僕と三枝さん

永海エラ

本編

2月14日 ( 1 )

 放課後の教室、僕に帰らず教室で待っているよう言った女の子は夕日に照らされながら入って来る。今日は俗に言うバレンタインデーというやつで、チョコレートが貰えるかもしれないと期待をしていた、が手には何も持っていない。そのまま女の子もとい三枝さえぐささんは僕の前にある椅子をこちらに向けて座ると、三枝さんの友人兼僕の好きな人の話をしだした。


八千代やちよはあんたの事が好きだったのに、あんな奴と付き合ってしまうなんてね」


 恋愛はタイミングが大事だとは良く言ったもので、すれ違ってしまえばどんなにお互いを好いていても上手くはいかない。かく言う僕も、長年想いを寄せていた相手と知らぬ間にすれ違っていたらしい。

 そもそも登校してすぐ、彼女が名前も知らない男と付き合いだしたと言う噂を聞いて今日は全く勉強が手につかなかったというのに、さらに追い討ちをかけて三枝さんは一体どうしたいのだろう。


「……僕も好きだった」


 とりあえず項垂れながらも、そう声を絞り出す。しかし彼女には言えなかった言葉を別の人にならこうもすんなりと言えるとは、自分自身に驚いた。


「はぁ? あんたそんな素振り、八千代の前で見せた事ないじゃない」


 僕が彼女の事を好きなのは僕の中では当たり前の事で、今さらそういう素振りだとか言われても、ずっとずっと昔から、彼女の前ではそういう素振りだったのだ。


「他の人と接する時の違いなんて、ちょっと笑顔が増えるくらいでしょ?」

「よく見てるね」

「ぜっ、全然見てないわよ!」


 僕の中では彼女と話す時は常に浮き足立った気持ちで心がそわそわとして落ち着かなかったのに、側から見ると案外そういう印象は受けないらしい。


「そんなことより、今からでも遅くないと思うけど」

「何が?」

「何がって、今からでも八千代に好きだって伝えて来なさいよ」

「それはもう、できないよ」


 彼女の中では僕に対する気持ちに区切りが付いたから、または、付けるために彼と付き合いだしたのだろう。今さら好きだと言ったところで混乱させるだけで、誰かのものになった彼女を惜しんで言い出したとも思われかねない。ただ好きなだけなのに、もう二度とその気持ちを伝える事はできないんだ。


「まだ私達は若いんだから、好きなものに好きと言って何が悪いの? 余裕ぶってないで良い加減自分の感情を出しなさいよ」

「悪いとか良いとかじゃないんだよ。言わないのは僕の我儘だから。もしかしたら気付かれていないのかもしれないけど、僕は案外自分勝手なんだよ」


 決して、誰かの隣で彼女が幸せならそれで良い、だなんて事は思っていない。僕が彼女の笑顔を一番近くで見ていたかった。今はただ、悔しくて悔しくて堪らない。


「あ、れ……」

「ちょっと嘘でしょっ。私が泣かせたみたいじゃない! ほら、これ使いなさい」


 そう言って差し出された皺一つ無いハンカチはいつか見た彼女のハンカチとお揃いで、そんな些細な事に気付いてはまた涙が溢れて止まらなくなった。

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