第一章①



 清琉国しんりゅうこくの朝は早い。

 日が昇ると、早々に城下町の人々は活動を始め、家の前を掃き清めるところから始まる。

 商店街の店が開き始める頃には、宮廷へ出仕する下級官吏や武官、下働きの女官や人足達の波が、城下町の目抜き通りに集まってくる。

 そんな、ぞろぞろと続く官吏達の列を横に見るように、小ぶりながらも品のある馬車が、城門へと向けてゆっくりと進んでいく。

 陽琳は人々を馬車の中から物憂げに眺めていた。

 仕事とはいえ、日々早朝から出仕するという真面目な姿勢にはつくづく感心する。

(まあ、私も乗り気じゃないとはいえ、ほぼ毎日こうして通学しているわけだから、似たようなものだけど……)

 通学のたびに、精巧な刺繍の施された絹の着物を着せられ、簪や耳飾りなどの装飾品で飾り立てられる。その準備をする時間を読書や睡眠に当てたいのが本音だ。

 億劫な気持ちが表に出てしまったのだろう。

「ふあああ……」と、高貴な姫君の装いも台無しとなるような、大欠伸が漏れてしまった。

「陽琳様。行儀が悪いですよ」

 そんな陽琳の頭上にこつんと軽い拳が飛んできた。

「ちょっと、紫晃。ひどいじゃない」

「何がひどいですか。少々小突いただけですよ」

 陽琳が頭を押さえながら頬を膨らませると、隣に腰掛ける紫晃はすました顔で言った。 

「間もなく皇宮ですよ。多少は周囲の耳目を気になさってください」

「……そうは言うけど、別に私のことなんて、誰も気にしてないんじゃないかしら」

「何をおっしゃっているのです。お父上が皇位継承権を放棄されたと言っても、貴女が皇族であることは変わりがないのですよ?」

 大輪の華のように広がる大陸の半分を、初代皇帝蔡鳳政が統一を果たしてから五百年。

 他国との戦乱の中で徐々にその規模を拡大し、現在は九つの州に分かれた広大なこの土地は、「清琉国」という名を冠し、蔡鳳政の子孫である蔡皇家によって治められてきた。

 先帝・蔡政瓔せいえいの早世により、現在は陽琳の従兄にあたる蔡輝瑛きえいが、三年ほど前から帝位についている。

 父・尚允しょういんが先帝の弟であるため、その娘である陽琳もまた、その長きに渡る蔡皇家の一員の末席に名を連ねているわけなのだが……。

「そ、それはわかってるわよ。だけど、若くて顔もよくて優秀な従兄が皇帝だと、なんだか気後れしちゃって」

「そうはおっしゃいますが、陽琳様とて先帝様にとても可愛がられて『陽公主』という号まで賜ったのですから、そう気後れなさらなくてもよいと思いますけれどもね」

「『陽公主』……ねぇ。私には分不相応な気がしちゃうのよね」

 陽琳は、はあ……と深いため息をついた。

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