第9話 誰しも、いつしかいろんなものにさよならを言う時が

ピティノートは、理科室にいた。


内部は、整然と実験用具と標本が並んでいる。

部屋の奥には、学校にあるはずのない、不気味な物体が設置されていた。


なめし皮で制作した大型コンピューターサーバーのような外観のそれは、ヴァリアンツの使用する機械であった。


物体の一部を、ピティノートが押さえると、どこからか、明瞭な声が聞こえてきた。


『こちら本隊。

 そちらの状況はどうか?』


「ついさっき、ピアリッジを対応させた使役用のヴァリアンツが、すべて失われたようだ。

 資料の送信状況はどうか?」


『現在受信中。

 あと5分かかる』


「そうか……もう時間がなさそうだ。

 戦闘の音が、聞こえなくなった。

 今奴らは、私を探している」


『……隊長に、われわれも救援に出動するよう、要請します。

 やはり見殺しにはできない』


「よせ! 間に合わん。

 それより君たちは、拠点を築くのが任務のはずだ。

 隊長だって、救援などは許さんよ」


『……せめて私だけでもそちらに向かいます』


「ダメだと言ったろう。

 ここで通信が終了するまで時間を稼ぐのが、私の最後の任務だ。

 最後まで全うさせてくれ」


『ピティノート。

 あなたのような尊敬に値する方に出会えて、私は運命に感謝しています。

 ……このような形で見殺しにすることを、許してください』


「君たちの未来に運命の祝福があらんことを。

 さようなら」


『さようなら、ピティノート』


通信していた声が変わった。


『さようなら、また来世で会おう』


次々と声が変わる。


さようなら……さようなら……。


仲間の声を聴きながら、ピティノートは初めて苦し気に顔をゆがめた。


その時、ドアが開いた。


「ピティノート!

 降伏して!」


エミティノートが叫ぶ。

廊下に、エミティノートを背負ったルカが立っていた。


間近にヴァリアンツがいる恐ろしさに耐え、体の震えを押さえつけていた。


「残りの人質を解放してください!

 そしたら、わたし、あなたを逃がします。

 きっと、わたしたちが戦うことで、誰も幸せにはならないと思うから」


意表をつかれたように、ピティノートはルカを見つめた。


「いまさら……どうしようもあるまい。

 だが……」


ためらうピティノートの背後で、甲高い異音が響いた。


おびただしいガラスの破片とともに、窓からエリシャが飛び込んできた。


「そらぁ!!!」


手から光の剣を伸ばし、猛然と斬りつける。


ピティノートの手から、エリシャとおなじ光の剣が伸びた。


「汚い手を使う!

 けだものどもが!!」


光剣どうしがぶつかり合い、激しい炎が周囲を焦がす。


「ち、違う、そんなつもりじゃ……」


ルカは、予想もしなかったエリシャのスタンドプレーに混乱した。

頭上を薙ぐ剣を避け、廊下に伏せる。


両手から光剣をほとばしらせたエリシャは、続けざまに斬撃を繰り出した。


「そらそらそらそらそらそらそらそらそらそらそらそらそらそらぁ!!!」


負けじとピティノートも両腕を輝かせ、エリシャの剣をはじく。


理科室の壁が崩壊し、ヴァリアンツの異様な機械は切り刻まれた。


エリシャとピティノートの動きが止まる。

互いが操る二本の光剣が、がっちりとかみ合った。

力づくで剣を相手の肉体にくいこませようと、押し合う。

両者の腕力は、完全に拮抗していた。


エリシャの体勢がわずかに崩れた。


スキを突き、ピティノートはエリシャに斬りこもうとした。

その胴体にまばゆい流星が走る。


エリシャの脚が高々と蹴り上げられていた。

その先端に、光の刃が灯っている。


がっくりとピティノートは膝をついた。

色とりどりの内臓が泥のように溶け合って、流れ落ちた。


勝利を確信した笑みを浮かべ、エリシャはピティノートにとどめを刺そうとする。


次の瞬間、エリシャはピティノートが放った渾身の体当たりを食らっていた。


激しい戦闘で壁が消え失せた理科室から、校庭へと放り出される。


ピティノートは、残ったルカを睨み据えた。


「貴様……絶対に許さんぞ!!!」

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