第7話 Enfant terrible.



「あぁターニャさん。いらっしゃい。ゆっくりしてってね。」


工房から出てきたカズマが

居間でターニャと二人でミルクティを飲んでるところに通りがかる。


「おはようございますカズマさん。

ついつい居心地がよくって毎日来ちゃうんですよねー。すみませんお邪魔してしまって…」


カズマはにっこりと笑い


「いいですよ。アクセルの自分の家だと思ってもらったら。部屋はたくさんあるんだし。な?めぐみん。」


「そうですよ。いっそここに住んでくださいな。めあねすも喜ぶし。」



「あー‼先生来てるー‼ ひゃっほーぃ!」


めあねすが廊下から駆け込んできた。

あとからダクネスが渋い顔で続いて


「こらめあねす?! 6歳と言えどもう立派なレイディなんだぞ? 先生に向かってひゃっほーぃとはなんだ?! お返事は?ご挨拶は?」


「えー…」


私はめあねすを一瞥すると


「めあねす? お・返・事・は?ご・挨・拶・は?」


めあねすは急いで姿勢を正し、


「はいっ!かあさま!」


とスカートの裾をつまみ、優雅にカーテシーを行う。


「おはようございますターニャ先生。ようこそいらっしゃいました。」


というめあねすの目には涙がうっすらと浮かんでる。よし。可愛いやつめ。


「ははは。相変わらずめぐみんの言葉はよく聞くよな。よっぽど刷り込まれてんだぜめあねすに。」


当たり前です。母ですもの。


「なんだかんだ情操教育やらしてるけど、結局ダクネスはめあねすに甘いからなぁ。よしよし。おいで。めあねす。」


めあねすが走ってカズマに抱かれる。それを見てダクネスが


「お前が一番甘いだろうよ?! いつもいつもべったりじゃないか?! 」


舌を出してウィンクするカズマ。

こいつめ。確信犯だな。クソ可愛い。許そう。


「でもカズマさんの気持ち解りますよ。うちの父も私にはベタ甘でしたもの。何しても怒んない。面白がって髭を焼いちゃったこともあります。」


ターニャが可笑しそうに笑う。

もういい思い出に出来たみたいですね。よかった。

あなたには本当に何度詫びても詫びきれないほどのことをしたのに。



「めあねすもとうさま大好きだもんなー。髭ないから焼かないでね?」


めあねすが笑う。

やる気だ。絶対。


「あっ。そうだ忘れてた。めあねすちゃん?ちょっと来てくださいな。」


突然ターニャがめあねすに声をかける。

めあねすはターニャの隣に座ってる私の顔色をうかがってから


「はい。ターニャ先生。」


とよいお返事をした。

私が居なかったらひゃっほぃだな?お前?


ターニャがめあねすに右腕をまくり挙げて見せる。


「昨日ね。先生おっちょこちょいだから、学校の玄関で滑って転んだの。ちょうど後ろに倒れてしまったもんだからとっさに右の肘で支えてしまって…」


見るとパンパンに腫れている。


あなたちょっと?! それ酷くないですか?!

よく平然と忘れてましたね?


「すごーく痛いの。だからちょっとなでなでして? お願い!」


めあねすがカズマと私とダクネスを交互に見渡す。


「良いですよ。先生を治してあげてくださいめあねす。私の大切なお友達ですから。」


めあねすの顔がぱぁっと嬉しそうに咲いて、めあねすはターニャの腕を楽しそうに撫で始めた。


「なでなで♪ なでなで♪ なでなで♪」


みるみる腫れは退いていき、

1分もしないうちに元の美しい腕の出来上がり。


「わー‼ありがとう‼めあねすちゃん。やっぱり凄いわー。」


「いいえターニャ先生。お大事に。」


とめあねすは走ってダクネスに抱かれた。


めあねすは3歳からすでにティンダーを使えた。いや。

初級魔法はすべて。使えた。


生後間もない頃、めあねすに寄り添う私の身体がどんどん衰弱していき、あわや死にかけたことがあったが、実はめあねすがエナジードレインを使っていたことが判明し大騒ぎになった。


めあねすが3歳の終わり頃、みんなで花見爆裂散歩に行ったが、道中、私とめあねすをめがけ次から次へと大量のモンスターが襲ってきて、命からがら逃げ帰ったことがあった。これは後にダクネスが気づいたが、めあねすはデコイを無意識に使ってるらしい。


4歳になると、保育園の夏のお泊まり保育で行われたキャンプファイアにテンションがあがり、詠唱無しで「めらめら~!」っと叫んで炸裂魔法をぶっぱなし、周囲の度肝を抜いた。


5歳になり、一通りの中級魔法まで詠唱無しで使えるようにはなっていたが、私たちの努力の甲斐もあって、彼女はいまだに自分が魔法を使えないと思っている。可愛い。


そしてこないだ

うちの全員と、キョウヤゆんゆんターニャとで、毎年恒例行事になってる魔王ヤサカのお墓参りに行った時、次から次へとゾンビにたかられ、めあねすを抱いていたターニャが散々な目にあった。

ターニャとめあねすが逃げ込んだ建物に100を超えるゾンビが押し寄せた時は生きた心地がしなかったが、ターニャの話では、めあねすが笑顔でゾンビたちに「よしよし。ねんねしなさい。」と手を差し出すと辺りが青い光に包まれ、ゾンビたちは深々と礼をして消えていったそう。

それを聞いた私は、明らかにめあねすがセイクリッドハイネスターンアンデッドを使えるのだと確信した。


慣れた風なところを見ると、おそらく以前にも彼女が外で遊んでいる時なんかに同じことがあったに違いない。

この彼女の言うところの[なでなで]もハイネスヒールなのだろう。

絶対折れてたかヒビいってたから。ターニャ?


物心ついた今、なるべく外でそれらの能力を使わないようにと充分に言い聞かせてあるので、それからは私たち3人の許可を得てから能力を使うようになってる。

私の意向としては、私がちゃんと己を受け入れ、カズマと歩む道を決めた15歳にめあねすがなった時に、冒険者カードは渡そうと思っている。


6歳の現時点で、世の中の上級冒険者以上の能力を有するめあねすは、深刻に危険だ。

神が怖れるのも頷ける。

目立たないよう充分に配慮しなければ…。

エリスはあれから天界の動向に気を尖らせて、めあねすや私たちに目が向かないよう最善の努力をしてくれているので、もう数年降りて来ていない。

まぁ カズマとダクネスを気遣って顔を見せないのもあるだろうけど。


めあねす的にはカズマと同じく冒険者として生計を立てたいそうだ。

パーティメンバーも二人はもう決めてあるらしい。


今日はそのメンバーの二人が14歳を迎え、冒険者としてデビューするので、それにターニャと一緒に立ち会うつもりだ。



それはそうと。


「カズマ?そんなにのんびりとしてて良いのですか?」


「なんで?休日くらいのんびりとしようぜ?」


やっぱり忘れてやがるな?



「今日はダスティネスのお父様のところにめあねすを連れて行く日でしたよね?ダクネス来てますよ?」


はっとするカズマ。やっぱり。


「いけね!完全に忘れてた!」


「おいおいカズマ?ほんとに忘れてたのかお前…。お父様はめあねすに逢えるからって一昨日から一睡もしてないんだぞ?どんだけ孫好きなのかと少々ヒくくらいだ…。このまま逢わせなければ本当に死んでしまうぞ?」


「はは。悪い悪い。

じゃぁめあねす。急いで支度しないと。」


「とうさま?私はもぅとっくにお着替えしたわ?行こ?

早くお菓…お祖父様に逢いたい‼」


お菓子食べたいんだな? お前は?


「そうかそうか。じゃぁ行くか。

めぐみん。夜には帰るから。晩メシは要らないぜ?

それじゃターニャさん。めぐみんをよろしくね。

ダクネス。めあねす。俺に掴まって。

んじゃ行ってくる。」


と、3人はテレポートで跳んだ。



「それじゃそろそろ私たちも行きましょうか。」


「えぇ。えいみー楽しみにしてたわよー。」


私たちも支度をして、私の実家に向かった。



****************



「ただいま帰りました。」



玄関を開けるとすぐにこめっこが居た。

見るからに、彼女もじっとしていられなかったのだろう。玄関付近で私の到着をそわそわしながら待っていたらしい。


「遅い‼お姉ちゃん!

朝一番って言ってたのに!」


こめっこは文句たらたら言ってる。


「はいはいすみませんね。

えいみーは?まだですか?」


と、後ろから声がかかる。


「お師様。ターニャ先生。おはようございます。」


見るとえいみーが紅魔族の正装で戸口に立っていた。


「おはようえいみー。さすがあなたは朝からちゃんとした格好をしていますね。こめっこが貧相に見えます。」


紅魔のローブがとても似合っている。

美しい真っ直ぐな黒髪を腰まで伸ばし、整った顔立ちは、学校でも男子生徒の憧れの的だ。おだやかで聡明で面倒見のよい性格は、同性からの支持も高い。特に後輩女子たちの間ではアイドル化すらしている。

少々体力は劣るが、それを余りある知恵と機転で完全にカバー出来ている。

成績優秀、学級委員長、最優秀学生賞3年連続授与と、非の打ち所も無い。

それに比べて……


「何よ?お姉ちゃん?そのジト目が痛いんですけど。」


ボサボサの髪によれよれの紅魔ローブ、その辺の枝みたいな杖を持ったインチキくさい魔法使いがここに…


ふぅ。

この子潜在魔力だけなら私にも匹敵するはずなのに。


品性劣悪、成績醜悪、3年連続ゴールデンラズベリー学生賞授与と

非の打ち所だらけだ。

しかし体力と容姿だけは良く、体術で彼女に敵う生徒は居らず、その男子人気はアクセル校内だけには止まらず、王都校にも彼女のファンは多数存在している。


紅魔族は元々優れた遺伝子を持つためだと思われるが、これではあんまりだ。紅魔族のイメージが悪くなるぞこめっこよ。

知力は非常に高い紅魔の人間として、ラジー賞を受賞してしまうのはどうなんだ?


そのまったく正反対な二人は非常に馬が合い、お互いの足りないところは自然にお互いが補い合いながら、正に陰と陽、鏡の表と裏のように常に行動を共にしている。

まるで

失くしていた片身を取り戻したアルファとベータのように寄り添い合いながら。

あの日から。ずっと。



「こめっこ?私が昨日あげた髪留めは?してないの?」


えいみーが嘆息しながらこめっこに近づく


「あぁ。持ってるけど面倒だからしてない。」


とこめっこはあっけらかんと言う。


「もぉ。こっちきて? ちゃんとしなさい。今日は大事な日なんだから。」


とえいみーが甲斐甲斐しくこめっこのボサボサを丁寧に直して綺麗にまとめる。


「へへ。どうせえいみーがやってくれるでしょ?じっとしてますよ。」


はたから見ていたターニャがため息を吐いて


「…ほんとに二人は仲が良いのよねぇ…。一緒に居ないの見たことないもの。」


確かにそうだ。

トイレくらいじゃないだろうか?

別にお互いに意識して一緒に居るわけでは無さそうだが、気がつくと二人は一緒に居る。


「ほら出来た。やっぱり可愛い。」


「ありがと。えいみーは綺麗だぜ?」


若干紅くなるえいみー。

大丈夫なのか?それ。


「さぁそろそろ行きましょうギルドへ。」



――今日は二人の大切な日。


二人は今日はじめて、冒険者カードを手にして冒険者としての第一歩を踏み出す。


いずれ志を同じくし、パーティを組んで手を取り合い、世界を救ってしまうことになる彼女たちの、

類稀なる能力が巻き起こす数々の冒険譚は、また別のお話。


それまではしばし

この愛すべき3人の恐るべき子供たちをお見守りくださいな。


私も陰ながら

助力はしていきますので。


それではいずれ、また。




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