第3話 友人宅

 優美と清加は雪那の店でいくつか雑貨を買っていったが、私は結局お茶をするだけで退散することにした。妥協してティッシュケースを買うのもアレかなと思ったし、だったらお金のあるときに気に入ったものを買おうと思った。


 一応、雪那には「お小遣い……」と探りをいれてみたのだが、爽やかな笑顔で「半年分の前借りでよければ」と返されたのですぐに諦めた。雪那は天使のような愛くるしい顔で外面も良いが、中身はまったく可愛くない。友人がいなければきっと無視されて終わっただろう。


 オルゴールは買えなかったが美味しいものを食べてそれなりに機嫌の良い私は、足取り軽く店を後にして三人で買い物を楽しんだ。またもや優美に従って彼女のお気に入りの服屋へ入り、服を当てては感想を言い合う。ちなみに私は二千円しか持っていなかったので本当に当てて楽しむだけにした。ぎりぎり買える服もあったが、ここでお金を使い切ってしまうとコンビニすら行けなくなる。途中からはもう、服を当てると誘惑に負けると思って友二人の服選びを見守るだけになった。


「桜、良いのなかったのー?」


 そんな私に気が付いた優美が鏡から視線を外して尋ねてきた。手には優美が好きそうなピンクとリボンのワンピースが握られている。


「いや、お金ないからさ、今日は買えないわ」

「そっかぁ。じゃあ、別のところ行く?」

「いいよ、好きなだけ見て。ここの服好きなんでしょ」

「んー………」


 優美は唸りながら手にした服を見て、もとの場所に戻す。すると、ぱっと笑顔で振り返って私に駆け寄ってきた。


「ねーえ、じゃあさぁ、うちに行こうよぉ」

「え、なんで」

「こないだ買った服がねぇ、可愛いんだけどおっきすぎてさぁ。桜にあげようかと思ってたのぉ」

「本当に!? 行く行く」


 服を買いたい欲が高まっていた時にこの申し出はありがたい。私が喜んで返事をすると、優美が試着室の清加に声をかけた。


「清加ぁ、これからうちに行くけどぉ、清加も来るでしょぉ?」

「うん、行く」


 返事と共に清加はシャッと勢いよくカーテンを開け、試着した姿を私たちに晒した。それに衝撃を受けた私と優美は途端に笑い出す。清加は不思議そうに首を傾げた。


「そんなに似合ってない?」

「いや、いや、似合ってない、というか、なんか、違和感、というか」


 何かに内臓を押されているのではないかという勢いで笑いを吐き出しながら、私はなんとか感想を伝える。優美はもはや笑いすぎて苦しがっているので言葉など発せないだろう。しかしそれも無理はないと私は思う。黒髪ボブカット、キリリとした黒縁メガネに委員長のような真面目顔をした清加が、不思議の国のアリスを彷彿とさせる水色のドレスワンピースを着ているのだ。違和感しかない。例えるなら七三分けのサラリーマンがメイド服を着ているような感じだ。


「違和感、ねぇ……」


 清加が私の言葉を静かに反芻する。もしかして傷つけたかな、と不安になり私は笑いをひっこめた。そして清加は力強く言葉を続ける。


「私は手に取った瞬間からクソほど似合わないと思ってたよ」

「じゃあなんで着たのー!」


 私と優美は再び爆笑の渦に巻き込まれる。しかし、あまりにもうるさくしたためか店員に咳ばらいをされてしまったので、笑いに苦しみながらもなんとか店を出て優美の家に向かった。


 優美の家はここから学校までのちょうど中間に位置する。綺麗に整備されているが、家と家の隙間が少ないぎゅうぎゅうの住宅街は十年ほど前に開発されたエリアで、子供を持つ若い家族が多い。叫びながら走る子供たちを横目に歩いていけば、薄紅の屋根とクリーム色の外壁がショートケーキのようだといつも思う、こじんまりとした二階建て家屋が見えてきた。


「ただーいまー、お母さーん!」


 優美はドアを開けるなり、廊下の奥のリビングにいるであろう母親に叫んだが、聞こえなかったようで返事はない。私はわずかに漂う甘い匂いを嗅ぎ付けてその理由が分かった。優美、お母さんはキッチンでお菓子作ってるよ。


「お母さーん、桜と清加が遊びに来たよー!」


 今度の声は届いたようで、奥からパタパタと走ってくる音がした。優美のお母さんはひょこっと、リビングのドアから優美の三十年後がうかがえる顔を覗かせる。


「あらぁ、まぁいらっしゃい」


 急な訪問にも関わらず、優美のお母さんはパッと明かりがつくような笑顔を私たちに向けてくれた。ぽっちゃりしているせいか彼女の笑顔には和みや安心感がある。


「おじゃましまーす」

「お母さん、私たち上にいるねー」

「はぁい。後でジュース持ってってあげるからねぇ」


 私たちは優美のお母さんに礼を言いながら左の階段を上り、優美の部屋へと入っていった。昔と変わらず白とピンクを基調とした部屋で、ぬいぐるみがゴロゴロとあり、そして机の上はぐちゃぐちゃだ。


「テキトーに座ってぇ、いま服だすからぁ」


 優美は自身の鞄をポイと放り出して、白いクローゼットを探りだした。清加は一番座りやすいベッドに腰かけたので、私は地べたにどっかりと座り込む。尻の骨が痛いが別に構わない。


「この部屋、相変わらず少女趣味だよねー」

「えへへー、可愛いでしょぉ」

「まあ可愛いっちゃ可愛いけど」

「年を考えろってね」

「あ、清加ひどぉーい!」


 私が少し思っていたけど言わなかったことを清加がズバリ言い、優美はぷくぅっと頬を膨らませた。そしてクローゼットから勢いよく服を引き出す。


「もう、部屋はいいからコレ着てみてぇ!」


 優美の手で広げられた服は淡い紫のワンピースで、胸の下で切り返しがあり、その下はふわふわと透ける布が幾重にも連なっていた。いつもの優美の服と比べたら少女趣味が抑えられていてホッとしたが、私の普段着と比べたら可愛すぎる。


「この大人っぽくて、でも妖精さんみたいな感じが良かったんだけどぉ、私が着ると膝下丈になって、なんかお子様ってなっちゃうのぉ」

「大人っぽい………まあ優美にしたら大人っぽいか」

「桜までひどいこと言うぅ~」

「いやいや、ありがたく着させてもらいますよ」


 私は適当に優美をごまかして、ズバッと勢いよく脱ぎ始めた。ブレザーもワイシャツも一緒くたにして床に放り出し、スカートもスパーンッと下に落とす。


「………桜、普通にここで脱ぐんだね」

「恥じらうものがないし、胸とか」


 清加と比べると悲しいほどないものを例に挙げて、私はワンピースを手に取った。「ブラは可愛いよ!」と清加が何かの掛け声のように言ったので「うるさい」と言っておく。優美はどこからか取り出した棒状チョコ菓子を咥えながらキャッキャッと笑っていた。


「胸はいいから、ほら、どう?」


 私はワンピースに素早く袖を通して、二人に腕を広げてみせた。


「かぁーわいいー! 桜、すっごく可愛いよぉ」

「優美は何でも可愛いって言うからなー」


 キラキラした目を向ける優美を無視して、私は全身鏡に自らを映す。とりあえず丈は膝上になっているし、サイズには問題ないが、それが自分に似合っているかは分からなかった。


「いや、本当に似合ってるよ。桜、意外と可愛い系も似合うんだね」


 清加がそう言うので、あ、本当に似合ってるんだと安心した。調子に乗って鏡の前でくるくる回ってみせる。


「じゃあ本当にもらっちゃおうかなー」

「あげるよぉ。桜、昔はお人形さんみたいな服ばっかり着てたし、絶対に似合うと思ってたんだぁ」

「え、桜って昔はフリフリの服着てたの」

「今日、清加が試着してた服みたいなの着てたんだよぉ。あ、アルバム見るぅ?」

「やめて、恥ずかしすぎるから!」


 ぎゃーっと叫びながらアルバム鑑賞を阻止しようとしたが、ちょうど優美のお母さんが部屋へとやって来て「まぁ、桜ちゃんかわいいー」「えへへー」というやり取りをしている間に鑑賞されていた。

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