第169話 パンドラ3

「はい、ガブちゃん」


と葉子が黄緑色の紙包みを開いてポリ製のパックに詰められているカラメル色のふくよかな「お土産」を大天使ガブリエルに手渡すと荒っぽく輪ゴムを取り、パックの蓋を開けて匂いを嗅いで…



「Ça y est ! (サ・イ・エ!やったー!)イカ焼きでしぃ!」とミュラー邸のダイニングキッチンで小躍りし、何もない空間から秋咲きのバラ、菊、撫子など大量の切り花を出現させまくった。



「も~、興奮するたびお花出すのやめてやガブちゃん。花代は浮くけどいちいち生けるのに花瓶足らんやん」


「すみましぇん…」


と目の覚めるようなロイヤルブルーの髪と眼をした女性の天使は自分の頭をこつん、とげんこで叩いて可愛く謝ってから葉子が学園祭の屋台で買ったイカ焼きを皿に移してラップをかけてレンジに入れて500w1分設定であたためボタンを押した。


「イカが弾ける直前で止めなければ…」

とガブリエルは香ばしい匂いをたてて回転するイカ焼きとにらめっこする。


あかん、人の話聞いてへん。と葉子は説教を諦め、冷蔵庫からジンジャーエールの缶を2つ取り出し、グラスに注いだ。


「お早うございまーし。榎本葉子さんの主治医&メンタルケアを仰せつかりましたー」


とガブリエルが海外旅行用のトランクと共に玄関先現れたのは、ちょうど3日前の朝。


「誰が、誰に、仰せつかったんや?」

とミュラーは怪訝そのものといった目でガブリエルを羽織っているコートやその下のスーツ、ハイヒールまでプラダの黒で固めた秋の着こなしを一応上から下まで見て一呼吸置いてから尋ねた。


「私ガブリエルが、私ガブリエルに、でし」

とモデル立ちで威張ってガブが答えるとミュラーは

「やっぱり押し掛けかい。好きにせい」

とあっさり承諾した事は朝食を中断して玄関先でのやりとりを見ていた家族には予想外であった。


「ウリエルさんの時には『おどれは敷居をまたぐんやない』と凄い剣幕だったのに」


とミュラー夫人孝子が思い出して言うのに葉子は

「え、そうなん?大天使に対して強いな」


と妙なところで感心してうなずくと、ほどなくガブがミュラーに促されて玄関から中に入り、トランクを肩に担いで二階に上がって行った。


「部屋は二階のゲストルーム、バスルームとトイレ付きや。食事は家族と一緒に食べること、ええか?」


階段の途中で振り返ってから「oui」とガブはなぜかフランス語で答えた。

彼女には葉子のことで八月に助けられているし、人生(?)経験の豊富な大人の女性が13才の心も体も不安定な時期にある葉子の側にいるのは心強い、と思ってのミュラーの判断だった。


「かんぱい!」

かちん、とグラスが鳴ってガブと葉子はジンジャーエールを一気飲みしてはぁー…うまい!

と一息をついた。その様子はガード下の居酒屋で一杯やる仕事帰りのOLとさして変わりはない。

「何はともあれ学園祭のアナウンスと映画と演奏、お疲れさまでし!大活躍でしたでしよ」とガブが葉子のの頭をなでなですると葉子は疲れたのか、とろんとした目で


「はあー、勝沼杯の決勝より緊張して疲れた…蓬莱先輩は自分では『うちは適材適所に人材を配置する匠』と言うてるけど、あれは人づかい荒いだけや」とこぼした。


「それが、板(舞台)の上で生きる者のさだめ。今から慣れておくんでしよ」


「んもう、板の上板の上って…あんたはヅカ(宝塚)の人か!」


「イカ焼き、食べないんでしか?」


「う…ん、学祭で差し入れ弁当食べたし屋台でも食べ歩きしたからもう入らない」

と言ったきり葉子はテーブルに突っ伏してそのまま脱力して寝入ってしまった。

こっちに向けて眠る葉子の顔をウサギのような白い体毛が覆い、腰までの長さの髪の毛は緑と白のストライプ模様になり、一本が一本が重力に逆らってうごめいている。


「やっぱり月経直前に本体に戻るようだべな。へば」

と、キッチンの床下収納の蓋を開けて出て来たのは身長13.5センチの小人。その服装は久留米絣の下ににもんぺを穿き、頭にバンダナを巻いたスクナビコナ族の長、松五郎である。


「ええ、観音族はこの星でもあと10人足らずの超絶滅危惧種…その生態や能力はほとんど未知数。少ない情報ながら解っているのは、一個の細胞の中にこの星の全生物の情報が詰まっていること。女系であること。さらに寿命が短く平均寿命40歳前後」


「さらに付け加えると強力な超能力と精神感応力(テレパシー)を持ち、観音族数人で惑星一個破壊できる程の危険な種族」


と、ファンシーな顔つきにしてはやけに醒めた眼で葉子を見据える松五郎に、

「だからあんたはこの家にラボラトリー(研究施設)をこっそり作って四六時中この子を観察している。

可愛い顔して人間性ってものがないんでしか?あんたたちには」


それはおらたち小人の事か?と松五郎は不本意な顔をして


「人間でねえあんたに言われてもなあ。おらたちも人間でねえし」

とガブを見上げた。


「宇宙で一番恐ろしくて、存在しちゃいけねえ生き物は、人間性を棄てた人間だべ。

何千年もこの星を観察してきた天使さんなら解りきってる筈じゃねえのか?なあ」


と地球人なんて最初はなっから下に見ている超知的生命体スクナビコナ族の長、松五郎はそこで顔を引き締めて、


「おらたちはこの子を珍しい動物扱いして観察してるんじゃなくて、

こないだみたいに力を利用されて道を間違わないように見守ってるだけだべ。他の観音族はもう手遅れだからな」


と手に持った測定器で葉子の手の皮膚に触れた。


「うん、バイオリズムは順調」と科学者の顔に戻って端末に記録する松五郎に対してガブリエルは、


「なーにをカッコつけて言ってるんでしか?こないだだってこの子とそーすけ(聡介)の力の制御できなくてウリエル呼んだのあんたでしょーがっ!

全く…ウリが力業で止めてくれなかったらこの星あぽんでしたよ!!」


と松五郎を捕まえてバンダナを取り、指先で松五郎の弱点である額の角をぐりぐりしてやった。


「やめれ!そこやめれ!力が抜ける…あいやぁ~」

「お仕置きはここまでにしてあげましよ」

と悶絶する松五郎をテーブルの上に置いたガブリエルは葉子を抱き上げて居間のソファーに寝かせて毛布を掛けてあげた。


ここは東京の下町、根津にあるバー「グラン・クリュ」

入り口には本日貸し切ります。との張り紙。


上海から帰ってきたマスター、勝沼悟はずっと仏頂面で二時間料理し続けた。

それは

「マスター、もう食材使いきっちまったべ!」と従業員の魚沼隆文がストップをかけるまで止まらなかった。


次々と運ばれてくる料理に表向きは常連客の戦隊メンバーたちは「おいしい!」と舌鼓を打った。

でも、その美味しさが内に秘めた悟の憤怒と比例しているようで、怖かった。


2013年11月8日。午後七時半の夕飯どきである。カウンターで「わお!パイナップル大きめの酢豚は僕好み」と炒飯と交互にかっ込んむ童顔の青年は都城琢磨。週末になると職場から直行してこの店に悟の手づくり飯を食いに来るのが習慣になってしまった。



「ブルーさんの賄い飯相変わらずおいし~…でもこの人数じゃ食べきれませ~ん」と琢磨のその隣でピザを頬張るのはバイトの音大生で看板娘、小岩井きらら。


あ~ん、太っちゃう~と言いながらもアンチョビのピザにバジリコのパスタ、〆にティラミスまで平らげてしまっている。


「うん、このスリランカカレーは俺好みの辛さだ…っていつからここは多国籍料理の店になったんだ?勝沼、お前ってストレスを料理にぶつけるタイプだったんだな。上海のセレブのクルーズパーティー、楽しくなかったの?何ムカついてる?満漢全席おいしくなかった?小籠包無かった?」


とエプロン外してカウンターの奥で休憩している悟を遠慮なく質問攻めにしているのは彼より2つ年上の野上聡介。来月で31才の誕生日を迎える。


「料理はフレンチのビュッフェスタイルだったし、小籠包は主に台湾だよ」

と聡介に対してもそっぽを向く始末である。


「いつになく心のバリアーが厚いな。ちっくしょー。こういう時に限って心読める正嗣がいねえし」


この時、7人いる筈の戦隊メンバー七城米グリーンこと七城正嗣とピンクバタフライ紺野蓮太郎はそろって欠席。中学三年の担任教師である正嗣はテストの採点と課題作成で忙殺されているし、日舞家の蓮太郎は家元襲名がかかった来月の発表会に向けて猛特訓中。

いくら悪と戦う戦隊メンバーとはいえ、本業をおろそかにするわけにはいかないのである。


「野上先生…ブルーさんをどういじっても無駄だべ。潜入捜査から戻ってからずっとその事についてはだんまりなんだ。ほれ」

と隆文がチョコレートドリンクを渡した相手はオレンジ色の髪と眼をした無表情の青年と、「どーもありがとう」とおじぎする仕草がまことに愛らしい黒髪の少年。


おっす!読者の皆さん。おらこの物語の主人公で戦隊スイハンジャーのコシヒカリレッド。魚沼隆文28才。新婚で来年二月には父親になる予定の大人の男だべ。


何?各章ごとで主人公違うでねーか。とか勝沼さんや野上先生の方がキャラ立ちキレッキレではねーか。とかのツッコミは十分承知。



ひとつの投稿ごとに短編小説書いてる勢いで構成練りまくるのがこの作者の特徴だから朝ドラ感覚でついて来て欲しいべ。


おらが今ドリンクを渡した二人の外人の、

赤髪の方は大天使ウリエルで、黒髪の方は…


なんと魔太子ルシファーだってよ!


普段は鞍馬山に幽閉されていルシフェルことるーちゃんだけんど、双子の弟ミカエルが今地球に居ない隙に下界観光を満喫中なんだってよ!


この話はこーいう電波でカオスな設定ありきで成り立っているので、初めての読者様に中間報告しとく。


では本編に戻るべ。


「るーちゃんかーわいー!ミカエルよりも素直でいい子そうなのになんで堕天しちゃったの~?」


ときららがルシファーを胸に抱き締めると

「かなり込み入った理由なんで話長くなるよ」

と幼い見かけをいいことに遠慮なくきららのセーターごしの胸の谷間に顔を埋め込んだ。



ち、ちくしょう…出会って以来僕が憧れていたきららさんのツイン・ピークス(おっぱい)の谷間にたやすく飛び込めるとは!


と羨ましさ全開で琢磨がその様子を見ているのに気づいたルシファーは琢磨に顔を向けて、


ほうら羨ましいだろう?

と片頬だけ吊り上げて実に嫌味な笑いを浮かべたのだ。



こ、この悪魔め…!と琢磨がビール缶を素手で握りつぶしそうになった時、からり、と扉を開けて背広姿のがっちりした体格の紳士が店内を覗き込み、


「あのう、モトキ・カツヌマの紹介なんだがこの店でいいのかね?」


と一番手前に居たきららに声を掛けた。モトキカツヌマ…あ。


「マスター、お兄さんのもときさんの紹介ですって」ときららが悟に呼び掛けると悟は立ち上がってオーブンレンジを開き、中から焼き上がったばかりのエッグタルトを取り出して小皿に取り分けてから紳士に向き直った。


「ようこそ、リュ・ワンフェイ宇宙飛行士。好物のエッグタルトをご用意しました」


と、勝沼悟はメインの予約客である劉王飛リュワンフェイに向かってそこで初めて感じの良い笑みを浮かべたのだった。


















































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