16.ハル、ポルモーポルについて学ぶ
その日、グレイさんが初めて言ったのだ。
「他の店にも行ってみないか」
と。
私はそれを聞いた時、固まってしまった。
他の店? カヴァニュー・トレ以外の店に行くの?
私が入れる店なんて、そんなお店他にあるの?
色んな考えが一瞬にして頭の中を巡る。
だって、また前みたいに『石なしは来るな』って追い出されたら嫌だし面倒臭いし、別にわざわざ冒険するする必要なくない? って思うんだけど、何で突然。
私の顔色が一瞬のうちに変わったのが分かったのだろう、グレイさんは苦笑いをした。
「俺の懐事情も最近きつくなってきたんだよ」
だから、もう少し安めの店に行ってみないかと言うのだ。
でも、それは詭弁だって知っている。私にだってわかる。
あそこの店が行きつけだって最初に言っていたのを覚えているし、この国随一のエリート様がまさか毎日外食しにいっただけで財政的に厳しくなるとは思えない。
多分、私に遠慮してそんな事を言ってきたのだろう。でも、正直な話、懐事情が厳しいのは私の方だ。
今まで余計ものを買う事が出来なかったので蓄えはある程度あったから大丈夫だったけれど、さすがにこれをずっと続けていくわけにはいかない。いつかは貯えが尽きてあの店で食事をすることが出来なくなる。
かと言ってグレイさんに奢ってもらう事はしたくはない。自分の分は自分で出すというスタンスは今後のために崩さない方がいいと思っているのだ。
グレイさんも私のそういう頑固な性分が分かっているからこんな提案をしてきたのだろう。
気を遣わせている。
けれども、それに便乗するしか出来ない頑固な私は、ただ小さく頷くだけだった。
「大丈夫。安心しろ。お前が行ける店、ちゃんと探しておいたから」
「わざわざ探したの?」
「じゃないと、お前行かないとか言うだろ?」
……そうだけど。
わざわざ私と食事を行くためだけにお店を探し出したなんて、この人どれだけ暇なんだよ。と、思いながらも、その事に尽力してくれた事に嬉しさを感じる。
いいんだよね? 喜んで。
素直に喜んでも、変じゃないよね?
ちらりとグレイさんの顔を見て、それを確認する。すると、彼は私にニコリと笑いかけてきた。
「……あ、ありがと」
「おう」
少し恥ずかしい。でも、嬉しくて心が浮かれている。
顔が熱くなる感じがして、頬を両手を当てて冷やしたりして誤魔化した。
その店は資料館とは正反対のところにあるらしく、いつもの店とは違って少し歩く。
少し創作的で奇抜な料理を作るらしいが、味に間違いはないとの事。美味しいのであればどれだけ奇抜だろうとも問題ない。腹に入れば同じ。
グレイさんの案内で歩いていると、彼は突然足を止めた。勢い余って目の前のグレイさんの背中に顔を突っ込む。
「どうかした?」
道の端をじぃっと見る彼の顔を覗き込むと、『ちょっと待ってろ』と言って視線の方向へと向かって行った。そして地面から何かを拾ってこちらに戻ってくる。
手に持ったそれを見て首を傾げた。
「……ポルモーポル?」
黄色い奴だった。それをグレイさんが道端からわざわざ確保してきたらしい。
どうしたんだろ。
「こいつ、そろそろやばそうだからな」
「やばそう?」
「目が出来ているだろ?」
「目?」
そう言われて、グレイさんに捕まれて暴れるポルモーポルの顔をじぃっと見つめた。
目と言われても、こいつらもさもさの髪の毛に顔が覆われてよく見えないからなーと思ったけど、確かに目がある。
でも『目が出来ている』と言ったという事は、もしかしてポルモーポルってもともと目がないの?
「こいつらは人間の負の気を浴びると変貌するんだ。特に顔が顕著にその変化が出るんだけど、それによって今はどの段階かを見極めるんだ」
「へぇ~」
「お前も覚えておけ。それでそういう奴を見かけたらなるべくその場所には近寄るな。いつこいつらが暴走しはじめるか分からないからな」
確かに私にはその情報は大切だ。
魔法なんて使えないから、身を守るものは何もないわけだから事前に回避する術を覚えなくちゃ。
私は『わかった』と頷いた。
「まずはさっきも言った通り目だ。こいつらはもともと目がなくて口が小さい。変貌しはじめると最初に目が出来る。最初は細い目だけどだんだんと大きくなって張り出してくる」
「今はその段階?」
「そうだ」
へぇ……。やっぱりポルモーポルって目がないんだ。
この黄色のポルモーポルは目が合って、さらに零れ落ちそうなくらいに飛び出していた。見た目だけでも結構ヤバそうな雰囲気。
「次に身体が大きくなる。普通は手のひらサイズだが小動物程度の大きさになるんだ。それから口も裂けたように大きくなって、最後に自我を完全に失い暴走、という事になる」
色んな段階を持ってポルモーポルは暴走へと向かうらしい。
それだけ暴走に至るまでに気付ける点がたくさんあるって事だね。
私も気を付けて奴らを見よう。もしかすると、私の部屋に居ついている奴もそんな風になるかもしれないし。私にもいろいろと負の感情はあるからね。
「それで、それどうするの?」
まさかこのまま一緒に持ったまま食事とかじゃないよね? いつ暴走するのか分からないのに? 冗談止めてよ。
私が怯えた顔をすると、グレイさんは指で宙に何かを描き始めてよくわからない言葉を一言言った。
すると、ポルモーポルの周りに薄い白乳色の膜に覆われて手から離れて浮き上がる。グレイさんがその膜にデコピンをすると、それはふらふらとどこかへ飛んで行ってしまった。
「どこに行ったの?」
「魔障対策室。そこで保護して、奴らの故郷へと返還してくれる」
凄いね。魔法で手軽にお届けって事だ。
「これも仕事?」
「まぁな。でも、いつもは事前対策班が街中を確認して回っているからあんまりないかな」
「事前対策班っていうのもあるんだ。グレイさんはどんな班?」
「俺は消滅班。大抵3・4人で班を組んでそれぞれの役割を担っている。消滅班、返還班、事前対策班、捜査班に分かれる」
消滅班と返還班は何となくわかる。ポルモーポルの返還と消滅をする班って事だよね。あとは捜査班だけど、刑事みたいな感じ?
「ねぇ、捜査班って?」
「この班は大抵警備局の他の部署と組むことが多い。人為的な事件が起こった時に捜査をするんだ。犯罪現場っていうのはそれだけ負の感情も溜まりやすいし、ポルモーポルもそれに当てられて暴走する火種になる事が多いから、捜査ついでにそのチェックも兼ねている」
やっぱり刑事さんだ。他部署に出向する人って感じかな。
ひとえに対策室と言ってもいろいろあるんだね。
「あんな小っちゃいの相手にいろいろと大変だね」
「小さい割にパワーは半端ないからな」
まったく、便利と危険が表裏一体。人間があんな小さなものに振り回されている。
でも、今一番ポルモーポルに振り回されているのってグレイさんなんだろうな。
呪で術式を封じられて仕事もまっとうにすることが出来なくて、私なんかの血がなくちゃやっていけない。可哀想な人でもある。
……でも、私は。
歩き出したグレイさんの背中を見て、ツキリと小さく胸が痛んだ。
でも、今の私にはそれを見て見ぬ振りしか出来なかった。
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