第7話 猫の悩みはどこまでも深く

歩み去るピティノートを、エミティノートが追う。

エミティノートは叫んだ。


「どうしてこんなことを続けるの?」


「おまえに言う必要はない。

 裏切者になど」


歩みを止めずに、ピティノートは吐き捨てた。

エミティノートは反論する。


「確かに私は裏切者かもしれない。

 でもそれは、あなたたちのやり方に賛成できなかったからよ。

 どんな理由があっても、私たちの都合で、他の生物に危害を加えるのは、許されないわ」


「先に危害を加えてきたのは、人類の方だ。

 忘れたのか?」


ピティノートの指摘は、事実だった。


ヴァリアンツは遠宇宙より飛来した、探検隊であった。

彼らは長い旅を経て、物資の欠乏に苦しんでいた。

さしせまった補給の必要から、太陽系に立ち寄ったのである。


その際、文明を持っていると思しき地球人類と交渉を重ね、互いの異なる文明間で、紛争が起こらぬように配慮していたのだった。


数か月にわたる交渉の結果、ヴァリアンツの宇宙船は、月の裏側へと着陸した。

いく種類もの希少金属からなる必要物資の援助を、地球人類が約束したからである。


が、地球側が送ったのは、物資ではなかった。


多数の武装した地球側の宇宙船が、ヴァリアンツを襲撃した。


かろうじてすべて撃退したものの、ヴァリアンツは物資、人員ともに、再度宇宙へと飛び立つことができないまでに消耗してしまった。


このまま遠い異星で朽ち果てるのか。


議論した末、ついにヴァリアンツは地球に侵入することを決意したのである。


エミティノートは、苦しげに言う。


「忘れてなんかいないわ。

 でも、もっと粘り強く話し合いをするべきだったのよ。

 でなければ、私たちは地球人と同じ、野蛮なけだものになってしまう」


「結構だ。

 けだもの相手に、礼儀や理屈など通用しない。

 同じけだものとなって、相手をしてやらねばな」


「それは無謀よ。

 わたしたちはもう何人も残っていないじゃないの。

 本当に生き抜きたければ、いっそ、地球人と同化すべきだったのよ」


「地球に?

 バカも休み休み言え!」


激昂するピティノート。

歩みを止め、足元のエミティノートをにらみつける。


「探索した結果を必ず故郷に持ち帰る、それがわれわれの任務のはずだ。

 ここに土着したら、数々の成果は埋もれてしまう。

 なにより、故郷をもう一度見たいと思わないのか?

 こんな不自由な体で、見慣れぬ環境に住み続けるなど、気がくるってしまう」


「私たちは、地球では元の体ではいられない。

 でも、元の体だって、進化の結果、形を変えてそうなったに過ぎないじゃないの。

 なら、私の今の姿だって、進化として受け入れられるわ」


「その矮小な体が気に入ったのなら、大いに結構!

 しょせんお前は、平民でしかないんだ。

 我々、貴族の矜持などわかるまい」


「私だって、踏査隊の一員だわ!

 能力が認められて、あなたたちの仲間入りをしたんじゃないの?」


「いいや、それはお前の勘違いだ。

 今わかったよ、しょせん、平民は平民でしかない。

 本当は、故郷になんか戻りたくないんだろう?

 そこではお前は、歴史に埋もれるだけの一般大衆でしかない。

 貴族のように国を動かすこともできないし、栄誉を受けることもない。

 だから裏切ったんだ」


「……そう思うなら、それでもかまわない。

 でも、あなたたちのように、勝手に他の生物の命を易々と奪うことだけは、絶対に反対よ。

 せめて、子供たちを解放してあげて。

 わたしたちを襲ったのは、あの子たちじゃないのよ?」


「できんね。

 故あって、もう少し時間を稼ぐ必要があるんだ。

 わたしの研究成果を、本隊に送る時間がな」


「何の話?」


「知っての通り、われわれは、一度何かに同化すると、元の体に戻ることはできないし、別の物体に同化しなおすこともできない。

 が、それを可能にする方法を見つけたんだよ。

 ……どうだ? エミティノート。

 お前も、そんな矮小な肉体でなく、われわれ貴族のようにもう少しましな体に同化しなおしてみたくはないか?」


一瞬の逡巡ののち、エミティノートは鋭く言った。


「お断りよ!」


ピティノートは乾いた笑い声をあげた。


「なら、もう姿を見せるな。

 同族を手にかけたくはない。

 姿こそ、こうなってしまったが、そこまで落ちぶれたくはないのでな」


もはやエミティノートには、立ち去るピティノートを追う気力は残っていなかった。

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