さとうとしお

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さとうとしお


 一口、食べて固まる。

 目の前のドキドキわくわくした表情で待つカノジョから顔をそむけつつ、傍らにあったティッシュをザシュザシュと三枚ばかり引っ張り出す。

「っ、やだ、キタナイ」

 カノジョが非難するように言う。

 だからちゃんと顔そむけたじゃねーか。反射的に吐き出さなかっただけ、良くやったと褒めてくれ。

「あのさ、これ、味見した?」

 皿の上のカットされたガトーショコラを指さす。

 初めての手作りらしく、ふくらみはイマイチながら、それなりに美味しそうに焼けている。

 その見た目に騙された。

 一口含んで、広がるのはまったりとした甘さ、ではなく、紛れもなくしょっぱい。

 それも半端なく。

「ホール、そのまま持ってきたんだよ? 味見できるわけないじゃない」

 まぁ、その言い分はわからなくもない。

 だがしかし。こんな一昔前の漫画のような出来事が自分の身に降りかかるとは思わなかった。

「これ、砂糖と塩、間違ってる」

「うそっ」

 カノジョは皿におちた細かいカケラをつまんで口に入れ、すぐに舌を出す。

「うっ……えぇと、甘さ控えめでヘルシー?」

「ばかかっ。こんな塩分の固まり、食ったら高血圧でぶっ倒れるワ」

 小首をかしげたわざとらしい仕草はかわいらしいが、殺人的だぞ、これ。

「バカとはなによっ。人が一生懸命作ったのにっ。『お前が作ったものは何でも美味しいよ』くらい言う男気見せなさいよっ」

「無茶いうなっ。そんなこと現実で言うヤツいたら、どっか病気だ。命のむだづかいだ。だいたい、どうやったら砂糖と塩間違えるんだよ、アリエナイ」

 言い過ぎた、とそこで思ったが時既に遅し。

「伊奈は何でもソツなく出来るからって、バカにしすぎっ。だいっきらい」

 ドカドカと足音盛大に部屋を出て行く。

 引き止める言葉を思いつくよりも早く、ドアが大きな音をたてて閉まった。

 あー。

 なんだよ、それ。

 テーブルに残った、足せばまだほぼ丸一個になるホールのケーキを眺めてため息をついた。



「ということで、なぐさめてください」

 向かいに座る友人に単刀直入に言う。ちょっと、かなり情けない内容だが。

「メールか電話であやまればいーだけだろ、それ」

 味噌汁の入ったおわんをトレイにもどすと、ため息と同時に吐き出す。

 心底、どうでもよさそうに。

「電話は出てくれねーし、メールは返事くれないしー。もうダメだー」

 あのバレンタインのけんかから約一月。

 メール二回に電話二回。どちらも反応なし。

 あまりしつこくすると、着信拒否されそうでそれ以上深追いできない。

「へたれ」

 みじかく、的確な一言。ムカつくなぁ。

「やかましいわ。幼馴染からいつまで経っても発展できない高木に言われたかねーよ」

 カツ丼のカツ、最後の一切れを飲み込んで言い返す。

 痛いところをつけたらしい。

 高木は冷たい視線でこちらをにらむ。

「約三ヵ月だっけ? 伊奈にしたらもったほうか? クリスマス、正月、バレンタイン。甘めの行事、あらかたおさえられて良かったんじゃねーの?」

 人聞き悪い。誰かに聞かれて誤解されたらどうする。

 まぁ、この騒々しい学食内で、聞きとがめられることもないだろうけど。

「最後はしょっぱかった、とかそういう問題じゃないからな。っていうか、ソツないってなんだよ。おれ、菓子作り以外はそれほどソツなくないぞ」

 力説するのも虚しいが。

「ま、先週もレポートつき返されてたしな」

「オマエ、もう少し友人を労わろうとかないワケ?」

「幼馴染からいつまでも進展できないおれに、それをしろって?」

 つまり、おれの言い種が気に入らなかったってことだな。

「傷心の親友の八つ当たり交じりの軽口くらい聞き流せよ」

「ムリ」

「っていうかさぁ、砂糖と塩、普通間違えるか?」

 お菓子類だけでなく、料理満遍なく得意な高木は眉をひそめる。

「どーだろ。逆ならさほど痛手じゃなかったのにな?」

 ……塩と砂糖を間違える。まぁ、塩をいっぺんに大量に使うことは少ないから、味のうすい何かが出来上がるくらいか。

 塩漬け、とかになると話は別だが。イカの塩辛がイカの砂糖甘に……キモチ悪そうだな。っていうか、腐りそうなブツだ。

「ろくでもないこと考えてるな?」

「そっちが変なこと言うからだろーが。役立たずめ。オマエが幼馴染みとうまくいきそうになったらジャマしてやるからな」

 くそう。どーするかなぁ。このまま消滅になるのは、ちょっといろいろ釈然としないんだが。

「本気でやりそうだな、伊奈」

 高木は深々とため息をついて続ける。

「仕方ない。ひとつアドバイスだ。果報は寝て待て」

 どういう意味だよ。



「伊奈っ、いたっ」

 そろそろ禁断症状か。彼女の声。幻聴が聞こえる上に幻覚まで見えだした。

 駆け寄ってくる姿。やっぱり可愛いかもしれない。っていうか、幻影など見ている己がかわいそうな人かもしれない。

 うちの大学に、いるはずないのに。

 深々とため息を落とすと頭にかるい衝撃。

「ひっさしぶりにっ、会ったカノジョの姿みて、ため息っていうのは何っ?」

 上気した顔。

「……あ、ホンモノだ」

 なんでいるんだろ。わざわざ来てくれた? 最後通牒?

「何、本物って。私の偽者がいるの?」

 眉をひそめて不安げな声。そーじゃないって。

「あまりにも会いたくて幻覚が見えたのかと思ってた。良かった、本物で」

「……伊、奈って。たまに平気な顔で、すごいこと言う」

 口元を押さえて、目を逸らす。

「この間は、ごめん。言い過ぎた」

 この機に乗じてあやまっておこう。

「……だから、伊奈はずるいんだよっ」

 ずるずるとしゃがみこみ、こちらを見上げる。

 なんだ、それ。

「私の方があやまろうって思ってて。リベンジで作って来たのにっ」

 かばんの中から取り出した白い箱をこちらへ押し付けるように差し出す。

「くれるの?」

 あれだけ散々言ったにもかかわらず。

 すごいわ、イロイロ。

 うなずくカノジョを立たせ、学食の端っこに移動する。

「開けてもいい?」

「良いよ」

 白いリボンをほどき、箱を開けるとカラフルなマカロンがならんでいる。

 ピケもきれいにできていて、おいしそうだ。

 初心者が手間がかかるもの作ったなぁ。

「いただきます」

 ピンク色を口に運ぶ。さっくりした生地。甘酸っぱいイチゴ風味のクリーム。

 緊張したような、軽く引きつっても見える彼女の顔を見て、笑みが漏れる。

 そんな顔しなくても。これは味見したんだろうに。

「おいしい。すごく」

 素直に褒めると破顔する。

「良かった。高木くんにねぇ、教えてもらったんだー」

 ……あ?

「高木? なんで?」

 思わず身を乗り出す。接点、ないだろ。いや、顔くらいはお互い知ってるけど。

 焦ってる様子がおもしろいのか、彼女はくすくす笑う。

「うん。たまたま電車で会って。お願いしたんだ。伊奈を見返せるように指導してって」

 あいつ、知ってて黙ってやがったな。

 っていうか、びみょーにフクザツな気分なんだが。このマカロン、食べるの。

 まぁ、良いか。笑ってるし。

 今度はチョコ味のマカロンを口に放り込んで、笑顔を眺めた。




                                                   【終】

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