セントエルモの火(K.Edition)
三枝 四葉
災いを告げる一つの灯
遥か遠い昔、ディオスクロイ王国という大きな国が一つありました。
この国には大きいお城と同じ位に大きく目立つ、二つの高い塔があります。
太陽の印が刻まれた、王国の西端に聳え立つ塔は――太陽の塔。
月の印が刻まれた、王国の東端に聳え立つ塔は――月の塔。
また国には王様と四人の女王様が居りました。
暖かく柔らかい風を呼び、天候の調和を保つ――春の女王様。
草、花、木を育てる為に太陽と雨の力を大きく引き出す――夏の女王様。
果実の賑わいと紅葉の世界を彩り、夜には月の魅力を大きく引き出す
――秋の女王様。
幾千の人が心奪われる程の美しさである雪の世界を彩る――冬の女王様。
それぞれの季節を司る女王様たちは決められた期間、太陽の塔に一人、月の塔に残りの三人が交替で住む事になっています。太陽の塔に女王様が一人住む事で、国にその女王様の季節が訪れるのです。
“冬”の女王様は未だ太陽の塔からお出にならないだろうか。
“春”の女王様は未だ月の塔からお出にならないだろうか。
次の朝が来るまでには“春”は訪れないだろうか。
長い冬が続くと一人、また一人と国の人々は雪解けを願う様になります。
そんな中――
「さむー……い、……っくしゅ」
「もう少し頑張れよ、新入り。八時になれば交替の時間だ」
「はー……い」
ある日、国の騎士である一人は見張り番として、冷えた身体を震わせながら、お城の中にある見張り塔の頂きから街全体を見渡していました。他国からやって来た様である彼は、この仕事が初めてです。騎士はもう一人居て、この騎士も彼の傍に立って街の様子を見ていました。この城は、太陽の塔と月の塔の対角線上のほぼ中心から北の辺りに位置しています。新米の騎士が太陽の塔の上へ双眼鏡を向けてみると。
「……あっ! 太陽の塔の上で何かが光っています!」
新米の騎士の言葉の通り、塔の上では青白い小さな灯りが揺れていました。またその灯りの外周りは紫がかっています。
相棒の騎士は、新米の騎士と同じく双眼鏡を太陽の塔の上に向けました。
「おっ、あれは“セントエルモの火”。季節と季節の分かれ目が近い時期の夜で、七時になると見れるんだ」
「へぇ……、燃え移ったりとかはしないの?」
「あの塔の魔法で出来ているから、だったか? まぁ、ただの炎じゃないから燃え移る心配は無いぞ」
「なーんだ、この国の生まれである先輩なら知っていると思ったのに……。でも、そっか」
新米の騎士はつまらなさそうな顔をしていたものの、青白い小さな灯りに向き直ると乙女の様な微笑を浮かべました。
「……きれい」
「……ロマンチストか? 季節が変わったら暫く見れなくなるからな。その目に焼き付けていくといいぜ」
「あぁ」
「て事は今年もそろそろか……。そういえば、灯りはどうだったかな――」
相棒の騎士は、双眼鏡のピントを青白い小さな灯りに合わせて覗き込みました。
この国で見えるセントエルモの火は、灯りが一つの時は“災いの前兆”、
二つの時は“国の暫くの繁栄の約束”を表していると云われています。
「……先輩、どうしました?」
新米の騎士は、先輩の様子がおかしい事に気付いて訊ねます。
そして相棒の騎士は、顔を曇らせてこう答えました。
「……どういう事だ。灯りが一つだけしか無いな。何か嫌な予感がするぞ」
※ ※ ※
相棒の騎士の嫌な予感は当たってしまいました。セントエルモの火が見える様になってから五日が経ちましたが、いつまで経っても冬が終わらないのです。セントエルモの火は見える様になってから七日後には見えなくなってしまいます。それまでに太陽の塔に住む女王様は、次の季節の女王様と交替しなければいけません。
「一体どうなっている? 何故、冬が終わらない!?」
冬の女王様が太陽の塔から出る姿を未だ誰も見ていません。
騎士の一人が双眼鏡で太陽の塔の窓一つを覗くと、椅子に腰を掛けている様子の冬の女王様を見つけました。冬の女王様は塔に入ったままでした。
一方、春の女王様も月の塔から未だ姿を現していません。日を重ねる毎に辺り一面は雪に覆われ、このままではいずれ食べ物も尽きてしまいます。
困った王様はお触れを出す事にしました。
“冬の女王を春の女王と交替させた者には好きな褒美を取らせよう。
ただし、冬の女王が次に廻って来られなくなる方法は認めない。
季節を廻らせる事を妨げてはならない”
「どれ、久し振りにディオスクロイ王国の王様に会ってみようか」
その青年は風の様に現れました。
(To be continued......)
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