5 駆け込め搔き込めランチタイム

「おはようございます」

「おはようございます。あ、唐木さん、議事録、お願いしますね」


 金森さんと挨拶したのは東京駅近くのストレイブルー・コンサルティング本社ではなく、新橋にある大和アドヒーシブの本社。

 今日は1~2週間ごとに1回行われているクライアントとの定例会議。



 コンサルタントの勤務場所は、大きく分けて2パターンある。1つは俺のように、基本的に本社オフィスで働いて、たまに会議でクライアント先に出向くパターン。もう1つは、クライアント先に常駐するパターン。


 特にシステム導入支援などのプロジェクトでは、プロジェクトルームと呼ばれる専用の部屋が用意され、システムエンジニアの導入作業のサポートや進捗・課題管理をすぐに出来るよう一緒の空間にいることが多い。自社と勝手が違って大変なときもあるけど、色んな会社に出社するのもそれはそれで面白い。


 ちなみに勤務場所としてもう一つ挙げるとすると「自宅」がある。パソコンが貸与されてるからね。やかましい。泣いてないぞ。



 幾つもの会社が入っているビルの4階。エレベーターを出ると「大和アドヒーシブ」という社名のロゴと受付用の電話が置いてあった。大きい会社だと、綺麗な受付のお姉さん見られて得した気分なんだけど。


「ストレイブルー・コンサルティングの唐木と申します。石山人事部長と打ち合わせの予定を入れております」

「かしこまりました、少々お待ち下さい」

 電話で用件を伝え、待つこと2分。正面のドアが開いて、明るい声が響く。


「どうも! お待たせしました!」

「おはようございます。よろしくお願いします」

 かなり恰幅が良く、髪は少し心許ない男性。42歳とか言ってたっけな。


「それでは始めさせて頂きます」

 通された机に座り、運ばれてきたコーヒーを一口飲んで、金森さんが説明を始めた。俺はWordを立ち上げてメモを取り始める。


「まずは労務構成と人件費シミュレーションの進捗についてですが……」

 会議は順調に進み、会話も弾んで、俺は猛烈なスピードで議事録を打ち始めた。






「とりあえずうまくいきましたね」

「まあこの調子で進めていこう」

 帰りの山手線で、逸見さんと金森さんが話す。俺は混雑で2人と少し距離が離れてしまい、車内映像で流れる美容に関するクイズに興じた。


「今日、14時半には出なきゃいけないから、13時から打ち合わせしよう。唐木さん、予定入れておいて」

「はい、分かりました」


 東京駅の改札を通って本社へ。この駅はいつ来ても旅行者や観光客で溢れていて、なんだか眩しいような羨ましいような。俺も旅行行きたい。何もかも忘れてモルディブに行きたい。


「僕はちょっとHRに用事あるからここで」

 HR、つまり人事部は、俺達がいつもいるフロアより下の18階。エレベーターで一足先に降りた逸見さんに一礼した。



「さて、と」

 空いてる席に座り、時計を見ると12時20分。13時ってすぐじゃないか。お昼、外食は諦めるか……。


 PCでSNSをチェックすると、同期が「コンサルタントの実態と魅力!」という記事をシェアしていた。


「なるほどねえ……」

 誰にも聞こえないくらいの、息9割の声で呟く。今まで読んだ記事と似たようなもんだ。



 コンサルは実態が見えにくいからか、キャリア系のニュースサイトでよく取り上げられる。


 良いテイストの記事は「激務だけど高給」、悪いテイストの方は「高給だけど激務」。言ってること変わってねえよ。


 高給高給って言ったって、そりゃ確かにそれなりのお金はもらってるけど、外資は日系の企業と違って手当もないし、何より時給換算したら絶対に日系大手の方が上だと思う。いやいや、早く帰れるときもありますけどね。


 でも大学の友達がノー残業デーで飲んだり映画見たりしてるの、何か羨ましい。こっちはその仕組みすらない。"ノー"ノー残業デーですよ。



 続いて、「英語は必須! 日常会話は英語!」の文字。適当なこと書いてんなこの記者……日本語しか喋ってねえよバカヤロウ。片言しか話せないし。

 

 そりゃあ選考でも簡単な英語面接はあったけど、ベラベラのネイティブじゃなきゃダメってことはない。国内のお客さんとは日本語でコミュニケーションだし、海外が本社の企業はその現地のストレイブルー支社が担当する。


 英語が使えた方が仕事の幅は広がるけど、喋れないからって生きていけないわけじゃない。今の俺で言えば、英語資料がある程度読めれば、支障はない気がする。



 そしてこういう記事では必ず書かれる言葉。「コンサルタントになると、その先、色んなキャリアが選べます!」


 ……キャリアねえ。考えなきゃいけないとは思ってるけど、なかなかその時間が取れてない。疲労が溜まるとどうしても回復優先になってしまう。

 とりあえず今は、この激務の中で生き残ること、そして生き延びること。それで精一杯。諸先輩方が言うところの「サバイブ」ってやつだ。



「やっべ、お昼」

 財布を持ってビルの1階にあるコンビニへ。


 お昼の時間帯は、うちの社員だけでなく、このビルに入ってる他の会社の社員もいて、死ぬほど混雑している。社員証ケースやスーツのスタイルが、会社ごとに違ってて面白い。


「弁当にするか」

 おにぎりやサンドイッチだけじゃなく、所謂お弁当屋さんで売ってるような特製弁当が置いてあるのが特徴。おっ、油淋鶏ユーリンチーがある! 新作だな。



 急いでオフィスに戻り、パソコンにイヤホンを差し込んで、動画サイトで深夜ラジオの録音動画を流す。うんうん、学生時代から聞いてるけど、やっぱり元気出したいときにはこれが一番だな。


 リスナーのお便りに笑いをこらえながら、かきこむように油淋鶏を口に運ぶ。

 よく雑誌や漫画で「忙しい社員」の象徴としてこういう慌しい昼食のシーンが出てくるけど、実際にやったらこんなに哀しいことはないんだ。


 あと、SNSで「今日の豪華なランチです」ってウケ狙いでこういう弁当とかカップ麺の写真投稿する人もいるけど、やった本人はあとで見返して辛いと思う。とにかくお昼くらいは、本当はゆっくり食べたいもんだ。



「うっす、柊司。コンビニ弁当かよ」

 同期の永井。さっきSNSでコンサル特集の記事をシェアしてくれたヤツ。漫画やアニメが好きでそこはある程度話が合うんだけど、一番好きなのはパソコンで「家に7台ある」とかいう、見た目は若干爽やかながら根っからのオタク男子。


「お前な、俺達も外資コンサルって名前だけは立派な仕事してるんだからさ。ちゃんとしたもの食べようぜ。もう20代半ばなんだし」

 可哀想、という感情を存分に詰め込んだ目で見られる。確かに、コイツ料理も意外とこだわる派なんだよな。カレーもスパイスから作るとか言ってた。


「で、お前は何食ったんだよ?」

 俺の問いに、ふふんっと鼻を鳴らす。

「これから客先行くんだけど、食べ損ねた。だから食べない!」

「そっちも可哀想ですけど!」

 食べられてる分、俺の方が幸せなんじゃないか!


「今はガム噛んで空腹をごまかす。で、打ち合わせ終わってから体に良い物をしっかり食べる」

「1食抜いてる時点で体に良くはないんだけどな」

 くだらない雑談も、バタバタした時間の中で、ひとときの癒やしになる。


「唐木さん、後ろの予定詰まってるから、ちょっとだけ早めに会議始めちゃおう」

「あ、はい、行きます」


 残りのご飯を詰め込んで、PCを持って会議室へ。体に良いだのゆっくりお昼だのは後回し。今はまず、このプロジェクトをサバイブすること。

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