第138話 外伝43.1948年 ロシア公国 ハバロフスク 過去
――1948年 ロシア公国 ハバロフスク 池田壱
ロシア公国はロシア革命後、赤軍に対抗する勢力が極東に集合し成立した国家で、成立の際はソ連赤軍から侵攻される可能性が非常に高かった。国境線を日米が護り、軍備を整えソ連赤軍に備えていたが1948年までロシア公国では一度も戦争が起こらなかった。
1941年に東西へソ連が分裂してもロシア公国のソ連側の国境では常に緊張状態が続いており、いつ戦争が始まってもおかしくない情勢だった。しかし、1946年東西ソ連が統合され、ロシア公国と国交が結ばれるに至ってようやくロシア公国は緊張レベルを落とすことができた。
ソ連とロシア公国の国交正常化から二年が過ぎ、かつてソ連の粛清を逃れてロシア公国に亡命し、西ソ連の成立から統合ソ連の成立に大きく貢献した元帥が再びロシア公国の地に降り立っていた。
元帥はまだ五十五歳と若かったが、昨年軍を勇退しソ連ではなくハバロフスクで余生を過ごすと宣言しロシア公国の許可を得て、この地に骨を埋めることとなった。
元帥の出身地はモスクワに近いとある郊外都市であったが、故郷ではなくハバロフスクを選んだのにはもちろん理由がある。元帥は自身が引退しソ連国内に留まれば、自身を担いで政治的な動きが起こる可能性を考慮しソ連を離れる決意をしたとのことだ。
ロシア革命から東西ソ連の統合に至るまで元帥の活躍は目覚ましく、ロシア革命の成功も西ソ連の成立も元帥の力なくしては成立しなかっただろうとまで言われている。
彼がソ連を去ると報道発表した際には、彼を惜しむ声がソ連国内から噴出したが、元帥の「政治に関わらない」という意志は固く惜しまれながらロシア公国へ行くことになった。
ロシア公国側も英雄の移住を歓迎する声明を発表し、元帥とその家族については特別にソ連との二重国籍を認めた。
元帥がロシア公国へ住み始めて三か月が過ぎる頃、彼は日本の池田壱からの取材依頼を快く受け、ハバロフスクのとあるホテルで取材が行われることになった。
元帥がホテルに着くと、入口で小柄な日本人らしき黒髪の男が通訳のロシア公国人らしき男と一緒に待っていた。
「はじめまして。池田壱です。今日はよろしくお願いします」
日本人の男――池田壱は元帥にペコリと頭を下げると、元帥は池田壱に右手を差し出し握手を求める。
「ロシア公国までようこそ。ミハエルです」
池田壱は元帥――ミハエルと固い握手を交わすと、二人は用意された席に腰をかける。
平静に見える池田壱であったが、内心とても緊張していて叶先輩にやはりついてきてもらったらよかったと後悔していた。彼は叶健太郎に取材を行うことを報告した時、数々の有名人と対話をしたことのある彼に意見を求めた。
すると、叶健太郎は「聞くことを聞いて、後は適当にしゃべってればいいんだよ」と手をヒラヒラさせて池田壱に軽い感じで言い放ったのだった……
池田壱はその時の叶健太郎の姿を思い出し、「いざ目の前にすると無理っすよおお」と心の中で叶健太郎に突っ込みを入れる。
「ええと、元帥……あの、その」
「池田さん、私はもう引退した身です。ミハエルと呼んでください」
ミハエルはニコリと微笑み、池田壱の緊張をほぐすようにゆっくりとした口調で彼に助け船を出す。
「あ、ありがとうございます。ミハエルさん。まずは、あなたがロシア公国に亡命された後についてお聞きしたいです」
ミハエルの気遣いのお陰で、緊張が取れて来た池田壱はさっそく彼に質問を投げかける。
「そうですね――」
ミハエルは少し上を向き、目を瞑ると池田壱の方へ目線をやり語り始める。
当時のソ連は党首が猜疑心に捉われ始めており、後に先代の党首の盟友であった西ソ連の党首となる男を国外追放し、少しでも不穏な空気を感じさせる者を逮捕し始める。
逮捕から逃れロシア公国に亡命した者も多数いたが、逃げ遅れた者ももちろんいた。そんな折に、ミハエルの元へ亡命していた先代の党首の盟友から情報が入る。
――三か月以内に亡命を行うべし。奴は君をも狙っている。
この情報にミハエルは亡命を決意し、ロシア公国へ逃げのびることに成功する。もし、彼からのリークが無ければミハエルは処刑されていただろうと語る。
「なるほど……情報通なんですね。元党首は」
「そうですね。彼は驚異的と言えるほどの情報網を持っていました。これはこの後も大いに活かされます」
ロシア公国に亡命したミハエルは、ロシア公国軍のアドバイザーとして迎え入れられるが、裏の顔も与えられた。それは、亡命者達がソ連に反攻作戦を実施するために集められた軍事組織の訓練だった。この組織は日ロの資金支援を受けていたものだった。
日ロはソ連を内側から崩壊させるために協力しており、資金だけでなく極秘裏に武器弾薬の供給も行う。
そして、ソ連が東欧で攻勢に出てチャンスを伺い亡命者の反攻作戦は実施され、その結果、西ソ連の成立と成功裏に終わる。
ミハエルは亡命者達の軍事組織の長となり、反攻作戦を率いた。
「なるほど……確か東プロイセンに潜伏していた革命勢力も吸収したんでしたよね。彼らをあれだけの短期間でよく軍事作戦を実施できるまでに持っていけましたね」
「それはロシア革命の経験があったからです。当時の赤軍に比べれば、彼らの方がよほど優秀でしたから」
「現ロシア共産党党首とミハエルさんがいてこそ、作戦は成功したんだと僕は思いますよ。軍事のことは詳しくなく恐縮ですが……」
「党首で思い出しました。党首が一番恐れていた国はどこだと思いますか?」
ミハエルはいたずらっ子のような顔になり、池田壱に問いかける。
恐れていた国……うーん。池田壱は考えを巡らせるが、これだという国は出てこない。でもやはり……
「自身を追い出した旧ソ連でしょうか?」
「いえ、党首が恐れていたのは日本ですよ。ロシア公国成立の絵図を描いたのは日本だと彼は確信しています。結果的にですが、ロシア公国が無ければ今の新ソ連はありませんし、私も党首も生きてはいなかったでしょう」
「な、なるほど……」
池田壱はロシア革命が起こってから日本の行動を思い出してみるが……赤軍から逃げてきた白軍を極東に誘導したのは確かに日本も貢献しているけど、反発しあう白軍をまとめあげたのはアメリカの力によるところが殆どだ。
日本は何もできなかったんだけど……その後のロシア公国への支援では日本も頑張ったと思う。僕には見えてこない話だけど、党首は情報通と言うし何か日本もやっていたのかな……
「他に何かありますか?」
「あ、あります! ミハエルさんは政治には全く興味がないのですか?」
「私は軍人でした。軍人が政治に関わるべきではないと思っています。興味のあるなしではなく、私の立場が軍人だったというのが理由ですね」
「軍事政権の成立は世界に良くあるお話だと思うのですが」
「軍事力を背景とした力によるクーデータはもうこりごりですよ……」
ミハエルは肩を竦め、池田壱へおどけて見せる。これに対し池田壱もくすりと笑い、彼の意図を何となくだが察することができたのだった。
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