第177話 円卓会議

人類は、進化へと向かう苦より退化へと向かう楽を選ぶ生き物である。


野上鉄太郎



「この銀河の質量が限界近くに来ています」


と円卓の向こうで大天使メタトロンが隣の席の上司に報告した。


「そうですか…サンダルフォン、自然消滅まであとどれくらいかかります?」


と藍色の前髪をかき上げた「上司」が自分の左隣の席の部下に計算と報告を促すと


「どう先延ばししてもあと200年以内に人類を消滅。1500年以内地球を消滅させないといけませ。んこのままでは全宇宙にひずみが」


とメタトロンの双子の姉サンダルフォンの明晰な答えが返って来た。


ここは地球より25次元先の天界、と呼ばれる空間。


直径2メートルの円卓を囲むのは急な呼び出しを受けた大天使ミカエルと、査問天使で双子の姉弟でもあるサンダルフォンとメタトロン。共に白い髪と紅い瞳をしていて、相変わらず表情というものがない。


「で、あなたは今の事態をどのように考えているのですか?ミカエル」


と円卓の向こうの席に腰を落ち着けて、わざと威圧感をもたせた声で問うのは…


記録天使ラジエル。


彼は唯一羽根と光輪を持たない天使であり、


全宇宙の記憶を集積し記録し整理する役割を担っているアカシックレコード図書館の司書でもあり、


図書館を出入りできる人間、野上聡介に他人の映像記録を気安く貸し出したりする見た目はぼんやりした司書の青年なのだが、


その本当の正体はミカエル自身にもよく解らないのだ。


解っていることは、

彼の命令一つで天使たちは生物の有無関わらず惑星を破壊し、宇宙に不均衡をもたらす。


と判断すれば銀河一つ一瞬で消滅させてしまう能力を持つ、


大天使に命令を下せる存在。


彼にとって宇宙というのは管理している一冊の本でしかなく、生物の記憶というページが増えすぎて本に負荷がかかると、ためらいもなく章という星ごと破り捨てる。


藍色の目を細めてにっこり笑い、人間たちには人畜無害な司書として振る舞い、ここでは惑星の消滅を平気で命令できる…


極めて冷厳な天使、なのである。


だが、円卓の上の立体映像に映された青い惑星、地球ひとつの消滅をなかなか実行できないのは何故なのか?


とラジエルはミカエルに改めて詰問しているのである。


「あなたの双子の兄、ルシファーが幽閉されているからですか?」


「違います、むしろあの惑星を消して兄を解放してやりたい位です」


「破壊天使ウリエルが唯一壊せない惑星だからですか?」


「それはラジエル様がウリエルを遠隔操作すればたやすいこと…疑問なのは」

とミカエルは顔を上げ、金色の瞳に疑念を浮かべながら、


「ラジエル様、あなたは何故、地球を放置して人間という生物のすさみようを観察なさっているのですか?」

と円卓の向こうの上司に問うた。


「暇だったからです」


とラジエルは間髪入れず答え、床まで届く我が髪を指で弄びながら、


「いいですか?いまこの惑星には内側から星を壊す力を持つ3つの勢力がある。


まず一つ目は、宇宙最強の戦闘民高天原族の末裔、野上聡介。

彼に憑依しているスサノオの人格と一体化すればその力は宇宙最強。


ですが、彼は理性と善性が強くスクナビコナ族が結成したヒーロー戦隊もどきに参加してしまいました。


二つ目は本気を出せば惑星一個破壊する力を持つ観音族の末裔、榎本葉子。


彼女は一度祖父の蔡玄淵の手に落ちかけたがスサノオに救われ、さらに仏族に白毫を与えられて守る力以外は使えなくなった。


そして三つめは40年程前からアジアに財閥を作り、陰ながら世界の紛争に手を貸し、内側から人間社会の壊滅を進めた蔡玄淵率いる組織、プラトンの嘆き…


勝つのはどちらか?しばらくは眺めているのも一興ではないですか」


それでいいのか?あなたのやっていることは人類を弄ぶ実験なのではないのか?


と思ったミカエルの感情を読み取ったラジエルは一瞬、煩わしそうな表情をしてから、


「ミカエル、あなたは地球に居すぎて人間と波長を合わせ過ぎです。しばらく天界に留まって『人間性』を抜くように」


とミカエルに地球時間で3週間の休暇を与えた。


は…と一礼して上司の前から下がったミカエルは翼を広げて無と漆黒の空間である天界に躍り出、

自分が誕生したところである白い光の玉を見つけてその中に飛び込むとまずは着ていた白い学ランからスモック型の白衣に着替えると余計な記憶を消去、整理するための眠りにつくために宙に浮いたまま胎児のように身を屈め、目を閉じた。


でもこの玉は、僕一人で過ごすには広すぎるんだよねえ、兄さん。


堕天使ルシフェルと光の天使ミカエル。二人はこの中で同時に発生し、共に育った双子の兄弟である。


1万年前、とある重罪を犯した兄の胸を我が剣で刺し貫いて地球のとある山に封印した。


僕は忘れるためにこうして生まれた処で眠るのに、あの時心に付いた傷を忘れられないのは何故なの?兄さん。

と思いながらミカエルは眠りについた。


ミカエルがルシフェルを封印した地は長い時を経て今では鞍馬山と呼ばれ、護法魔王尊を祀る聖地とされている。



会議のためのネット回線が繋がった時、ノートPCのディスプレイに映る福明ふくめいがパートナーの明倫めいりんを膝に乗せていちゃついていたのを見て、


蔡紫芳さいしほうは醒めた眼でわざと黙り、福明が「ビジネスの会議だから」と明倫を部屋から出したのを画面で確認してから…


「タオ、あんたはアメリカの高校生なの?」


とわざと意地悪な声を投げつけ、画面の向こうのコードネーム「タオ」こと蔡福明をたじろがせた。


「や、やあプライム・仙紫シェンツー、ごきげんうるわしゅう…」


「全然麗しゅうないし、それどころか不機嫌よ。リア充爆発しろって感じ」


と紫色の瞳を歪めながら紫芳は冷たい炭酸水のペットボトルを開けて一口飲んだ。


「リア充ばくはつ…?なにそれ?」と福明が目をぱちぱちさせていると


「幸せそうなやつみんな死ね。って意味の日本のネットスラングよ。日本人はどれだけ闇が深いんだか…」

と笑いながら紫芳が言った。


紫芳が殺意を抱いた相手は彼女が持つ特殊能力で必ず殺される。

ある者は空港で心臓の機能を止められて倒れ、ある者は紫芳が操った他人によって刺殺された。


そういう紫芳の残忍性を幼い頃から同じ邸で一緒に育った福明は見たし聞いたし、現場に居合わせたりもした。


爆発しろと思えば紫芳はためらいもなく相手にやるだろう。と思った福明は


「まさかもうやってないだろうね?君が日本に居るのは戦隊、と呼ばれる邪魔者の調査の為でそれ以上は」と真剣な顔つきで注意すると、


「それをお父様に今から報告するんじゃないの」とすげなく返された。


同じ観音族でありながら13を過ぎても本来の姿に変身できず、頭脳明晰だが特殊能力すべてが弱い福明は、蔡一族の中でも結社でもただの人間と同じ「格下」に見られていた。


「福明、あんた早く結婚して子作りしたら?」


普段性的なものには潔癖な紫芳がいきなりそんな事を言いだすので福明は顔を赤らめたが、


「観音族は自然生殖で生まれた子しか成人出来ないのは知ってるでしょう?殖やさないと」

という紫芳の言葉を

あ、そういうことか。

と複雑な気持ちで受け取り、上海と東京で距離が離れていて彼女に自分の思考が読まれていないこの状況に福明が胸を撫で下ろしていると…


「やあ、プライム、タオ」


と40代半ばの赤毛の白人男性が相変わらず快活そうな笑顔と声でコードネーム「サー」こと世襲貴族男爵で英国下院議員のナイジェル・グローヴァーが画面の右上に割って入った。


「ご機嫌麗しゅう。ロード・ナイジェル」と完璧な発音のクイーンズ・イングリッシュで紫芳と福明は画面ごしに目礼をした。


「よしてくれ、ここでは『サー』でいいよ」とナイジェルは顔の前で手をひらひらさせ、少し疲れた表情をしていた。


「済まないね、議会が長引いてて」


「『最後の保守派』と呼ばれる貴方には厳しい政治状況でしょう、サー」


全くだ。とナイジェルは頷き、

「EU離脱を推し進めている私の事を選民主義だのと言っている輩が多くて辟易している…私は英国人以外の死に無関心なだけなのに」

と砂糖をたっぷり入れた紅茶を一口飲んでナイジェルは気分を落ち着けた。

「そうですわ、私達観音族が一族以外を積極的に滅ぼさねば。と思うのと同じことです」


とナイジェルと紫芳が排他主義を肯定する対話をしているところに「マスター」と回線がが繋がり、


シンガポールの財閥蔡一族の総帥で紫芳の父親でもある蔡玄淵の蝋で塗ったような艶やかな顔が画面の中央に現れた。


「その通りだ、プライム、サー。邪魔と思った者は迷わず排除する…やらなきゃやられるんだ。なぜなら、それが生き物の保存本能だからさ」


「お父さま」

「大叔父さま」

「総帥」


「皆、ここではマスターと呼ぶように」

「はい」

「時にプライムよ、お前は東京でブルーと思われる青年、勝沼悟とお前の姪に接触した結果を報告せよ」


「はい、私は確かにカツヌマ・キネン・ホールで勝沼悟と、コンクール優勝者の榎本葉子に会い、握手もしましたが…普通の人であること、という事以外何も、何も感じませんでした。私が情報を読み取れない相手がいる。

これは、脅威です」


「いいや勝沼悟はブルーに間違い無いし、葉子は我が孫だった。葉子の体に入ってアクティブ・テレパスでブルーを操った私が言うのだから間違いない」


画面の中ではマスターが細い顎の上に手を起いて沈思黙考している。

こういう時のお父さまに話し掛けると厳しくなって叱責されるのだが…


「マスター、彼等は私達を超えた科学力を持つ一族の力を借り、脳にバリアーをかけていたのではないでしょうか?」


そうとしか考えられないねえ、とマスターは独り言のように呟き、それより紫芳、と顔を上げた。


「お前はピンクと呼ばれる紺野蓮太郎と接触した時には彼がピンク。と気づいたのだろう?」


ええお父さま、とプライムは頷き

「彼がピンクである事と、他数名の情報を読み取れましたわ。隙を見て彼を襲撃してみましたが、なんですか?あのけばけばしくて遊び過ぎな装飾の蝶柄の戦闘服は!私の絶対滅を食らっても死なないなんて!見るのもおぞましいっ!」


と大田神社でピンクバタフライに戦闘を仕掛けた時の事を思いだしたプライムは悔しさでわなわなと震えた。


「プライム」

「はいマスター」

「お前のスケジュールは今月一杯は空けておくから、己が才覚でスイハンジャーというたわけた邪魔者を全部屠って来てくれるか?」


「お父さま、嬉しい!」


とネット会議を終えてノートPCの電源を切った世界的チェリスト、蔡紫芳は白いハンカチにラベンダーオイルを垂らしてそれで口元を覆って香りを満喫すると…


さあて、私の全種類の力を使って、どうやってあの「たわけたデザインの」服を着た戦隊の奴らを、血祭りにあげてやろうかしら?


としばらく思いを巡らせた後、心を落ち着ける為にチェロを構え、バッハの楽器無伴奏チェロ曲1番を穏やかな表情で弾くのであった…



































































































































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