2週目 トモダチ

「おはよう!るなちゃん!」

「…………」

「起きよう!月ちゃん!」


教室に好きな人と二人きり……なんて書けばロマンチックだが、今は月曜の朝。つまりはただの掃除の時間だ。

俺が月ちゃんに恋をしてからあの月曜から一週間が過ぎた……のだが。

月ちゃんは休み時間はいつも寝ている上に、HRが終わった瞬間に姿を消している。そのせいで、実はあれから一言も会話ができていない……!!

そんな一週間を乗り越え、今日は待ちに待った月曜日。全力で好感度を上げにいく!

と意気込んでいたのだが……。


「……おはよう、ひかるくん」


肝心の月ちゃんはといえば、先週と同じく眠たげ……というかほぼ寝ている。

髪が寝癖だらけなのも服がしわだらけなのも、恋という名のフィルターを通してみれば可愛くしか見えないのだが、さすがに寝られるのはきつい。

まあ寝顔も可愛いのだが。


「……先週から思ってたけど、月ちゃんって朝弱い?」

「弱くない時間がない」

「なるほど……」


確かにそうでなければ休み時間をすべて睡眠になど費やさないだろう。

……いや?よく思い出せば授業中も寝てる気がするぞ?


「月ちゃん。念のための確認だけど、授業ちゃんと聞いてるよね?」


そう聞いた途端、箒を取りだし掃き始めようとしていた月ちゃんの動きがピタッと止まる。数瞬の間をあけて彼女はこう返してきた。


「授業なんて聞かなくたって、生きていける。社会に出て二次方程式なんて使わない」

「それ勉強やばい人がいうセリフだよね!?」


なんてこったい!月ちゃんはそんなとこまでポンコツなのか!

それはそれで可愛いな!


「曜くんは、二次方程式を使って生きるの?」

「俺もたぶん使わないけど……」

「ほら大丈夫。学校の勉強なんてできなくても困らない」

「でももう少ししたら困ると思うよ?具体的には一か月後くらいに」


一か月後には入学して最初の中間考査が待っている。

当然授業に則った内容になるのだから、授業を聞いていなければできるはずもない。


「まあ近くなれば友達同士で勉強会とか開くだろうし、そんなに深刻に考えることでもないのかな。月ちゃんはどう?何人くらい友達できた?」

「トモ……ダチ……?」


なぜか月ちゃんの表情が厳しくなる。しかも返事がカタコトだ。

首をひねって疑問をあらわにしていると、月ちゃんは小さな声で話し始めた。


「私にとって、友達は敵と同意義。私の名前を馬鹿にしたり、それ以外のことをからかって笑ったり、そういうことをした人は決まって『友達なんだから別にいいじゃん』って言った」

「そ、そっか。月ちゃんはフレンズと敵対するフレンズなんだね……」


あまりに真面目な声音でそういうものだから、つい茶化してしまった。……そんな自分が情けない。


先週、彼女は『名前を笑われる』と言っていた。

きっと笑った人たちには本当に悪意などなかったのだろう。ただの話のネタ程度にしか思っていなかったはずだ。

けれど、その『友達』とやらは……それが彼女をどれだけ苦しめているか想像ができなかったらしい。


「私は嫌なのに……名前を好きになりたかったのに。嫌だと言っても、『友達』を免罪符に私を傷つける。私は優しくもないし、できた人間でもないから、そんな免罪符を許せない。だから、友達は敵。友達を名乗る人間は、私の敵」

「い、いや、でも友達ってそんなばっかりじゃないんじゃない?その、月ちゃんのことを笑ったりせず、普通の友達だっているだろうし……」


彼女の吐露に、俺は軽率にもそんな返答をしてしまう。

どんな言葉を続けるかと悩んでいると、彼女は唐突に俺を睨みつけてきた。

……手には、剣のように構えられた箒が。


「曜くんは……私の友達てきになりたいの?」

「なんかルビおかしいことになってるよ!?別に月ちゃんとは敵対したいだなんて……」


軽率な発言のせいでいらぬ誤解を……と思ったが、自分の言葉を省みればあながち誤解でもないかもしれない。

俺にも『友達』だからと誰かを馬鹿にして笑ったりしたことは何回も経験がある。逆に俺も馬鹿にされたことだってあるし、それで嫌な思いをした記憶だってある。

それを分かったうえで、俺はあんな言葉をかけてしまったのだ。


それは、『友達』という免罪符の許容を強制したことと何ら変わらない。


……そんな情けない自分として生きていくのは嫌だ。

でも、それと同じくらいこのまま彼女の何かになれることもなく終わるのだって嫌だ。

初めての恋なのだ。自分で言うのは恥ずかしいが、俺の心には恋の炎が燃え盛っている。

こんなところで立ち往生していては、あっという間に心の中が焼き尽くされてしまう。

だからその炎を力に、せめてあと一歩だけでも彼女に近づきたい。


「言葉って刃なんだと思う。斬られた人間にしか、その鋭さは分からない」

「……え?」

「俺は月ちゃんの友達になりたいよ。敵じゃなく、友達になりたい。でも俺って無神経だし……月ちゃんのこと、傷つけちゃうこともあると思うんだ。だから俺の言葉で傷ついたならそう言ってほしい。その代わり、俺も傷ついたらそう言うから。……そういう友達も、ダメかな?」


なんだか、とても恥ずかしいことを言ってしまった気がする。でも、自分の心のままに……炎の燃えるがままに話したのだ。後悔はしていない。

月ちゃんの目の前から逃げ出したい衝動に駆られているが、後悔なんてしてないんだからっ!!


「そんなに、友達っていいもの?」


構えていた箒を下ろしながら、彼女は俺の瞳を見つめながら口を開いた。

先ほどより少しだけ、語気は強い。


「みんな、友達がああだこうだって言うけど、友達ってそんなに重要なもの?別に友達じゃなくたって話せるし、友達じゃなくたって遊べるよ」


……話したり遊んだりするような人のことを『友達』というんじゃなかろうか。

そう返そうと思ったが、彼女の姿を見てそれをやめた。

月ちゃんは頬を膨らませ口を突き出しながら、手元が落ち着かないのか箒を小さくふりふりしている。

その愛らしい姿は、拗ねた子供を連想させる。

きっと彼女は、あれだけ嫌だと言えば俺が『友達』という関係を諦めると思ったのだろう。だというのに彼女の思惑を外れ、諦めるどころか逆に熱烈に求めてしまったものだから拗ねてしまったのだろう。

……本当に子供のようだ。


「……なんで、ニヤニヤしてるの」

「おっと失礼」


急いで口元のニヤニヤを戻すが、彼女はさらに拗ねてしまったのか視線を俺に合わせてくれなくなってしまった。

ああもう、可愛いなぁ。


「じゃあ、友達以外ならなってくれる?」


これ以上拗ねさせてしまうといよいよもって口をきいてもらえなくなりそうだったので、代替案を出すことにする。

この提案は彼女にとってもちょうどいい落としどころだったのか、箒に顎を乗せて少しうなった後首を縦に振った。


「……曜くんは、私の何になりたいの?」

「俺は……」


――君の特別になりたい。


口から出そうになったその言葉を、俺はぎりぎりのところで飲み込んだ。

……この言葉を言うのは、さすがに早すぎるだろう。これで『嫌だ』などと言われようものならもうそのまま家に帰ってしまう。

ヘタレじゃない。戦略的撤退だ。


「俺は……とりあえず、月ちゃんの一番の仲良しポジションが欲しいかな」

「……分かった。曜くん以外に仲がいい人っていないから、暫定1位にしておいてあげる」

「なんとも喜べない1位だね……」

「ところで、『とりあえず』ってなに?」

「へ?」

「今、『とりあえず』私と一番仲良しポジションが欲しいって言った。とりあえずって、まだ次があるときに使う言葉。次は何になりたいの?」


や、やばい。下心を隠し切れてなかったせいで俺の恋心がこんなところで知られてしまう……!

ど、どうしようどうしよう!!


「あ、まだ掃除中だった?」


突然の第三者の声に、俺も月ちゃんも視線をそちらへ向ける。

そこに居たのはクラスメイトの女子。

俺より少しだけ長い茶髪と快活な笑顔。それに加えて着崩された制服から伺える肌色が特徴の、確か名前は……。


「お、おはよう……えっと、水野さん……?」

「うん、水野だよ。おはよう紅野くん、それに白川さんも」

「……おはよう」


名前が合っていたことに胸をなで下ろしつつ、これ幸いとばかりに水野さんへ話しかける。

必然的に月ちゃんとは会話が終わる形になった。

俺が会話をぶった切ったため、とぼとぼと自席に戻って眠りにつく彼女に罪悪感を覚えてしまうがそれはそれ。こちらにもやむを得ない事情というものがある。

主に男の子の思春期的な事情がね!


あの話を終わらせられたことに小さく安堵していると、俺との雑談に付き合ってくれていた水野さんが俺に質問をしてきた。


「白川さんとなんかあったの?さっきも話し込んでるように見えたけど」

「あー、えっと。うん、なんかあったよ。……人に話すようなことでもないけど」

「えー、そんなこと言われると気になるんだけど」

「いや、ほんと大したことないんだって。ただ……」

「ただ?」


俺の言葉の続きを待つ水野さんに、俺はできるだけ爽やかな笑顔を向け伝える。

今日彼女に教えてもらった当たり前でとても大切な教訓を。


「友達ってのは簡単そうで難しいものだって……そう教えてもらっただけだよ」

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