第37話 わたしは誰とも殺し合いなんかしたくないの

息詰まる沈黙を破ったのは、エリシャの狂ったような哄笑だった。


意表を突かれたルカは、笑いに身をよじるエリシャを呆然と眺める。


笑いながら、エリシャは腰が砕けたように、その場に座り込んだ。

乱れた息を継ぎ、再び笑い転げる。


「エリシャ……?」


エリシャの狂態におびえたルカは、おずおずと呼びかけてみる。


そんなルカに、エリシャは乾いた一瞥を投げると、こらえきれないといった様子でくすくすと笑い続けた。


涙にぬれた顔を上げ、ルカはぼんやりとエリシャを見つめていた。


やがて、疲れ切ったすさんだ面持ちのエリシャが口を開いた。

口元に、まだ笑みを漂わせている。


「ルカが死んだら、あなたのパパとママに会えないじゃないの。

 それじゃ意味なくない?」


暗く陰った瞳を、ルカは床に向けた。


「仕方ないよ。

 わたしが死ねば、丸く収まるんだから」


エリシャはなぶるような口調で言う。


「そう?

 きっとルカが死んだら、トビヒトみたいな人でなしは、あなたのパパとママを、とっととシェルターから放り出しちゃうでしょうね。

 もう、人質は必要ないってさ」


ルカは言葉を失った。

エリシャの言うことにも一理あると、思ったのだった。


一方、エリシャは歌うようにしゃべり続けている。


「そうなったらどうすんの?

 ルカは結局、誰も守れないよ。

 ナオミの時みたいに、ムダにじたばたしたわりに、なにもできずにあとでピーピー泣くだけ。

 でも、死んだあとにも泣くことができるのかな?

 死んでみればわかるんだろうけど、どう思う?

 まあ、そのうちわかるんだろうけどね、ルカには。

 もう生きるつもりがないんだから。

 きっと、ルカが死んだら、ルカのパパとママも死んじゃうんじゃない?

 いや、間違いなく死ぬね」


挑発的なエリシャの言葉に、ルカはたまらず反論する。


「どうしてそんなことがわかるの?」


鼻先で笑い、エリシャはけだるそうに立ち上がる。

にっと笑みを作り、ルカをにらみつけた。


「それは簡単。

 あたしが殺すから」


ルカは耳を疑った。


「何を言っているの?」


エリシャは怒りもあらわに、言い放った。


「ふざっけんな!!!」


豹変したエリシャの剣幕にひるむルカ。

エリシャは燃えるような言葉を続けざまに吐く。


「さっきから、おとなしく聞いてりゃ、トビヒトに言われただの、家族がどうのって!

 いい?

 あたしなんか、もう誰もいないんだからね!!

 パパもママもテラも、みんなみんな、ヴァリアンツに殺されちゃったんだから!!!

 なのに、ルカはあたしのことなんか少しも考えないで、自分の家族がどうとかって、イジイジ自分だけが不幸みたいな顔してるけど、それってデリカシーなさすぎじゃね?

 だいたい、いつも自分はやらされてるばっかりで、自分がどうにかしようって気もないくせに、被害者を気取らないでよ!!!

 そんなの、ずるい、卑怯、なまけものでしょう?

 ルカなんか、大っ嫌い!!!」


罵倒され、ルカは恥じ入るばかりだった。

ほおが紅潮し、再び涙があふれてくる。


「そうやってね、困ったら泣いてたらいいよ!

 いつか誰かが助けてくれると思ったら大間違いなんだから!

 ……だって、もうあたしはルカなんかに愛想が尽きたわけだし。

 だから、あなたを殺して、トビヒトも、あなたの家族もみんな殺す。

 どいつもこいつも気に入らない。

 みんなあたしをのけ者にして、自分だけいい思いをしようとして、自分だけがかわいいくせに、いい人ぶってさ!

 ルカ、あなたがその中でも一番、ダメなやつだからね!」


ルカはやっとの思いで言う。


「エリシャ……わたしは誰とも殺し合いなんかしたくないの……。

 お願い、わかって」


エリシャは残酷にせせら笑った。


「ルカの都合で世の中は動いてないよ。

 なら、今ここで死ねばいい。

 で、あたしはトビヒトたちに仕返ししに行くよ。

 あいつらは、あたしを都合よく使っといて、いらなくなったらゴミみたいに捨てようとして、絶対に許せない!」


トビヒトが言った言葉が、不意にルカの脳裏によみがえった。


『彼女は危険な人間だ』


『今は、キミと仲がいいかもしれないが、もし今後仲たがいしたなら、そのときは……きっとキミにとって、いや、世界にとって、恐ろしい敵になるに違いない』


ルカは、恐怖に打ち震えた。


これまで、自らがすすんで剣をふるったことは一度もなかった。

そして今、初めて己の意志で人を殺さなければならない。

なのに……その相手は、自分の友人なのだ。


だが、やらなければならないのか。

でなければ、自分はともかく、家族の命が危ぶまれるのだ。


ルカはよろめきながら、立ち上がった。


エリシャの両腕から、光の剣が伸びた。


ルカは両手を組み合わせ、長大な剣をほとばしらせる。

無言で、エリシャを見据えた。


エリシャは口の端を笑みの形につりあげた。


「そうこなくちゃ!」


二人は、不倶戴天の敵のように対峙した。

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