第3話 とりまく人たちについて

ヴァリアンツが出現した場所へは、自衛隊の観測ヘリ、OH-6Dを使用する。

ルカが到着した時には、すでにヘリのローターが回転し、周囲に風が渦巻いていた。


激しい風に逆らい、ルカは卵のような丸い機体に乗り込んだ。


すぐにヘリは離陸する。


パイロット一人のほか、三つある乗員用の窮屈なシートは、ルカ、エリシャとあともう一人、精悍な若い男で埋まっていた。


男の名は、九路打トビヒト。

市ヶ谷から派遣されてきた、中央情報保全隊の隊員である。

駐屯地におけるルカたちの世話は、主に彼がうけもっていた。


そして、トビヒトの腕の中に抱かれている猫。


その猫こそ、ルカとエリシャがヴァリアンツの手から生還させ、日本政府に彼女たちを保護させた、いわば命の恩人であった。


エミティノート、となのるその猫の正体は、実はヴァリアンツである。


ヴァリアンツはガス状の生命体であり、固形物に憑依することで、地球での行動が可能となる。

が、自律的な意識を持った生物には憑依できない。

そのため、かつてヴァリアンツは町ひとつを乗っ取り、そこにいた生物を彼らが憑依できるように細工したのだった。


その際、エミティノートは猫に憑依したのである。

ルカとエリシャがピアリッジとなったのも、その事件によってだった。


ヴァリアンツは、捕獲した人間を戦闘用に強化し、さらに脳を摘出することで彼らが憑依できるように処理した。

そもそもエミティノートはヴァリアンツ内の穏健派であり、強引な地球侵攻には反対する立場であった。

強行された残虐行為に憤りを抑えきれず、ルカとエリシャを連れて逃亡したのである。


逃亡したエミティノートによって事件を知らされた日本政府は、該当する町を自衛隊によって襲撃した。

ヴァリアンツが憑依する前に、捕獲されていた人間はすべてその場で焼却処分された。


が、少数のヴァリアンツは攻撃を逃れ、日本に潜入したのである。


エミティノートは、首輪を模したマイクから、声を出した。


「今日の敵は、人間が混じっているみたい。

 気を付けてね」


エリシャの眼が光る。

唇の端が吊り上がり、獰猛な笑みを浮かべた。


「関係ないけど。

 相手が何だって、ヴァリアンツなら、あたし構わないから」


じろりとルカを見る。

ドギマギするルカに、くぎを刺した。


「今日、この間みたいに足引っ張ったら……あたし、ルカも倒しちゃうかも」


叱られた犬のように、肩を落とすルカ。


エリシャはルカのクラスメイトだ。

おとなしく地味なルカに比べて、エリシャは容姿端麗、頭脳明晰、運動神経抜群、富裕層、というすべてを兼ね備えた、クラスの女王的存在だった。

先生すら一目置くエリシャは、しかし、クラスの誰とも一切分け隔てせずに親しく接する、明るく気さくな性格だった。


文化祭の時、ルカとナオミが美術部ということで押し付けられた作業を、率先して手伝ったのもエリシャである。


その時にもらった使いさしの白の絵具を、ルカはいまだに保管していた。


そんな憧れの存在であったエリシャが、自分のそばにいる。


が、一方的に抱いていたエリシャのイメージは、ピアリッジとして活動してすぐに、あっさり崩壊した。


エリシャは、自分が有能なせいか、不器用なルカに対して、厳しい態度で臨んできた。

さらに、ヴァリアンツに容赦のないあまり、一般人に危害が及ぶことを、なんとも思っていなかった。


確かに、両親と弟が犠牲になったのだから、無理はないのかもしれないが……。

あまりに苛烈なエリシャに、今ではルカは辟易していた。


「えぇ……そんな、わたし……」


困惑するルカに、エミティノートが助け舟を出す。


「ちょっと、エリシャ!

 冗談でもそんなこと言わないの!

 二人は仲間なんだから、仲良くなさい」


鼻を鳴らすと、エリシャはルカから顔をそむけた。


「冗談だって!

 さ、そろそろ着くんじゃない?

 とっとと倒して、とっとと帰ろ!」

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