我が家の神様

 ありえない程料理を失敗した。こんなに失敗するのはいつ以来だろう。年単位で記憶をさかのぼる必要がありそうだ。

 食材を思い切って使わなければよかった。初めてのレシピでもなかったのに。前回は上手くできたんだ。やり方だって同じだったはずなのに。正直、かなり落ち込んでいる。

 こんな時どうすればいいんだろうか。美味しいものを食べて気分を上げることもできない。気にしないで、美味しいよなんて声をかけてくれる同居人もなし。こんなことで友人に電話して慰めてもらうわけにもいかず。人は孤独な時に何を頼るのか…宗教とか?

 そうだ、と私は思いついて神棚を作ることにした。と言っても先日本棚をDIYした残りの木で粗末な台を作って、そこに小皿に取り分けた夕飯を置いた。いや、捧げた。

 失敗された食材と料理を供養する場として祀ったのである。

 私は謎の達成感に包まれていた。

 それからというもの、暇な時に鳥居(に見立てたコの字型の木枠)や榊(の代理の柊)、棚の扉などを追加していったことで、それはより「神棚風」に近づいていた。

 できの悪い料理を生んでしまった時はそこに捧げて満足する生活を送っていたある日、一人暮らしの1DKの私の部屋に、不審な物音が聞こえた。

 仕事でへとへとに疲れていた私はちょうどデリバリーのピザを受け取ったところで、もしや鍵をかけ忘れて誰かが侵入したのかと、恐る恐る音のする方へ行くと、そこは台所であった。

 台所…つまり包丁…!すぐに悲観的な想像を巡らせて体をこわばらせていると、物音の主は意外にもあっさりと姿を現した。

「おい、いったい手に持つそれは何ぞや?」

 身長15センチほどの白髪の小人であった。私は驚きで声も出ずたじろいだが、小人の指差す先をそろりと盗み見ると、そこには受け取ったばかりのほかほかのピザが待ち受けていた。

「美味しい…ピザです…」

 私はなぜかわざわざ形容詞までつけて小人に紹介すると、少し動揺も収まってきたようで、いったん落ち着こうと台所の丸椅子に座り息をつくことができた。ピザは流しの上、小人の近くに置いた。

 小人をよくよく見ると古風な着物を着ており、どうやら老人のようだった。

 私はその小老人と二、三言葉を交わしたが、どうも彼は心ここにあらずのようで、目はピザの箱から離れない。私も不安と驚きで忘れていた空腹が再びやってきたため、放置されていたピザを開封することにした。

 彼はピザを目にすると感嘆の声を上げ、さあどこから手を付けたものかと困惑していた。私はナイフで小さく切ってやると、彼のサイズに丁度良い皿を探し…神棚もどきから拝借して提供した。

 彼は丁寧に手を合わせてピザに頭を下げると、ためらう事なく食した。美味しそうに頬を緩めてから、一口一口味わうように完食した。

「ごちそうさまでした」

 私も食べ終わるのを待って、彼は一緒に手を合わせた。

 さて、と急に小老人はこちらを向き直り、今日来たのはお前さんにお願いがあってのことだと言った。

「昔に比べると我が家は随分豪華になったが、肝心のものが足りていない。そもそもあれがないと何のための家なのかわからんぞ」

 何のことか見当もつかない私の様子を気にも留めず、小老人はピザの空箱を見つめて腹をさすった。

「続けていれば料理の腕も上がるものよ。これからも精進するように」

 予想外の言葉に目を丸くしていると、瞬きの間に彼は消えていた。私は神棚の方に目をやったが、特段いつもと変わった様子はなかった。結局彼に何も言い返せぬまま、その夢のような邂逅は終わりを迎えてしまったのだった。

 さて、その後も変わらず日々は過ぎたが、私はたまに良くできた料理も神棚に備えるようになった。いつも不出来な料理ばかりでは悪いと思ったのもあるが、自炊生活を数年も続けると明らかな失敗も減っていた。それに、今では失敗した料理を食べて慰めてくれる同居人もいる。出来の良い料理を出した時は、ゴミ出しを忘れなかったり、ふと包丁の研ぎ時だと思いだしたりと、ちょっとだけ良い事があるような気もした。

「あれって何を祀ってるんだい?」

 ある日、同居人と神棚の話題になったときに聞かれたので私は自信満々で「食材と料理をつかさどる神様だよ!小さい小人のおじいさんなんだよ」と答えたが、同居人は不思議そうな顔だった。「なんて神様?」

「いや…それはわからんけどさ…」

 同居人は気にすることないというように慌てて言った。

「まあ、実際分かんないけど祀ってることもあるよね。中のお神札に神様のお名前が書いてあるんじゃないかな?」

 そこで、ふとあの日の小老人の言葉を思い出した。あの神棚には、神札がない…。

 しかし、一体彼が何者なのかもわからないので、祀るべき神も分からないのだった。


 おわり。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る