第14話

 エマーソンが底面につかぬよう支え続けてきたウィルソンの体が完全に溶け落ち、エマーソン自身もじわじわと溶け始めた頃、ぽとりと何かが目の前に落ちてきました。

 ヨハンセンです。

 他のオナガゴキブリ達よりも後方にいた上に、体が小さく歩くのも遅かったため、箱までたどり着くのに時間がかかっていたのです。

 思えば、このヨハンセンの意見にもっと耳を傾け、人間と手を組むことに慎重であったならば、こんなことにはならなかったはずでした。


「……許してくれ、ヨハンセン」

 ヨハンセンはその言葉に驚き、エマーソンの方へと向き直りました。二尾は長いつきあいでしたが、プライドが高く、ヨハンセンに対するライバル意識もあるエマーソンが、面と向かってヨハンセンに謝罪するのは、これが初めてのことだったのです。

 しかし、最後だからこそ、これを逃せばもう機会は二度と訪れないからこそ、ここで謝っておかなくてはならない、とエマーソンは思ったのです。

「私が、間違っていた。君の言うとおり、人間と手を組むなんてやめておくべきだったんだ……」


 ヨハンセンは、ゆるゆるとしっぽを左右に振りました。

「いや、それは違うよ、エマーソン。たとえ人間と手を組むのをやめていたとしても、その場合は結局、君の言った通り、ジリ貧になってチャベナーに滅ぼされていただけだった。どのみち、僕らは滅びる運命だったんだよ、エマーソン」

 ヨハンセンの言葉は、後の方になるほど弱々しく、小さくなっていきました。箱に入ったのは最後とはいえ、元々体の小さいヨハンセンは、ウィルソンの場合とは逆に溶けるのも早かったのです。


 エマーソンは、そんなヨハンセンの言葉を最後まで聞き逃すまいと、ヨハンセンの方へ向かって必死で這いずって行きました。そのエマーソンの体もまた、溶解が進行しています。あれほど優美だったしっぽも全体の四分の一ほどを残して溶けて消え、もはやただのゴキブリとの判別さえも困難になっていました。

 壁面に映ったそんな自分自身の姿を見て、エマーソンは自嘲しました。


 ――まったく、ヨハンセンの言うとおりだ。人間にとっては、いや、恐らく人間以外のものにとっても、我々はチャベナーどもと大差無い存在だったのだ。我々だけが、ずっと勘違いをしていたのだ。

 だが――

 だが、それでも、こんな結末は、いくら何でもあんまりではないか。


「ヨハンセン……これが運命だというなら、我々は何故こんな苛酷な運命をたどらねばならなかったんだ。いったい我々の何がいけなかったというんだ。何故こんな……」

 漸くヨハンセンのもとへとたどり着いたエマーソンは、触角でヨハンセンをつついて尋ね、そしてその途中でハッと気がつきました。

「ああ! ヨハンセン!!」

 ヨハンセンは、とうに息絶えていたのです。


「畜生、何故だ……何故なんだぁぁぁぁぁッ!!」

 その叫びは、今もなお分身し続ける課長の筋肉に阻まれ、どこへ届くこともなく消えていきました。

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