彼女との土台 2
何はともあれ行動を起こすべく、会社帰り、少し寄り道をしてみることにした。
足を運んだ場所は家近くのショッピングモール。大きい場所なら、具体案が決まっていなくとも、適当に陳列棚でも見ていれば思い付くかもしれないと言う、安易な発想ゆえの行動だった。―――そう、安易な発想過ぎた。
(…一体何が"必要"なのか分からない)
もう、既に何十分も同じところをうろついている。うろうろウロウロ、同じ場所を行ったり来たりする姿が不審者に勘違いされないかと不安にもなってきた。
物を選ぶとき、店は多ければ多いほどいい、という訳でも無いらしい。買う物が限定されていない状況では、こう、逆に選びにくい。まずは絞り込まなくては話にならない。
『……朝、どんな感じだったか…』
早朝に見た彼女の姿を、脳内に思い浮かべる。実は彼女を観察するという目標。それ自体は朝、有言実行してはいた。朝食を早めに、準備も早めに終えた後、余った時間で彼女の観察に移った。時間にして数十分、ずっとだ。御蔭で、たまに目線がかち合うこともあった。
結果、分かったことなんて殆ど無い。唯一の発見は、図鑑だけでなく、別の本にも手を付け始めているようで、風景画を載せた本も机に置いてあったことくらいだ。…だったら、その風景画の本でも渡せばいいと思うだろう。それが、そうもいかない。まだまだ大量に、その類の本は本棚に押し込まれているのだから。
本は却下、服も却下、ならアクセサリーでもという考えには至ったが、逆に迷惑がられそうで躊躇している。少なくとも良い感情は抱いていない相手からそんな物を贈られて喜べるかと自問すれば、否定の自答が返って来た。
別にそこまでの濃い意味を持たず、尚且つ手軽に使え、さらに渡しても迷惑がられなさそうな物……そんな物を見つけることは、私には難儀なことだ。
せめて今日に限らず、これまでの彼女の行動を思い起こせられるなら、意外と突破口は見えてくるかもしれないが。
(………そういえば…)
ふと思い立ち、鞄を探る。もしかすると、"連れて"きているかもしれない。
何となくの感覚で探り続けていると、ファイルとファイルの間に、よくよく覚えのある感触を見つけた。…店内では少し躊躇いはあったが、取りあえず引き抜く。
『…あった』
店内で私物を取り出すことがモラル的にどうか分からないが、今日だけは自分の中での特例措置、という奴だった。―――取り出したのは、一冊のノート。表紙には何も綴られていないそれの中身は、"彼女の監視日誌"だ。
これこそが、彼女の行動を思い起こせそうなものが綴られている道具、つまり突破口を発見できる"かもしれない"可能性だ。彼女について気付いたところは、取りあえず綴ってみるのが私の基本スタイルだ。それなら途中途中、何かしら"今"の私に必要なヒントが含まれているかもしれない。
出来るだけ素早く目を通す。目的の記述が無さそうなら、直ぐ次へと移行する、を繰り返す。
『……ふぅー』
ざっと読み通して見たが、特に目立つ記述は無い。やはり今日の所は止めておくべきか、という考えも頭を過り始める。
『………』
―――もう一度、最初から読み直してみる。今度は、先よりも広く目を通して確認してみる。…最早、これは意地のようなものだ。このまま何も得られずに帰宅するのは、どこか不快に感じる。
――――――――――――― ―――――――――――――
悪あがきは虚しく終わった。耳に閉店前の放送が聞こえて来る。―――…ページも終わりに近づいて来た。いい加減諦めろ、という声が聞こえてくる。…ここまで来ると、そもそも彼女は私に何かを貰って嬉しいのか?という根本的な部分にすら疑問を覚えてくる。
半分自棄になりながら、乱暴にページを捲る。上の日付を見れば、今日から一瞬間前に書いた日記だ。
半目になりながら記述を見る。内容は短い。ただ一行、当初より髪が伸びて来たように思う、とだけ。髪についての記述だ。
『………髪…ね…』
口から小さく声が零れる。そういえば私も最近、視界に悪影響が及んできた。…前髪のせいだ。御蔭で、書類やパソコンを扱う時、一々かき上げる必要があった。髪留めでもあればもっと――――…
『……髪…』
頬に垂れる一房を掴む。私ですら鬱陶しいと思っているのだ。私より遥かに量の多い彼女にしてみれば、苛立ちが日に日に大きくなっても可笑しくない。
手の甲を顎に当て、少し考える。
『……そういうものは、向こう側か』
この場から再び移動する。…今までのような、何となくという感情から来る行動ではない。足取りはしっかりしているつもりだ。
今度こそ、目星を付けたのだ。
――――――――――――― ――――――――――――― ―――――――――――――
突然だが、私は隠し事が"基本"出来ない。"出来る"例外は、私にとって色々と複雑な問題を抱えている時"だけ"だ。『失敗が出来ない』という意識が頭に強くあるからだ。…打って変わって、日常的な、そこまで大きくない問題に直面した場合には、この限りでは無かった。あの蝋燭の友人にも、お前はウソが下手糞だと何度も言われた。
『……』
「――――」
その悪癖のせいで、帰宅してから彼女の目線がずっと痛い。台所に立つ時も、食事中もどこか落ち着かない。風呂掃除中には洗剤に足を取られている。
今、私は食卓の椅子でテレビを見て―――振りをして――――いるが、たまに彼女を横目で見れば必ず目が合う。…言い換えれば、彼女から注意を、それも高い頻度で向けられているということだ。
『―――…』
心中穏やかではない……買うべき物は、買って来た。現在、私の仕事鞄の中にあり、その鞄は私の隣にある。…そこからが、どうもダメだ。
どうしてもタイミングが掴めない。異性に対する贈り物は、いつ、どこで、どうやって渡せばいいのか、全く分からないせいだった。無言で不愛想に渡す、というのも(私の精神的に)良いかもしれないが、そのせいで私の印象を悪くしてしまえば本末転倒だ。
「……」
今も不思議そうに此方をうかがってくる。―――逃げ道を塞がれている以上、後には退けなかった。
隣の椅子に置かれた鞄を手繰り寄せ、中を探る。わざわざ中を見なくても、明らかにコレだと分かるような物だ。
目的の物を引き上げる。手には、一つの袋が握られている。
もう一度彼女を見ると、またもや目線がぶつかった。…見つめられていると、妙に緊張してくる。
袋を手に立ち上がり、彼女へと近づいていく。訝し気な顔だが、私から逃げよう、離れようといった心境では無いらしい。当初は近づけば、多少なりとも警戒されることが当たり前だったというのに。時間の経過を感じる。
見上げるその眼前に、黙って紙袋を差し出す。先程のウダウダした考えなど、一瞬にして消え去っていた。もう方法なんてどうでも良いと開き直り、渡せればいいという結論に至ったからだ。…中身について補足すると、両手に収まるサイズの中にあるのは、全く持って大したものでは無い…ので、"質"よりも"量"を優先して買ってきた。
「――!」
初めてのことにほんの少し驚いたようだが、直ぐに普段の顔に戻る、と、一つ会釈をしてから受け取ってくれた。……受け取ってくれたことに対し、内心、どこかほっとしていた。
膝の上に袋を乗せると、俯いて紐部分に指を絡めたが――――何故か動きを止めてしまった。そして、私を見上げてくる。
『…?』
「……」
彼女の手が、変わった動きを見せる。
『……ぁぁ』
どうしたのかと一瞬、一瞬だけ不安が過ったが、成る程、納得した。人間はやはり、礼儀正しい生き物だと、改めて実感させられた。
私もジェスチャーで、開けても良い、と返答する。再び、彼女が会釈する。―――彼女が動きを止めたのは、その場で開けるのは良いことなのか、と迷ったからだと予想する。…開けない方が失礼だ、と考える者もいるかもしれないが、それはそれで、"はしたない"というものなのだろう。
なんにせよ、取りあえず私の目的は達成された。買ってきて、渡す。これで終わりだ。…もう開き直ったので、中身にがっかりされても別に問題ないから、終わりで良い。
踵を返し、いつもの椅子へと向かう。その途中に袋を探る音が聞こえてきたが、振り向かなかった。
手元が落ち着かないので、早速日記に取り掛かる。内容は勿論、あの紙袋と彼女の反応についてだ。例えどんな反応をされたとしても関係ない。日記に書くことが変わるだけで、私には関係の無いことだ。
ノートは鞄の中から、ボールペンを引き出しから取り出す――――
『……?…どこだ?』
ところが、引き出しを引いたにも関わらず、中に目的の物が無い。念のため二段目の引き出しの中を見てみたが、ここにも無かった。
眼前に積まれた資料に埋もれているかもと探りを入れる。別にそのペンでなくとも字は書けるだろう…という訳にも行かない。別のペンを使うと、当然、今まで書いてきた字と違ってしまう。それが、何となく嫌だった。
―――そう、ただ何となく嫌なので探していた。だから、私が後ろを"振り返った"のも、そこで背後の"様子"を見たのも、全くの偶然だった。
「………」
目線の先には、早速シュシュで髪を束ねた姿の彼女が居た。まとまった房が、右胸に掛けられている。
『……どうも』
まさかこんなに早く使って貰えるとは思わず、なんとなく頭を下げてしまった。向こうも、会釈を返してきた。―――袋の中身は、髪ゴム、髪留め、シュシュ、の三つだ。そしてそれ等を三つずつ、色を変えて買ってきた。"質より量"とは、そういう意味だった。
「…――…」
まだ少し落ち着かないらしく、髪の房に手を掛けて弄っている。色白・白髪の為、黒のシュシュが見栄えする。センスなんて分からないので、取りあえず彼女の白髪に合いそうな黒を中心に揃えて来た。選択の理由は、反対色なら何だか相性がよさそう、という安易な発想からだった。後は雲と青空を連想して水色、何となくで赤が中に入っている。
兎に角、これで一旦、私の悩みには区切りがついた。この程度でどれほど関係を進められるか分からないが、多少は好転したと思いたい。
実はこの案が浮かんだ時、どうせなら美容室に連れて行く、という手もあった…が、言葉が通じず、結果好みの髪型ではないものにされるのも可哀想だと思ったので止めた。―――私的な思いは無い。
(どのみち…そろそろ連れて行くが…)
応急処置みたいなものだ。あと数週間もすれば、前髪が彼女の視界を完全に遮りかねない。そうなる前に、せめて生活に支障が無い程度には切りそろえておくのが良いだろう。当然、本人の意思を確かめてからの行動になるが。
ボールペンを拾うと、満足そうな様子の彼女に背を向け、椅子に座る。今日はいつもより多く、ノートの行数を埋められそうだった。
早速、本日分の日記を―――…………
『――――…………ああ、そうだ』
……―――書くつもりだったが、間を作ってからペンを置く……さらに思考に耽ってから、私は机上の薄型パソコンに手を伸ばした。今日はよく悩む日だ。
たった今、思い出したことがあった。何度も【案】だけは出していたが、【実行】までには、以前至ったことが無いこと。それを、不意に思い出した。
手早く電源を入れ、パスワードを入力してログインする。自前の物なので、どう使おうが私の勝手だ。
(…挑戦するのも、いいかもしれない)
今回の件で、覚悟決めて実行すれば、意外と良い方向へ転ぶことを覚えた。…それを踏まえた上で、行動することにした。彼女に深く"踏み込む"のは良くないことだが、これは妥協範囲だと言い聞かせる。
ネットワークを開き、カーソルを検索欄に合わせる。
『…――』
確かめるように後ろを見れば、テレビに集中しているものの、大事そうに『袋』を抱える彼女の姿があった。…一瞬その姿を目に収めて、再度パソコンと向き合った。
キーボートを叩く音が、雑音と混じってリビングに木霊する。そして検索欄に『ニホン 言葉』と入力して、私はエンターキーを叩いた。
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