第2話『おっさん、超高待遇に驚く』
「異世界……?」
「はい、異世界です」
「……なんで急に?」
「急に、じゃないですけどね。あの戦いが終わって丸1年経ってますから」
「いや、そういう意味じゃなくてですね……」
「まぁ、大下さんが報酬に満足して、心穏やかに暮らしていただけていたのであれば、私もこうやって訪問することはなかったんですけどね」
「あー、いや、俺は結構今の生活に満足してますけど?」
「この国ではコンパウンドボウを使った狩猟は法律で禁止されてるはずですけど?」
女性がニヤリと微笑む。
コンパウンドボウとは弓と滑車を合わせた複合弓というもので、手で引く弓であるにも関わらず、クロスボウ並の威力を誇る強力な武器である。
敏樹は先の戦いの中盤あたりでこのコンパウンドボウを導入し、以降好んで使っていた。
「あ、いや、アレは別に狩猟というわけでは……」
「まぁ動物の類は殺してないようですけどね。でも山の中とは言えあんな危険なものバンバン射つのってどうなんでしょうねぇ?」
「う……」
「あとは、トンガ
トンガ戟とは、耕作農具であるトンガの先にサバイバルナイフを取り付けて刺突を可能にした戟モドキである。
片手斧槍は、片手用のタクティカルアクスの先端に、これまたサバイバルナイフを取り付けて刺突を可能にした
どちらも敏樹が作ったオリジナル武器だった。
「いや、その……体がなまらないように、ね?」
「ま、異世界っていうのは選択肢のひとつです」
町田がずずっとコーヒーを啜る。
「大下さんは文字通りこの世界の救世主ですからね。なんでしたらこの世界の王になるという選択肢もあります」
「世界の王ですか?」
「はい。例えば、世界トップの大企業に君臨してハーレムを作るとか、裏社会を牛耳ってハーレムを作るとか、それこそ武力で世界を支配してハーレムを作るとか、お望みであればなんでも」
「いや、なんでハーレム?」
「好きでしょ、ハーレム?」
「いや、その……嫌いではないですけど……」
「あ、もしかしてアッチの方が不安です? ご心配なく! ソッチ方面もバックアップできますか」
「いや、ドッチ方面ですか!!」
「……ま、冗談はさておき」
「冗談なの?」
「いや、冗談ではないですけど、どうせ大下さん、そういうのに興味ないですよね?」
「あー、まぁ」
「というわけで異世界ですよ」
「だから、なんで異世界?」
「好きでしょ? 大下さんの趣味嗜好はある程度把握してますからね」
「またそうやってプライバシーを……」
「興味ないです? 剣と魔法のファンタジーですよ? チートスキルで俺Tueee!! ですよ?
「う……」
「そして何より、魔物との血湧き肉躍るバトル、ですよ?」
「いやぁ、でも……」
「口元、笑ってますよ?」
敏樹は慌てて口元を手で覆った。
その様子を見て町田がニタリと微笑む。
「というわけで、これ、お渡ししておきます」
町田はどこからともなく取り出したタブレットPCのようなものを、テーブルに置いた。
「インターフェースは大下さんにわかりやすくしてますから。いろいろいじってみて下さい」
「これは?」
「報酬の残りをポイントに変換して異世界用のスキルを習得できる道具です」
「報酬の残りって……14億ぐらいありますけど?」
「そうですね」
「一応訊きますが、普通はどれくらいです?」
「大体1万から100万ですかね。極端に少ないと1000とか、大天才とか英雄クラスだと1000万越えることもありますけど、億超えはそうそうないですかね」
「いや、じゃあ14億って規格外じゃないですか!!」
「世界を救ったんですよ? それくらい当然です。なので思う存分俺Tueee!! して下さい」
敏樹はタブレットを手に取り画面をタップすると、スタート画面のような物が表示された。
項目は【スキル習得】【難易度設定】【試験運用モード】【情報閲覧】の4つ。
試しに【スキル習得】を選ぶと、ファイルマネージャのような画面になり、パッと見て数百のスキル一覧が表示された。
スクロールバーの大きさをみるに、画面外にその十倍以上数のスキルが用意されているらしい。
「お試し期間は1ヶ月です。その間はスキルの付け外しは自由。【試験運用モード】にすると、範囲は少し狭いですが例の戦いのような環境になりますので、そこで思う存分スキルを試してみて下さい」
「なんか、超高待遇ですねぇ」
「世界を救ったんですから」
「まぁ、あんまり自覚はないですけど……」
町田は軽く微笑んだ後、残っていたコーヒーを飲み干した。
「あの、甘酒、いただけます?」
「はい?」
「ほら、大下さんがなにかといっちゃあ飲んでたあの甘酒ですよう」
「あー」
敏樹は地元の麹室が販売している甘酒を好んで飲む習慣がある。
米と米麹以外余分な物がはいっておらず、少し甘さが控えめなところが気に入っている。
米粒がそのままの形で残っており、飲み心地も好きだった。
意外に腹持ちがよく、小腹が空いたときなどは感触代わりに飲むことも多い。
一度その甘酒が売り切れだったときに、似たような別の甘酒を買ってみたのだが、砂糖がが混じっているそれは甘ったるくて飲めたものではなかった。
「どうぞ」
と、敏樹はグラスに甘酒を注ぎ、町田の前に置いた。
「おー、これこれ。気になってたんですよねー。では」
町田はグラスを傾けると、一気に甘酒を飲み干した。
「ぷはー!! なにこれ、ホント美味しいですね?」
「でしょ? よかったらどうぞ」
敏樹は未開封のボトルを町田に差し出した。
「え、良いんですか?」
「高いものじゃないですし。地元の麹室が褒められてるみたいで悪い気はしないですし」
「じゃ遠慮なく」
「要冷蔵ですからね」
町田はほくほく顔で甘酒の1リットルボトルと手に取ると、どう考えてもそれが入りそうにないショルダーバッグにひょいと入れてしまった。
敏樹はそれを見て少し驚いたものの、突っ込まないことにした。
「えーっと、じゃあ何かご質問は?」
「そうですねぇ。あ、その異世界っていうのは、まさかこないだ侵略してきた世界ってわけじゃ……?」
「いえ、関係ないです。大下さんの好きそうな世界を用意してますよ」
「そうですか。よかった……」
敏樹はタブレットPCに視線を落とした。
「えっと、この【難易度設定】っていうのは?」
「異世界生活のスタート地点を設定できます。選んだ難易度に合わせてポイントレートがかわりますので、確認しておくことをおすすめしておきますよ」
「【情報閲覧】っていうのは?」
「異世界のことがなんでも分かる検索エンジンだと思って下さい。便利ですよ」
「なるほど……。例えば、もし報酬を元に投資やら起業やらで資産を増やしてたら、貰えるポイントも増えてたとか?」
「いいえ。あくまで上限は勝利報酬である15億飛んで5万3千286です」
「そうですか……。じゃあ後は実際にタブレットをいじってみて、というところですかね。あ、えーっと、最終的にはどんな感じになるんです?」
「一ヶ月後、そのタブレットに確認画面が出ます。了承すれば異世界へ行きます」
「拒否すれば?」
「こちらの世界で心穏やかにお過ごしください」
「……わかりました」
それ以上敏樹からの質問がないと見た町田は、すっと立ち上がった。
「では私はこの辺で。
町田はそう言い残し、大下家を去っていった。
「最後までハーレム推しだったなぁ……」
**********
「よし、早速スキルを確認してみよう」
タブレットPCを起動した敏樹は、『スキル習得』メニューを開いた。
ずらっと並ぶスキルから、基本となりそうなものを探していく。
キーワード検索もできるようである。
「まずは、言語関連だけど……お、あったあった。これだな<言語理解>っと。……はぁ!? 10億!?」
習得に必要なポイントが予想以上に高い。
異常なポイントを誇る敏樹ですら、この<言語理解>1つで6割以上のポイントを失うことになる。
「……いや、待てよ。なんか小カテゴリみたいのがあるぞ」
スキル一覧には、各スキルにチェックボックスがあり、そこにチェックを入れることでスキルを習得できるようになっているようだった。
試しに<言語理解>をタップしてみると、小カテゴリのツリーが表示された。
「えーっと、『会話』のみと『読み』『書き』の有無でポイントが変わるのか。あと言語ごとの選択も出来るみたいだな。っつか、言語多っ!!」
情報閲覧で調べた結果もっとも使用者の多い『大陸共通語』の『会話』のみを選択すると、所要ポイントは1000のみだった。
そこに『読み』を追加すると5000に、『書き』を追加すると一気に2万となった。
『会話』のみ『読み』のみは選択可能だが、『書き』は『読み』の選択が必須らしい。
そして全言語を選択した場合、『会話』のみで1億、『読み』を足して3億、『書き』を足せば10億となる。
「出来れば全言語習得しておきたいところだけど……、10億……会話だけでも、いやぁ、やっぱ読み書きもなぁ……」
他にも定番スキルとなりそうな<鑑定>や<アイテムボックス>も10億である。
例えば<鑑定>の場合は<人物鑑定><植物鑑定><鉱物鑑定>等100近いカテゴリと、スキルレベルによって所要ポイントが変わってくる。
スキルレベルが高ければその分<鑑定>の成功率が上がったり、詳細なデータを見ることが出来、対抗スキルである<隠蔽>や<偽装>を看破出来る率も変わってくるようだ。
全種類の<鑑定>をスキルレベルマックスで習得するのに10億ポイントを必要とする。
<アイテムボックス>は制限容量や時間経過オプションでポイントが変わる。
容量無制限で、アイテムごとの時間経過を自由に設定できるという状態にして10億が必要。
ふと敏樹は町田の言葉を思い出した。
「確か、【難易度設定】でポイントレートがかわるんだよな」
異世界に行くまでの1ヶ月。
まだ行くかどうかを決めたわけではないが、出来ることはやっておくべきだろう。
「ま、多分行くんだろうな、俺」
8割方行く気にはなっているのだが。
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