第14話 写真の謎

「そういえば、あの写真は何だったの?」

 夕食を終え、テレビを見ながらまったりしている時に、唐突に青バラの写真のことを思い出した。透は面倒見のいい縁に付き添われて帰っていったから、大きな声で話題にしても大丈夫だろう。問われた蓮太郎も今思い出したというように無言でポケットに手をやり、ぺラリと例のものを取り出した。

「なんだ、それ?」

 読んでいた本から顔を上げた雪那に、蓮太郎は写真を差し出す。受け取って見るなり「また青バラか」と呟いた雪那はぺらっと写真を裏返して例の文字を発見した。じっと動かずそれを見つめる様子に私は何が書いてあるのか知りたくてうずうずして、彼の後ろに回って写真を覗き込む。流れるような達筆な文字。むしろ達筆すぎて読めない。

「………なんて書いてあるの?」

 馬鹿にされるかもと思いつつ笑いながら尋ねたが、雪那は特に表情も変えずに答える。

「"命の代わりに"」

「………どういう意味?」

「分かれば苦労しない」

 雪那は開きっぱなしだった本に写真を挟んでパタンと閉じた。その不気味な写真を栞代わりに使うのかと神経を疑ったが、ふうっとため息をついた雪那が続けた言葉に意識を持っていかれた。

「まぁ、あんまり良い意味じゃないと思うけど……」

「え、なんで」

「"代わりに"ってあっただろ? これは"代わりに何かを支払う"、つまり代償があるって意味かもしれない。この手の契約は得られるものが大きいほど、それを破ったときのしっぺ返しも大きくなる」

 雪那が透と交わした契約と同じということだろうか。確かに不履行の罰があると言っていたっけ。

「じゃあ、"命"なんて大きいものを得られる場合は……」

「契約を守れなければ、悲惨な死に方をするだろうな」

 雪那の重い言葉に、リビングがしんと静まり返った。自分が契約したわけではないのに、死というほの暗い恐怖が足元に這いずりよってくる感じがする。動いたらそれに食いつかれるような気がして、体を硬直させた。

「………誰の契約だ」

 重苦しい空気を割いたのは、珍しいことに連太郎だった。

「……誰が死ぬんだ」

 彼の言葉に雪那は顎に手を当て、考え始める。

「まだ死ぬって決まった訳じゃないし、契約だとも言いきれないけど……そこに住んでたっていう爺さんか、俺たちがまだ知らない関係者か」

「……あの子供ということは?」

 連太郎の言う子供とは透のことだろう。だが、なぜ透が契約者だと思うのか、桜にはいまいちピンとこなかった。だって、透はこの状況がどうやって引き起こされたのか分かっていなくて、今日のことにもショックを受けていたし。それにもし契約した本人なら、そもそも解決してくれなんて私たちに依頼してこないだろう。雪那もどうやってその考えに至ったのか、経緯を話すよう連太郎に目で促す。

「………今日、攻撃されたのはあの子供だけだった。死人が出るとしたら、あいつだっただろう」

 その言葉に私は今日の出来事を思い返してみたが、確かに蔦は一番近くにいた私を無視して透にだけ絡まっていた。

「え、それって高橋くんが狙われてたってこと?」

 私は思い付いたことをそのまま投げ掛ける。だが連太郎はそれに答えず、判断を委ねるように雪那を見た。そっか、こういうことサッパリ分からないって言ってたもんね。

「うーん、実は何かと契約してて、でも守れなくて命を狙われてて? そうなると俺たちには嘘をついて依頼をしたってことで………。いや、飛躍しすぎだろうな」

 最終的に雪那は首を振って否定する。

「確かに、桜を見かけた人間が結界を通り抜けてここまでやって来たり、この件はイレギュラーなことが多いからまったく可能性が無いとは言いきれないけど、この写真一枚では何も言い切れないな。ただ、依頼人にとって危険なのは確かだから、種探しはひとまず止めておけ」

「え、でも報酬……」

「日曜日には俺も連太郎も行けるから、その時に見てみよう。単独では絶対に行くなよ」

「んー、分かった。高橋くんにも明日、言っておく」

 この先の方向性が決まったところで、ドアノブが回される音と共にオレンジのふさふさが入ってきた。

「よーぉ、送ってきたぜぇ」

 いつでもご機嫌な縁の顔を見るとほっとする。張りつめた空気も自然と緩んだ気がして、私はさっと抱えあげた縁のお腹に顔を埋め、お日様の匂いをすんすん嗅いだ。

「おいおい、なんでぇこの間から。おっさんの匂いを嗅ぐなっつの」

「……あれ、もしかして縁の匂いって加齢臭?」

「違ぇよ! もしそうでも言うんじゃねぇ、気になんだろが!」

 いつも余裕の縁が慌てる様が面白くて、私は笑いながらも嗅ぎ続ける。加齢臭でもこんなに良い匂いなら気にしないけどな。しかし、私の笑いと縁のシャーッという威嚇に混じって、控えめな少女のクスクス笑う声が聞こえたので、ふわふわから顔を上げる。キッチンで洗い物をしているとばかり思っていた純子が、縁に続いてリビングに入ってきていた。

「本当に二人とも仲が良いですね。親子みたい」

「え、私って猫っぽい?」

「俺ぁ、こんなでかいガキ持った覚えねぇな」

 確かに私のほうが何倍も大きいしね。そんなことを考えていると、隙をついた縁がするりと腕から抜けていった。

「あいつから連絡きたのか」

 華麗に着地した縁が純子に問う。

「はい。大黒さん、お忙しかったみたいで時間がかかりましたが………やはり結界に異常はないそうです」

 屋敷と私たちを守る結界。先日、透が入ってきてしまったために大家である大黒さんが点検してくれたのだろう。しかし、正常に作動していたということは、この状況を招いた原因が他にあるということだ。

「なんなんだろうね」

 おそらくこの場の全員の心境を表した言葉をポツリと呟き、私は再び緊張の糸が張る音を聞いた。

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