第75話 同盟関係の検討 現代

――健二 現代

 季節はゴールデンウィーク。高校三年生となった健二は夏休みになると勉強に励むことになるだろうから、ゆっくり羽を伸ばせるのもそろそろおしまいになる。

 最近、父と健二はノートに夢中で妹とゲームをする時間が減っていたこともあってゴールデンウィークはまだ少し寒いけど家族三人でキャンプに行くことになった。

 キャンプといっても、ログハウスを借りて外でバーベキューをする程度なのだが……

 

 健二はバーナーで炭に火を入れ、妹は野菜を切り、父は……

 

「父さん。くつろがないで手伝ってくれよ!」


 健二が父の様子を伺うと、父は床に立てるタイプのハンモックをいつの間にか車から出してきて寝そべっていた……

 

「まあまあ。お父さんも疲れてるんだって」


 妹の茜は玉ねぎを切ったのか目に涙を溜めながら健二をなだめる。

 

「まあ、父さんも歳だしなあ」


 健二の「歳」という言葉に反応した父はとたんに立ち上がり、肩を回して食事の手伝いをし始める。

 その様子に健二と茜は声を立てて笑ってしまう。

 ほどなくしてバーベキューの準備が整った三人はアウトドアチェアを各自で取り出し腰を落とす。

 

 さっそく肉と野菜を焼き始めると、いい匂いが漂ってきて健二のお腹が派手な音を立てた。


「健二くん。凄い音!」


 妹の茜は健二を指さし大笑いする。


「動いたからお腹が減ってるんだよ!」


 健二は照れながら妹に言葉を返す。


「あはは。あ、また歴史の話するんでしょ。私も混ぜてー」


 意外にも茜が歴史談議に参加するみたいだ。健二は驚いたのだが、父は嬉しそうに茜に返事をする。

 

「おお。茜も興味出たのか?」


「んー。面白そうに話ししてるから」


「そうかそうか」


 父はうんうん頷き、ビールを口に運んだ。

 

 ノートが紡ぐ歴史はもはや予測不能なところに来ており、史実と完全に様相が異なる。第二次世界大戦という世界規模の消耗戦は起こっていないが、独仏戦争が起き、ポーランドは分割され、中国大陸は国共内戦のような内戦が起こった。

 日本の外交戦略と国内政策を検討してみようと父と話をしていたが、少し整理してみよう。

 この世界では巨大な植民地を持つイギリスが戦争で疲弊していないが、アジアで脱植民地の動きが起こっている。きっかけはフランスの敗戦によるベトナム社会主義共和国だろう。フランスの敗戦でチャンスとみた共産主義勢力がベトナム北部を占領下に置き独立宣言を行った。

 その結果、フランス領インドシナの他の地域も収拾がつかなくなり、フランスは他の地域を取り込み、共産主義政権を潰す為コーチシナを除き完全自治権を付与した。

 コーチシナはベトナムのグエン朝やカンボジア王国から割譲させた地域で成り立っているが、しっかりコーチシナだけ確保したところがフランスの意地なんだろうか。

 フランス領インドシナの動きに勇気つけられた東南アジアの各植民地で独立に向けた動きが加速し、イギリスでさえ対応に苦慮しているようだ。恐らく、イギリスも完全自治をみとめるんじゃないだろうか。

 

 となると問題はオランダ領東インド――インドネシアだろうなあ。オランダは自国の国力の限界までインドネシア支配に拘るだろうから泥沼の戦いになりそうだ。そんな状態で錫や鉛などの鉱物資源を採掘できるわけがなく、供給が止まってしまう。

 長い期間、オランダ領東インドからの鉱物資源の供給が止まると日本にとって喜ばしくないだろうなあ。


「父さん。東南アジアなんだけど、イギリス植民地はともかくオランダ領東インドが機能不全にならないかな?」


「独立派の動き次第だが、ノートの情報を読み解く限り機能不全になる可能性は高いな」


「なんとかオランダを説得できないものかな?」


「うーん。難しいと思うぞ。オランダにとって東インドは自国並に外せない植民地だろうからな……」


 オランダ領東インドが産出する富はオランダにとって莫大だから、オランダは限界まで戦うだろうってのは父も同意見かあ。しかし、日本が独立派を支援したとすれば国際関係にひびが入るからどうしたもんか。


「父さん。日本がインドネシアの独立派を支援したら角が立つよね」


「ああ。下手したら英米との関係性が悪くなるかもしれないぞ。日本が覇権を狙ってると勘違いされかねない」


「うーん。難しいね」


「そこでだ。健二。イギリスを巻き込めばどうだ? 日英同盟の見直しも行いたいからな」


 日英同盟は参戦条項があるけど、イギリスはフランスやアメリカとも同盟を結んでいるからいざ戦争となると味方になってくれない可能性があるんだよなあ。今回みたいに。


「日英同盟の参戦条項を変更したいってことかな」


「そうだよ。健二。アメリカだろうがフランスだろうが参戦義務をつけられるように交渉する。ただし、侵攻された場合に限るとしておけばいいんじゃないか? インドネシアにも共同して当たることができれば最高だな」


 イギリスと日本がお互い最優先国家として同盟を結ぶことができれば、単独で対抗しうる国が存在しなくなるんじゃないか。日本もイギリスも単独ではソ連、アメリカと戦うことは難しいし、イギリスと日本が手を組めばソ連、アメリカを凌ぐだろう。

 世界を三巨頭でけん制しあう体制に持っていきたいってことか。ドイツ、オーストリア連邦は日本につくだろうし、フランスは……どこにつくかわからないけど……しかし、フランスはこの際そこまで大きな問題じゃない。

 アメリカ、ソ連、日英独墺の三勢力の他となればフランス、イタリアだが、この二国がどこにつこうが三すくみは変わらない。

 これが面白くないのはアメリカだろうけど、日英はこれまでと違ってアメリカにも意見を通すことができるようになるんだよなあ……

 

「いい手だと思うけど、イギリスは乗って来るかな……」


「イギリス次第だな。イギリスは脱植民地の煽りを受けて凋落ちょうらくしていくことは確実だ。アジアと欧州に大きな影響力を持つ日本と組むのは悪い話じゃない」


「円経済圏は巨大だしねえ。日本から提案だけでもしてみたいね」


「まあ、イギリスがアメリカより日本を優先する同盟を組む可能性は正直低いだろうな……」


 史実を見てもイギリスはずっとアメリカにべったりだしなあ……父さんの言うことも最もだろう。オランダ領東インドへイギリスと共に独立派へ協力するとか利権を分け合えれば、イギリスの日本へ対する依存度は高くなるかなあ。

 イギリスのアジア植民地がイギリス連邦に加わったり、自治権を認められていく中で、イギリス連邦を形成し独立国となっていた白豪主義国家……南アメリカやオーストラリアとイギリスは疎遠になる。その時に日本と経済的な結びつきをより強めることもいい手だな。


「東南アジアが目立っているが、北アフリカでも恐らく独立運動が加速するぞ」


「フランス植民地のチュニスとかモロッコだよね。そうなるとイギリスの植民地にも影響が出るよね」


「そういうことだ」


 脱植民地化の流れは全世界に波及していくだろう。北アフリカ以外のアフリカ地域はまだ先になるだろうけど、イギリスにとってはよろしくない兆候だろうな。


「ねえねえ。健二くん、お父さん。ソ連ってそんな強いのー? 余りイメージが沸かないんだけど」


 ここでずっと話を聞いていた茜が割り込んでくる。現代のロシアを見る限り単独でアメリカに比肩する国家だとは想像がつかないからだろう。

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