第20話 痕跡

「植物系の魔物の特徴をいくつかピックアップしといたから、これをもとに探していこう」

 月曜日の夜10時、再びバラ園を訪れたのは私と雪那、蓮太郎、縁だ。いつものことだが純子は最後の砦として家を守るので来ていない。本来は縁もあまり動かないのだが、今は非常事態ということで積極的に現場に出ていた。

「探索は2人1組で」

「どうわけるの?」

「じゃあグーとパーで」

 そこ普通の方法で分けるんだ。時々雪那が年相応の人間の若者のようで戸惑ってしまう。しかしその戸惑いは顔に出さず、すぐに全員が手を出してグーとパーを形作った。

「あ、残念! 縁がにゃんこの手しか出せない!」

 各々の手を見てすぐに、私は爆笑した。可愛らしいオレンジの手はいつも通り、ふわふわもちもちの形のまま。

「よく見ろぃ、こりゃパーだ」

 どうやらいつも通りではなかったらしい。縁がにやりと笑って言うのでよくよく見ると、丸い手がちょっと伸びて爪の先が見えている。

「うわ微妙……じゃあ私とだね」

「おぅ、大当たりだぜぇ桜」

 ふふん、と胸を張る縁が可愛い。中身はおっさんだし、私にとっても叔父さんのような存在だが、視覚的にはめったにお目にかかれないとびきりの猫だ。確かにこれなら道中も癒されそう。

「やったぁ当たり引いたー」

「俺たちがハズレって言いたいのかよ」

 外ではきゃーきゃー言われる美男ペアの天使のほうが、眉間にしわを寄せて抗議したげに言ってくるので、私は素直にうなずいた。

「だって縁が一番安定感あるし、見た目も猫だし可愛いし」

「悪ぃなぁ、美少年を差し置いてぇ」

 私と縁でハハハと笑い合うと、雪那はふんと鼻を鳴らしてなにやらゴソゴソとカードを取り出した。

「じゃあこれ、魔物の特徴な。無くすなよ」

 そう言って寄越された4枚のカード。縁にも見えるようにしゃがみこんで覗くと、ファンシーな絵とキラキラの装飾、そして一緒に簡単な文章が添えられていた。

「………これ雪那がつくったの?」

「そうだけど」

 相変わらず持ち物が可愛い。そう思ったのは私だけではなかったようで、今まで無反応だった蓮太郎が「……少女趣味」と呟いた。

「なんか言ったか」

「………」

 すかさず雪那が蓮太郎を睨んだが、蓮太郎はそのまま何も言わずそっぽを向く。雪那は気を取り直して私たちに説明を始めた。

「まず1枚目が精霊。その緑色のカード、半透明のふわふわしてる絵のやつ。そいつらは植物そのものだから、木に顔があったり、植物の近くになんとなく浮かんでたりする。姿が見えなくても、植物が這いずり回った跡みたいなのがあるから、注意すればすぐにわかるはずだ」

「見つかったらヤバい?」

「一般的にはヤバくないけど、ここのは攻撃性が高いかもしれないから見つかるな」

 はい2枚目、と彼の言葉は続く。

「ピンク色のカード。これは女神だから近づくな。だいたい異常なぐらい光ってて、夜でも姿がはっきり見えるはずだから、変だと思ったらコレを置いて」

 そう差し出されたのを素直に受け取ろうとして、それが何かを悟った瞬間、私は素早く手を引いた。

「うぇぇぇ、ネズミじゃん。しかも死んでる。生きてても嫌だけど」

「おぅ、俺が捕ってきたんだぜぇ」

 縁が嬉しそうに報告する。縁は見た目通り猫だし、そういったことをしても何も不思議はないのだが、遠慮なく抱き上げありしていた彼がネズミを狩ってきていたと考えると、今後は少し遠慮しようと思った。

「ネズミならこの間、でっかいのと会っただろ」

「あのネズミの旦那さんは別だよ。あっちは魔物。こっちはドブネズミ」

「一応きれいにしてあるから触っても大丈夫だよ。嫌なら袋に入れるけど」

 最初からそうして欲しかった。私がお願いすると、雪那は白い小袋にそれを入れて私に渡す。口をきゅっと絞ったヒモのほうを持って、本体のほうは絶対に触らないでおこうと誓った。

「女神フローラは死んだものを花に変える。そいつに花が咲いたら間違いないから、その時はそっと戻って来い」

「りょうかーい」

「次は妖精だな、青いカード。こいつらは輪になって踊った跡がある。輪っかの形に花が成長してたり、草が伸びてたり、キノコが生えてたり。ただ踊ってる中に引き込まれると、気が済むまで何年も踊らされることがあるから気を付けろ」

 カードの絵は綺麗な羽をはやした子供なのに怖いな。私がぞっとしているのをよそに、雪那は最後のカードを説明する。

「黄色のカードはマンドレイクだ」

「あれ? これ雪那の部屋にあったような」

 キラキラした小物と洋書とお花にあふれた彼の部屋は、興味を引かれるものが多くて幼い頃よく入り浸っていた。そこにはカードに書かれているような、幅広の葉っぱをはやした鉢植えがあったような。

「いろんなものの材料になるから、常に置いてるんだよ。こいつは無理やり引っこ抜くとめちゃくちゃ泣くし、それを聞けば良くて失神、悪くて死ぬから絶対に引っ張るなよ。桜は耳がいいから特に。見た目で判断できるから、見つけたらどこにあるかだけ教えてくれ」

「ん、わかった」

 説明が終わると、家の中心に置かれた玄関から右を雪那と蓮太郎、左を私と縁が見て回ることで分かれた。オレンジのふさふさが、ご機嫌に二つの尻尾を振って先頭を歩く。

「桜ぁ、匂いと音に気ぃ付けとけよぉ。俺ぁ気配と経験で探っとくからよぉ」

「それって勘って言うんじゃないの?」

「そうともいうかなぁ」

 はっはっはと笑いながら、縁は小さい足をとことこと動かして進んだ。

「けどよぉ、それに助けられるってぇこともあるんだぜぇ」

「本当に~?」

「本当さぁ、任せとけってぇ」

 とことこしながら、縁は私を振り返ってウインクする。適当なことを言っているようにしか聞こえないが、今まで彼が大丈夫と言ってその通りにならなかったことはない。それに経験というのは、1年前から仕事を始めた私にとっては圧倒的に足りないものだ。そこを補ってくれるというのなら、なおさら安心できる。

「頼りにしてるよ」



 そうして時折会話を挟みながら、私達は家の中を見終え、庭へと出る。縁が下、私が上を主に注視しながら、たまにカードを見返して痕跡がないかを探ったが、一向に見つからない。縁が生け垣の下に頭を突っ込んで、私が木の上に登って見ているのに、マンドレイクの葉っぱの先すら発見できなかった。

「なんか、何もなくない?」

「ねぇなぁ」

 もしかして登ったこの木に精霊がいたりして、とぐるぐる幹を回ってみたが特に異常はない。薄気味悪いぐらいに沈黙した、ただの木だ。縁もすっかり足を止めてお座りをし、毛づくろいをしながら頭に付いた葉っぱを払っている。

「あちらさんとこにあるのかもしれねぇしなぁ」

 縁は雪那と蓮太郎が進んだ方向へと目を向ける。2人は仲良く探しているだろうか、と考えたところで、そんなはずはないかと自分で答えを出す。今回の件でバタバタしているから最近はあまり見なくなったけど、あの2人は3日に1回はケンカをしていた。というか、多くの場合は蓮太郎が雪那の気に障ることをして、雪那が怒鳴っている。今もそうなっていないといいけれど。

「あの2人って、2人きりの時は何話してるんだろ」

「だいたいケンカしてるなぁ」

「だよねぇ……今は大丈夫かな」

「さすがにケンカはしねぇだろうけどなぁ、雪那は怒ってるかもしれねぇな」

「うん、でも、最近はあんまり怒ってなかったよね」

「雪那もだいぶ疲れてるみてぇだからなぁ。なんだ、心配かぁ?」

「うーん、ちょっと。前は2日おきくらいにリビングが燃えてたじゃん? それが今ではさっぱりだから」

 言葉の綾でもなんでもなく、雪那は蓮太郎に怒ると魔法で爆発を起こしていたので、リビングの壁や床、カーテンなんかはよく焦げていた。それでも雪那が自分の指をひとつ鳴らして元に戻していたので被害はないに等しいのだが、最近のリビングは純子が磨いたまま、いつでもピカピカだったのでちょっと寂しい。

「なぁに、これが片付いたらすぐケンカするってぇ」

 縁が目を細めて私を見ながら、期待通りの言葉をくれるのでちょっと気恥ずかしかった。励ましを求めていたようで、これではまるきり子供だ。彼には充分、子供だろうけど。

「それになぁ、雪那を怒らせんのは蓮太郎だが、雪那を癒すのも蓮太郎なんだぜぇ」

「え?」

 そうなの? と聞こうと思ったところで縁は「ここにある気がすんなぁ」とバラの裏へ消えてしまったので、質問は出ることなく胸の内に沈む。慌てて追いかけると、縁は再びお座りをしていた。こちらを振り返って、にやりと笑う。

「ほらなぁ、経験から出た勘ってぇのは、当てになんだろ?」

 縁の前には、ちょうど彼がすっぽり入るくらいの小さな円状を描いて、鮮やかな花が咲いていた。

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