第35話 わたしは、ずるくて、ひどい人間なんだから
無数に湧き出てくるかと思われた下級ヴァリアンツは、その半数が一瞬で粉砕された。
「ルカ、一緒に行くよ!」
手をつないだエリシャとルカは、執拗に襲い来るヴァリアンツを次々と倒してゆく。
やがて、洞穴に静寂が訪れた。
衣服を失ったエリシャの肌が、燐光を発していた。
強烈なエネルギー波を放出した余韻だった。
エリシャは全身傷だらけだった。
流れた血で、体が赤く染まっている。
ぜいぜいと息をつきながら、エリシャは言った。
「あと一人……。
それで、あたしの役目も終わる。
パパとママとテラも、みんな安心して眠れる」
ルカも荒い呼吸をしながら、手足の先からしびれてゆくような絶望を味わっていた。
エリシャは生き残ってしまった、どうして……。
あの時、エリシャの手を取らなければ、エリシャも、きっとわたしも死んで、こんなことにはならなかったのに。
わたしは、バカだ。
バカだから、いま、その罰がくだされたんだ……。
ルカは呆然と立ち尽くす。
エリシャはヴァリアンツの屍に埋もれた周囲を見回した。
「ほかのみんなは……?」
ピアリッジとともにいたレンジャー部隊は全滅していた。
エミティノートはぐったりと洞穴の隅で身を横たえている。
「そろそろこの体も終わりが近いみたい……。
少し体力を温存するわ。
まだ奥に一人いるのがわかる……ウェイルノート隊長に会ったら、教えてちょうだい。
気を付けてね……」
眠りにつくように、エミティノートは目を閉じた。
エリシャが、洞穴の端を指さす。
「あっちに別の穴があるよ。
きっとあの中に、ボスがいる!」
ルカは、エリシャの手をそっとほどいた。
不思議そうな目を、エリシャはルカに向ける。
「どうしたの?
すぐそこだよ?」
「エリシャ……わたしは、いっしょに行けない」
ルカは幽鬼のような面持ちで、ポケットから装置を取り出した。
床に投げ捨てる。
キョトンとするエリシャに、ルカは説明する。
今まで、どうしても言えなかったことが、いまは奇妙なほどすらすらと言えた。
「あなたの戦闘服が、急に脱げたでしょ?
それって、その機械のせいなの。
トビヒトさんに、渡されて使えって言われたから……さっき使ったの」
エリシャは、はしゃいだ笑い声をあげる。
「……まさか、ウソでしょ?
いきなり何を言いだすと思ったら、ルカ、それってギャグなの?」
ルカは声を荒げる。
「違うよ!!!
……ちゃんと聞いて。
わたし、あなたを殺そうとしたんだよ、エリシャ!」
エリシャは浮ついた笑いを納めた。
ルカがウソを言っているとは思えない。
確かに、戦闘開始直後、エリシャの戦闘服は、突然解除された。
そして、ヴァリアンツの猛攻を受け、危うく死ぬところだったのだ。
だが、それを認めることは、どうしてもできなかった。
「ルカは悪くないよ、だって、それを渡したのはトビヒトでしょ?
あいつらがルカをそそのかしたからだよ。
ルカは悪くない、トビヒトのせいだよ」
「で、でも、結局スイッチを押したのは、わたしだもの。
わたしは、エリシャが……死ぬと思って、押したんだもの」
「でも、さっき一緒にヴァリアンツを倒したよね、こないだみたいに手をつないで……。
あれってあたしを助けてくれたんでしょ?」
「違うの!
たまたまだよ……ううん、わたしが、死にたくなかったから、エリシャの手をつないだの。
そうすれば助かると思って……。
うん、きっとそうだよ。
だってわたしは、ずるくて、ひどい人間なんだから……」
エリシャは、悲痛な声で叫んだ。
「どうして!?」
「わたしには、お父さんとお母さんがいるから。
だから……逆らえなかった。
わたしが言うことを聞かなかったら、ふたりがどうなるかわからないって」
「だったら、一緒に逃げよう!
ルカのパパとママとあたしと一緒に、どこかに逃げたらいいんだよ!」
「いい加減なこと言わないで!
エリシャとわたしだけならいいよ?
でも、お父さんもお母さんも、ピアリッジじゃない、普通のひとなんだよ。
一緒に逃げられるわけないじゃない。
残しても、きっとひどいことをされる、捕まったヴァリアンツや、近所のひとみたいに」
ついさっきまで生気に満ちていたエリシャは、今では抜け殻のようにうつろだった。
「なら、どうすればいいの……?」
身を切るような思いで、ルカは干からびた声で言った。
「わたしは、今ここで、エリシャを……殺さないといけない」
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