第19話 始まり
父に認められた日から、ほとんど毎日のようにあの部屋へ通った。
休日は何時間も話して、手を握ったり頭を撫でたりした。屈託なく笑う様子が可愛くて、時々悲しくなった。
妹は俺を『ソーマ』と呼ぶ。
このまま新しく関係を築くべきか、それとも また『お兄ちゃん』と呼ぶ関係に戻すべきか。
父は何も言わなかった。
自信がないのだと思う。全てに。
父を間違っているとは思わない。今でも自慢の父だと思っているし、言葉を交わすことはもともと少ないが、大事にされていると感じる。
「ああ、どうもお久しぶりです。」
「こんにちは。お邪魔します。」
「先生!」
「蒼真君こんにちは。」
「今日は俺も一緒だから。」
「……ばれたんです。これからはこの子も一緒に。」
秘密の部屋の存在を教えてくれた医者は暫く間があってから、優しく微笑んだ。
「……分かりました。行きましょう。」
目的の部屋まで父も医者も静かだった。ただ、その足取りはどちらも慣れたもので迷いがない。
相変わらず部屋は鮮やか。
よく見ると一つ一つは妹の好きそうなものだ。そして俺が初めて入った日から何一つ変わらない景色。シーツもカバーも変えられて綺麗であるのは分かるし、妹の身も清潔にされているのを知っている。臭ったことがない。そのように保っているのは人の手ではなく、ロボットだ。オートで全てを賄い、そこに人の温もりはない。
ご飯をあげる時もロボットの録音音声が流れ、これを妹は『お母様』と思っている。
医者は片腕をとって脈をとったり、下目蓋を親指で引っ張ったり、口を開かせてくまなく中を覗いたりしていた。それらの診察は手際よく、あっという間に終わった。
次にモニターに触れて様々な数値を確認している。俺は診察が終わるまで、声をかけたり触れたりしないでと予め言われていたので、じっと医者の一挙一動を観察した。
「蒼真君、頻繁に来てるでしょ?」
一瞬ドキッとした。
「え、あ、はい。」
「今までにあんまり見ない数値が出てる。楽しいとか嬉しいって部分が強く出てる。新しいものを見つけて夢中になってる感じかな。」
「…。」
「思い出すって感じじゃないよ。」
やはり妹の中で俺は『ソーマ』だ。
「先生…思い出させるようなこと言ったら、どうなるんですか…?」
「………分からない……。打ち勝つのか、そらともより籠るのかは誘い方次第。……間違っても一気に教えちゃ駄目だよ。混乱しちゃうから。」
医者は静かに話した。
その目はしっかりと俺の目を見据えている。
読めない表情が一気に不安にさせ、決心が内側からぐらぐらと崩れようとしていた。
もし自分の世界に籠ってしまったら、もうチャンスはないかもしれない。話してもくれないだろう。その上、心が壊れてしまうかもしれない。全部俺の責任になる。背負えるだろうか。
ぐるぐると考えていたその時だ。
「決めたんだもんな。」
その声は父だった。
ああ、そうだった。俺が啖呵を切ったんだ。
「父さんはお前一人に責任を追わせるなんて言ってない。父さんは、いつでも味方だ。」
父の言葉は、とても力強かった。
責任を擦り付けるつもりは毛頭ない。
でも、嬉しかった。
「うん、今日から始めるよ。俺がちょっとずつ教えるんだ。」
そして、医者はスクリーンに映し出すとモニターから手を離し、数歩後ろに下がった。
俺はモニターと医者の間を通り、ベッドの側でしゃがむと、掛布団に手をいれて、細くて小さな妹の手をとった。
「……ソーマだよ。元気にしてた?」
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