに入居を決めてしまった。

「うーん、中々いい感じじゃないか。やっぱりここにして正解だな」

 よほど鈍感なのか、アパートに漂う禍々しさは感じないようだ。

「あっそうだ。大家さんに挨拶しに行かなきゃな。確か大家さんの部屋は…」

 1階にある大家の部屋に向かい、インターホンを鳴らした。

「すみませーん。今日引っ越してきた東です」

 すると中からピンク色の髪をした若い女性が現れた。

「あらあら。あなたが東君ね。今日からよろしくね。何か困ったことがあったら何でも言ってちょうだい」

「よろしくお願いします!いやー予想よりかなり若い大家さんでびっくりですよアッハッハッ」

 初対面の女性に対して失礼な物言いだと思うが、大家のほうはさして気にしている様子はない。

「まあ。おだてても何も出ないわよ。荷物の整理もあるだろうし、長話もよくないわね。それじゃあまた…フフフ」

 そう言って大家は部屋に戻っていった。

「うーむ若くて美人だったなー。ツイてるな俺」

 アホなことを考えながら克也は自室へと向かった。

 借りた部屋は都内のアパートにしては広く、その割には付近の相場よりも家賃が断然安い破格物件である。しかしやはり部屋にも禍々しさが漂い、心なしかじめじめしている。しかし克也は全く気にも留めていない。というか感じてすらいない。

「荷物整理も終わったし、夕食までゴロゴロするか」

 床はフローリングになっているのだが、克也は何も敷くこともなくその上に寝転んだ。痛くはないのだろうか。


「ん~よく寝た。さて、夕食を買いに行かねば」

 床から起き上がると、ふと壁が目に入った。

「ん…んん?何か壁が変な色に光っているような…」

 克也は若干寝ぼけながら壁に近づき、壁に手を当てた。

「ん~やっぱり光ってる気がする。イルミネーションかな」

 しばらく壁を触っていると、ズボっと言う音とともに壁に穴が空き、そのまま克也は穴の中へ転げ落ちててしまった。

「うおおおおおおおおお!?なんじゃこりゃあ!!」

 悲鳴を上げながら穴の中を転がっていく。数十秒転がり続け、ようやく勾配のない開けた場所に出た。禍々しさがより一層増して、人間の来るところじゃない、そんな雰囲気を漂わせている。

「新手の滑り台かぁ!?とにかく出口を探さないと。ん?あっちがなんか光ってるな」

 ひとまずここから脱出しようと、克也は光の見えた方角へ向かった。


 10分くらい歩いただろうか、光が強くなり、出口が近い事を示している。克也は出口目指して走った。

「ようやく出れたぞ!あの大家さんすごいギミックを仕込んでたんだな。…ん?」

 克也は違和感に気づいた。自分はアパートの外に出たはずである。しかし周りにあるはずの建物はなく、空は赤く染まり、空気は淀んでいる。能天気な彼も流石に焦り始めた。無理もない、普段目にすることのない光景を目の当たりにすれば、誰だってそうなる。

「何なんだここは!?どうしちまったんだこれは…」

「うわぁ!!あなた何者ですか!?」

 突如として頭上から声が降ってきた。

「んん!?」

 克也は驚愕した。なんと女の子が空を飛んでいるではないか。それも翼を生やして。

「一体どこから…ってあなた人間ですか!?」

「そりゃそうだけど…。そういう君はパッと見人間じゃないみたいだね…特にその翼…もしかして悪魔?手の込んだコスプレじゃないよね?」

「コスプレ?何のことかわかりませんが…確かに私は悪魔です」

 紫色のショートヘアの少女はそう答える。

「ていうか。ここは人間の来るところじゃありません!さあ帰った帰った!」

 急かす悪魔の少女に対し、克也は事情を話す。

「そうしたいのも山々なんだけど、どうも出口が見つからなくて…」

 彼女は頭を抱えながら唸った。

「うぅ~何でこんなイレギュラーが…」

 すると突如、けたたましい、獣の咆哮にも似たサイレンが響き渡った。

「うわわっ!もうこんな時間!?ちょっとあなた、こっちについてきてください!」

「ぬぉぉ!一体何がどうなってるんだ!?」

 脳の理解が追いつく間もなく、克也は悪魔の少女に、女の子とは思えぬ力で引きずられていった。

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