第17話 たった一人でも自由に生きていける……はずだった
エリシャは車に乗っていた。
すでに日は落ち、窓の外は街灯と車のヘッドライトが後ろに流れ、イルミネーションのようだ。
久しぶりに家族一同で楽しんだ素敵な一日の終わりにふさわしい、華麗な光景。
父が車を運転し、母は助手席、後席の弟は隣にいる。
しかし、その浅いまどろみに似た倦怠感は、突然に破られた。
「どうした、運転できんぞ?」
戸惑う父の声。
しかし、車は何事もなかったかのように、勝手に進んでゆく。
ドアも、窓も内部から開けようとしても、無理だった。
やがて車は廃工場へとたどり着いた。
ドアが自動的に開くと、周囲を異様な格好の工作機械が取り巻いている。
しかも、それらは人の手を借りずとも、自動で動くのだ。
信じられない光景に、エリシャと家族はただ立ち尽くす。
体に、乱暴に何かが押し付けられる。
強烈な痛みと衝撃を受け、エリシャは意識を失った……。
……目が覚めたら、家族はいなくなっていた。
残されたのは、焼け焦げた遺品だけだった。
でも、エリシャはさほど悲しまない。
なぜなら、家族はしょせん、ただ親しい他人でしかなかったから。
エリシャは他の人間とは違う。
なんでもわかる、なんでもできる、ありあまる才能と魅力でもって、誰もかれも、好きに操ることができる。
それは、ギブアンドテイクの原理だ。
エリシャは人々に自分を媒介にした美しい幻影を見せ、陶酔させる。
他人の好意や崇拝は、その代償なのだ。
あたしは、世界にたった一人でも自由に生きていける。
そんなエリシャの確信は、しかし、崩壊せざるを得ない。
ヴァリアンツは、エリシャを打ち負かした。
いままで、どんなかたちであれ敗北の屈辱を味わったことのないエリシャを。
「こんなことって……!
よりによって、このあたしがかなわないモノが存在するなんて……。
信じたくない!
だって、もしあたしが弱いなら、この世にたった一人のあたしは、どうすればいいの?
負けて消えてゆく……ひとりきりで」
恐怖に身を凍らせるエリシャ。
その耳に、何者かがささやいた。
「わたしより、あなたが生きたほうが、いいと思ったから……」
苦悶に耐え、エリシャに向けられた優しい、つぶらな瞳。
「あたしを助けてくれるの……?
あなたが……!
ルカ!!!」
気づけば、エリシャはベッドの上に横たわっていた。
夢を見ていたようだ。
ヴァリアンツに切断された脚は、縫合され、包帯に巻かれている。
後遺症は残るだろうが、片足になることだけは、まぬがれた。
致命傷ではないとはいえ、重傷を負ったエリシャは、高熱を発して寝込んでいたのだ。
エリシャは発熱がもたらす寒気に身を震わせる。
目元に違和感を感じ、手をやった。
いつのまにか、両目から涙がこぼれおちていた。
***
不安げに眉をひそめ、ルカはじっと押し黙っていた。
戦闘服に身を固め、地下シェルター内部に縦横に走るコンクリートの通路に立っている。
「先端研に引き続き、筑波までがヴァリアンツの攻撃を受けた。
ヴァリアンツは憑依した人間の記憶を奪うことができるのですか?」
「それは無理よ。
我々は意識のある生物には憑依できない。
憑依された人間は、みんな、脳を破壊されているでしょ」
ルカの横で、トビヒトとエミティノートが会話している。
ヴァリアンツとの死闘のあと、筑波研究学園都市は壊滅した。
その爪痕は、先端研と同じく、何物をも立ち入ることを許さぬ異空間へと変貌した。
「やはり、内通者がいる」
エミティノートは、猫の姿でありながら、どこか警戒している様子で首をかしげる。
トビヒトは完璧な愛想笑いを浮かべた。
「……あなたが、ヴァリアンツに情報を漏らしているのでなければ」
「まさか。
私は次元振動炉の場所なんて知らないわ」
「ですよね。
でも、あなたを疑う者は多い。
もちろん、私を含め、中央情報保全隊はそうは考えておりません」
エミティノートはげんなりしたように、両目を閉じる。
「だから、荒療治が必要な局面になったと判断したのです。
内通者は地下シェルターに避難している政府要人の誰かだ。
しかし、誰がヴァリアンツかを確かめているヒマはない。
敵に感づかれたなら、その瞬間、奴らは正体を現して大暴れするでしょう。
被害は甚大になるはずです。
不意打ちが、もっとも確実な作戦です」
エミティノートは抗議する。
「あなたたちは……自分と同じ生物を、仲間を平気で死なせるのね。
他にとれる策はあるはずでしょう?
なのに……」
「時間がない。
もたもたしていては、またいつ振動炉の爆発があるかわからない」
トビヒトは、通路の突き当りにあるドアに手をかけた。
「ルカさん。
準備はいいかい?」
ルカはうなずいた。
その肩に、エミティノートが飛び乗る。
「まったく関係ない人を巻き込むかもしれないわよ。
慎重にいきましょう」
「わかってる」
トビヒトが扉を開けた。
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