3週目 ご趣味は?

新しい朝が来た!月曜の朝!

今日このときを迎えるだけで、俺の心は朝食が喉を通らなくなるほど踊るのだが、そんなことを俺の天使が知る由もなくるなちゃんは今日も眠たげだった。


「相変わらず眠そうだね」

「眠そうじゃない、眠い」

「そ、そうだよね。あはは……」


例えどれだけ眠くとも掃除はきっちりと行う姿からは、彼女の根の真面目さが見えてくる。

まあ根が真面目だろうと表層がこうであればただのぼけーっとした少女だ。いやその評価ももちろん間違いではないのだろうが……いかんせん、俺は彼女の真実を語れるほど彼女のことを知らない。


これは由々しき事態である!思い人のことを知りたいと思うことは当然の感情だ!

というわけで彼女のことを知るために会話をしようと思ったのだが……知りたいことが多すぎて一体なにから聞けばいいやら。


うむ、迷ったときは王道一直線が大体正解だ。普通に普通のことから始めよう。


「月ちゃんって……なにか趣味とかある?」

「趣味……?」


俺のド直球もいいところの質問に彼女はしかし疑問形で答えてきた。そんな難しいことを聞いたつもりはないんだけど……。


「そ、そんな難しく考えなくてもいいよ、ただの雑談だし。起きてるときどんなことしてるの?」

「起きてる……とき……?」


おっと、まさかそこを疑問形で返されるとは思わなかった。これはもしやするともしやするのだろうか。

……いや、さすがにないと信じたい。


「ごはん……お風呂……トイレ……トイレが、趣味?」

「その結論にはたどり着いてほしくなかった……。っていうか……え?月ちゃんって家で最低限の生命活動以外ずっと寝てるの!?」

「……うん。布団は私の聖域。一人で毛布にくるまって、なにも考えずにいる時が一番幸せ。……それが趣味かも」

「そ、そっか……それは残念」


俺の言葉に再度月ちゃんは首をかしげる。だが先ほどのようにただ首をかしげて自分に問いかける様子とは異なり、月ちゃんは俺の瞳を覗き込んで『俺に』明確な答えを求めていた。


「る、月ちゃん……?俺なにか変なこと言った?」

「なにが、『残念』?」

「えっ、声に出てた!?」


完全に無意識だった!ってかこんなこと前にも似たことやらかした記憶が!!


「と、特に深い意味はないっていうか?ほら、うんアレだよアレ。むしろみんなこんな感じの返事になると思うけど?」


言い訳思いつかねえ!……ということで少しずつ話を逸らしていくスタイルで行こうと思います。

手に持った箒をせわしなく動かしながら月ちゃんの返事を待つ。返ってくる言葉次第でまた返答を選ばなければいけないのだから一瞬たりとも気は抜けない。

足元の埃が風圧であちらこちらにまき散らされたころ、ようやく月ちゃんが口を開いた。


「誰も、そんなこと言わなかった。みんな、『かわいそう』って言った」

「かわい、そう……?」

「『みんなと遊んだほうがいい』とか『一人でいるなんてつまらない』とか……みんなそう言って、一人でいる私をかわいそうって。だから、『残念』は初めて」


……そういう人間の気持ちはよく分かる。言っている情景も簡単に思い浮かぶ。

けれど俺には、それよりも月ちゃんの思いの方が強く伝わってきた。


「分かるよ、それ。……言う方も言われる方も、どっちの気持ちも」

「……気を使わなくてもいいよ、ひかるくん。言う方はともかく、言われる気持ちなんて、分からないでしょ」

「俺も何回も言われたから」


いつもは半開きの月ちゃんの瞳が、見開かれる。

確かに俺の性格からしたら想像はしづらいだろうが、俺だって昔からこんなだったわけじゃない。


「前にちらっと言ったけど、俺ってみんなでわいわいゲームするのが好きなんだ。……でも、前は一人でやる方が好きだったんだよ」

「想像、つかない」

「そう?まあ、昔とは見た目も性格もだいぶ変わったって言われるしそうなのかな」


割と暗い性格をしていたし、見た目も……いや、見た目を変えたのは最近か。月ちゃんにかっこよく見てほしくて変えただけで、月ちゃんに出会う前は基本ずっと同じだ。


「一人でゲームしてた頃は、親やら友達やら先生やらにそりゃあもう『みんなと』を強制されたもんだよ。みんなのおかげで今の俺があるわけだから感謝はしてるけど」

「……そういう人間ならなおさら、みんなみたいなことを言うものじゃないの」

「俺が本当に感謝しかしてないと思う?」


笑顔で返した俺に、月ちゃんはまるで怯えたように一歩後ずさった。

そんな露骨な反応をされると傷つく。


「『今の俺があるのはみんなのおかげだありがとう』なんて言葉で締めくくれば、それはそれは綺麗な物語で終わるんだろうけどね。人間そんなに単純じゃないよ。……俺は、一人でゲームをしていたころの自分だって好きなんだから。今の自分を作ってもらえたからって、あのころの自分を否定された怒りがないわけじゃない。……正直、今だって『いい迷惑だった』って思うことがよくあるよ。だから人に『やりたいこと』を強制するのはやめてるんだ」

「なら……私の気持ちも分かってくれるよね?私は一人で生きてもいいんだよね?」

「それはダメなんじゃない?」

「えっ」


俺の唐突な裏切りに月ちゃんは驚き……俺に向けて箒を剣のように構えた。


「やっぱり……曜くんは私の友達てきになりたいんだね……」

「先週と全く同じ展開!?なんで!?」

「『一人でいたい』ってこと、否定しないでくれるのかと思った……」

「ひ、一人でいたいと思うならそれはそれで否定しないけど、冷静に考えて『一人で生きていく』なんて無理でしょ?最低限のコミュニケーションはとらなきゃだよ」

「それはつまり、みんなと同じことを言ってるんでしょ。『みんなと仲良く』って」


箒を俺に向けたまま敵意ガンガンの月ちゃんはどうにも俺の言葉を理解してくれていないようだ。……月ちゃんの理解不足ではなく、俺の言葉不足が原因かな?

偉そうに最低限のコミュニケーションだなんて言ったのだ、理解不足を嘆く前に言葉を尽くしてみよう。


「月ちゃんも、みんなと遊べってうるさい周りもどうもそのあたりを勘違いしてると思うんだよね……。一人で生きてけないからみんなとコミュニケーションを、ってのはどうしようもないことだけどさ。それは『やらなきゃいけないこと』であって『やりたいこと』とは別に考えればいいことじゃん?」

「やらなきゃいけないなら……やらなきゃでしょ」

「うん、だからそれを『最低限』にすればいい。一人で生きるなんて無理だけど、最低限やるだけやって、あとは一人でいるなりみんなといるなり好きにすればいいんだよ。そこに他人が介入するなんて……ましてや迷惑かけてるわけでもないのに何かを強制させるなんて間違ってるよ」

「じゃあ、私も……」

「うん。みんなと遊ぶのが楽しいか布団でくるまってるのが楽しいか、なんてのは単純な好き嫌いのレベルの話だよ。正しいも間違ってるもないのさ。だから月ちゃんは月ちゃんの楽しいと思うことをやればいい。……変に難しく考えず、もっと肩の力抜いて考えるくらいがちょうどいいんだって、俺は思う」

「…………」


急に黙られると不安なんだけど……。

ちょっと語りすぎちゃったかもと内心びくびくしていると、構えられた箒がゆっくりと下げられていった。

安心していていいのか数瞬迷ったものの、月ちゃんはもう動きそうにない。どうやら箒で襲われることはもうなさそうだ。


「……ありがとう、ちょっと楽になった」

「え、ああ……どういたしまして?」


お礼を言われるようなことをした記憶はないけれど、こういう展開は大体好感度が上がってる感じだろう。ならわざわざそれを崩すようなことはしなくてもいいだろう。

……いやでもぶっちゃけ気になるなぁ!俺何した!?もしかしてすごいことやらかしてたりするのか!?


「ところで」


心の中の悶々が体の動きに表れそうになったところで、月ちゃんの声が鋭く届く。

鋼の精神で心のざわめきを静めさせ、できるだけ月ちゃんにかっこよく見られるような顔を作り上げる。よし、オーケー。俺かっこいい。


「結局なにが『残念』なの?」


クールフェイスが一瞬で崩れ去る。冷汗が頬を伝ったのを感じた。

なんかいい感じになって完全に話を逸らせたと思ったのに!こんなに一つのことにこだわるなんて……もしや月ちゃんには探偵の才能が……?


「そこは流す方向で……」

「すごく、気になる」


ぐっと顔を近づけられる。

透きとおるような瞳、きめ細かい白い肌。柔らかそうな唇は半開きになっていることがより魅惑的で、寝癖でぼさぼさの髪からはシャンプーの香りが届いてくる。

……近くで見れば見るほど彼女のかわいらしさが伝わってきてしまい、俺の心拍数がマッハで上がってしまう。

こうなってしまえばもう抵抗する術などなにも思いつかない。

すべてを諦めて心境を赤裸々に語っていく。


「俺は月ちゃんが一人がいいって言うならそれを否定したりしないし、『みんなと』を強制する気もないけど……俺は月ちゃんとこうやって話すの好きだから、月ちゃんにもそれを楽しいと思ってもらえたら嬉しいなって思ってたんだけど……。まあ、その、月ちゃんはお布団にぞっこんみたいだから、残念だなぁと。そんな感じです」

「……そう」

「あの、肩が震えてるんですけど……笑われる感じ?俺これからまたすげえ笑われる感じですか?」


月ちゃんの笑顔を見れるのは最高だが、今の俺の独白を笑われるのはちょっと……控えめに言って死にたくなる。

そんな俺の心境を読み取ってくれたのか、月ちゃんは笑うことはしなかった。


「大丈夫、笑ってない。耐えた」

「笑う予定だったんだね」

「曜くんも、難しく考えすぎ。もっと気楽に考えた方がいい」

「む、難しくってなにを?」

「確かに私は布団が一番好き。むしろ愛してる。……でも、曜くんと話すのが楽しくないなんて、言ってない」


月ちゃんの言葉を聞いて、少しの間意識が真っ白になる。

数秒してようやく脳が活動を再開し始めた。月ちゃんの言葉を脳内再生して意味をくみ取る。

えっ……そ、それってつまり、つまり!


「月ちゃん、あの、それって……!」

「あ、全然掃除してなかったね。早くやらないと」

「そこで掃除にシフトするの!?ちょ、待って!俺無視して机を運び始めないで!」


結局それから本当に掃除モードへ移行してしまった月ちゃんはそれ以上を語ってくれることはなく、俺はそれからずーっと悶々としながら過ごすことになってしまった。


生殺しはやめてー!!!

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