第17話 謎の解明

 私が物騒な、と引いた蓮太郎の機関銃だが、結果的にはそれを使うことはなかった。というか、使えなくなった。昼間と同じガチャガチャという音をさせながらリビングに入ってきた蓮太郎の手には、カラフルな装飾が施された機関銃が。

「何それ?」

「……機関銃」

「なんかカラフルになってるけど」

「………花が咲いた」

 ここだけ聞くとちょっとアホみたいだが、これは明らかな異常事態だ。純子がすぐに雪那を呼んでくる。だが彼もテーブルに無造作に置かれた機関銃を見て、「なんで綺麗に飾られてるんだ?」と首を傾げた。

 一緒に住んでると言うこと似てくるんだな。私がぼんやりそんなことを思っている間に、雪那はどこからか白い手袋を取り出して、慎重に機関銃を観察し始めた。毒々しい位に鮮やかな緑色の蔦に、赤や青、紫の花々。百合のような形をしているが、近づいたらパクリと食われてしまいそうな禍々しさがある。

「見たことない花だな」

「私も知りません」

 雪那と純子、年嵩の二人が分からないのなら、ここにいる誰にも分らないだろう。持ち主である蓮太郎もぶすっとして口を閉ざしている。雪那は袖口からキラキラと金の星が散る華奢な杖を取り出して、そろりと先のほうで花弁を撫でた。金色がシャラッと音が鳴りそうな美しさで尾を引いて消える。どうでもいいけど、雪那の持っているものって全部ファンシーだ。

「魔力によって咲いたのは確かだろうけど……これ自体が何か効力を持っているようには見えないな」

 杖が反応しない、と雪那は華奢な棒を振る。

「ただの花ってこと?」

「機関銃に突然咲く花はただの花じゃないだろ。触るなよ」

 触んないよ、と私は唇を尖らせた。小さい子供じゃあるまいし。そこでふと、私は昼間に見たもう一つの武器のことを思い出した。

「ねぇ、純子のは何ともないの?」

 私の言葉で全員の視線が純子に集中する。雪那と共にかがんで花を見つめていた彼女は一瞬動きを止めて、背中に手を回した。数時間前と同じように、どこからかにゅっと金棒を取り出す。恐ろしいトゲトゲがついた、闇色の凶器。こちらからは変化がないように見えたが、目前に掲げた純子は「あら」と声を漏らした。金棒を半回転させると、真っ赤な花が一輪。私はそれを見て、なぜか気味の悪い女の唇にひかれたルージュを連想した。自分の想像に内心ふるりと震える。

「気づきませんでした」

 純子が他人事のように呑気に言いながら、機関銃の隣にゴスッと金棒を置いた。軽々持ってたけど、そんな音がするほど重いんだソレ……と私は再び震えたが、私のほうが怪力だったと思い出して気を取り直す。

「蓮太郎さんのと同じものに見えますね。これ、明日使っても大丈夫でしょうか?」

「止めたほうがいいだろうな」

「でしょうね……」

 純子が雪那の言葉を受けて軽くため息をつく。「とりあえず俺の部屋に置いておこう」と雪那がパチンと指を鳴らすと、いつかのように機関銃と金棒がふよふよと浮いて、ドアの向こうへと去っていった。それとすれ違うようにオレンジのふわふわがリビングへするりと入り込む。

「なんか物騒なもんが飛んでったなぁ」

 いつもニコニコ笑っているような顔を珍しく怪訝な形にして、縁が近づいてきた。純子が簡単に説明すると、目を閉じてうにゅーん、と唸る。

「とりあえず、明日はやめといたほうがいいだろうなぁ。今の状況を整理してからにしようや。坊主には俺が言っといてやるからよぉ」

 縁はそう言って再びドアの向こうへ消えていく。そういえば透の家を知っているのは送迎をしたことのある縁だけだ。まだ夜も更けていない時間なら彼も起きているだろう。つくづく面倒見の良い猫だ。私たちは縁を見送ってから全員でソファに腰を下ろす。

「縁の言うことももっともだな。見落としがないか、もう一度見直してみよう」

 雪那の言葉に全員頷くのを見ると、彼はやはりパチリと指を鳴らして浮遊する物体を呼び寄せる。青バラの写真と、実物の青バラだ。実物のほうは筒形のガラスのケースに収まっている。それらがふわりとテーブルに舞い降りた。

「まず事の発端だな。仕事の帰り道で桜が人間に姿を見られた」

 もう一度最初から事の次第を説明するように促され、私は記憶を巡らせる。そこで先日「誘われたのではないか」と考えたことを思い出した。再びヒヤリと背筋が冷える。

「蓮太郎と雪那と別れて、屋根伝いに帰ってて、そしたら桜が飛んできたから、どこに咲いてるんだろうと思って追いかけて……でも結局、どこから飛んできてるのか分からなかったから、諦めてしばらくその場で眺めてたんだよね。んで、ふと気づいたら誰かが見てる気配がして、それが高橋くんだったの」

「……なぜ気づかなかった?」

 精巧な造りをした目をこちらに向けて、珍しく蓮太郎が口を開く。責めているような言葉に聞こえるが、これは桜なら人間が近くにいることを気づかないわけがないだろうという信頼から発せられたものだ。だからそれを裏切るような申し訳なさを感じて答える。

「夢中になってて気づきませんでした……」

 自分で言ってて途中で間抜けだなと思い、つい尻すぼみになった。

「ねぇ、これっておかしい? もしかして嵌められた?」

「何とも言えませんが、確かにちょっと不自然ではありますね」

 純子が本物の少女のようにあどけない顔で、こてりと首を傾げた。確かにこうして家の中にいても、この洋館に近づいてくる気配があれば私は誰よりも早く気づける。音にも匂いにも気配にも敏感な私が、人間に後ろを取られることなんてありえないのだ。

「まずそこからおかしかったわけだな」

 雪那が唇を尖らせる可愛らしい仕草をしながら確認する。

「でも最大におかしいのは人間がここに来たことだと思う」

 事の次第としてはステップ2にあたる透の来訪。彼はどのようにして結界をすり抜け、この場所にたどり着いたのか。

「その時の高橋さんは、意識が朦朧としている様子でした。おそらく自分の意志でここに来たわけではないのでしょう」

「とすると、第三者が絡んでる可能性がある」

「第三者……」

 私は雪那の言葉をおうむ返しにつぶやく。心当たりは一切ない。そしてそれは他の面々も同じようで、一様に難しい顔をしてうつむいていた。

「確証は全くないけど、あの子供自身に何の力もないんじゃ、何かの力によってと考えたほうが自然だ」

「それって、あのバラ園にいる〝何か”?」

 私がそう聞いたが、大人たちは何とも言いきれないようで微妙な唸り声をもって答える。

「とりあえず留意点として、そこは置いておきましょう」

 答えが出ないと判断した純子がそう言い、話が次に進む。

「バラ園での襲撃が2回ともあったんですよね」

「一度目がこのバラで、二度目が写真を発見したとき」

 雪那が先ほど部屋に取り寄せた青バラとその写真を示しながら言う。そのどちらにも居合わせた私が補足した。

「バラはただ咲いただけだけど、写真を見つけたときは高橋くんに蔦っぽいのが襲い掛かってきたんだよ」

「反応が違ったことも謎。そしてこの写真自体も謎だ」

 命の代わりに、と書かれた青バラの写真。その意味もいまだ分からないままだ。

「それで今度は機関銃と金棒に花が咲いた」

「なんででしょうね」

「謎だらけじゃん」

 というか、何一つ謎の部分がわかっていない。

「だからこそ探索を進めて手がかりをつかみたかったんだけどな」

 白い眉間にしわを刻んだ雪那が、ため息をつきながら言う。確かに状況を整理した今となっては、何が起こるかわからないまま、またあの場所に足を踏み入れるのは危険だと思う。何一つ真実がわからない状態では、対策の立てようもない。一段と攻撃的になった蔦にまた襲われるかもしれないし、想像の範囲を出ないが、第三者からの攻撃もあり得る。そしたらこの家にいるのが一番安全――――安全?

「ねえ、この家って安全なんだよね?」

 急に不安になって、私は思ったままを口にする。

「人間とか、用のない人とか、悪意のある人は入ってこれないんだよね?」

「そのはずですが……桜?」

「じゃあ、あの花も、悪意のないもの?」

 私がそろり、とドアを指さして、雪那の部屋へ去っていったまがまがしい武器に咲いた花を示すと、全員の視線がそちらに向けられ、数舜沈黙が下りた。

「――――そんなはずがない」

 雪那が重苦しく否定の言葉を吐き出す。それはここにいる全員の思いだ。

「俺たちが使う武器に危害を加えたんだ。悪意がないはずがない。どうやって入り込んだ? 一体いつ……」

 わずかに焦りの色を浮かべた雪那が、口元に手を当てて考え込む。

「高橋さんがここにやって来れた時と同じ原理でしょうか?」

 純子も困った顔で頬に手を当て、そんな推測を口にした。結界が弾くはずの異物である透と花。いずれも住民がそろっている時に起きた異変なのに、いつ、どうやってその網を潜り抜けてきたのか気づかなかった。

「…………あるいは」

 再び口を閉ざしていた蓮太郎が、先ほどの雪那と同じように重く言葉を発する。

「……入り込んできたのではなく、既に入り込んでいるんじゃないか」

 その後に続いた蓮太郎の説明を聞き、意味を理解した時、私は今度こそ背筋が凍った。

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