第48話 スペイン内戦 過去

――サウジアラビア 藍人 過去

 イスタンブールから船に乗り、スエズ運河を抜け、ようやくサウジアラビアに到着した藍人。ここでは日本企業が石油プラントの運営を行っている関係もあり、日本人街が存在する。

 藍人は現地で勤める日本企業の社員から歓迎を受け、石油プラントの視察を行った。

 前回、藍人がこの地を訪れた時は非常に貧しい国だったナジュド王国だったのだが、石油が発見され石油プラントが完成し石油の輸出を始めるとオイルマネーで年々税収が倍額以上に増えて行き、今ではかつての貧しさを感じさせるものはほとんど残っていなかった。

 

 石油プラントは日本企業が五割、残りの五割を日本とサウジアラビアの合弁会社が運用している。石油の売り上げの一部は最終的にサウジアラビアの税収となって入って来るから、その資金を使いインフラの整備に当て、貧困者を工事や拡大する石油運用会社の社員として雇用することで貧しさにあえぐ国民の数が一気に減っていった。

 石油の発見から石油プラントの生産に日本が果たした貢献は計り知れず、先日、サウジアラビア国王から日本政府へ感謝の言葉が送られた。もちろん、日本もサウジアラビアのお陰で多大な利益をあげているのだが……

 

「いやはや。驚きました。大儲けだとは聞いていたんですけど、街の様子がすっかり変わってますね」


 藍人は現地の日本人に街を案内され、感嘆の声をあげる。

 

「全ては石油のお陰ですよ。まさかこれほど巨大な石油資源が眠っているとは……」


 現地の日本人は石油があることは調査前からほぼ間違いないと全員が考えていたが、ここまでの埋蔵量があるとは思ってもみなかったと藍人に告げる。

 

「石油ってすごい利益があがるんですね」


「そうですよ。資源産出ってものすごい利益があがりますよ。最近は何をするにも石油が必要ですしね」


「あ、もしお持ちでしたら、新聞をいただきたいんですが……」


「三日前の新聞でよければ、持ってきますよ」


「ありがたいです。トルコでは日本語の新聞が無くて、ずっと新聞が読めなかったんですよ」


 藍人はようやく新聞が読めることになり、思わず顔が綻んだのだった。


 サウジアラビアのホテルに入り、コーヒーを飲みながら新聞を開く藍人。久しぶりに読んだ新聞には驚く事が二つも書かれていた。


<スペインにて内戦発生>

<中国大陸での武力衝突勃発の可能性>

 

 藍人は二つの記事に目を通していく……



――磯銀新聞

 どうも! 日本、いや世界で一番軽いノリの磯銀新聞だぜ! 今回も執筆は編集の叶健太郎。最初に皆に報告があるんだ。とても、とても残念なお知らせだから正座してから読んでくれよ。

 なんと、俺こと叶健太郎はこの記事を持って磯銀新聞から引退することになったんだ。いやあ。俺もこう見えてもう引退する歳になっちまったんだよ。思えば磯銀新聞に勤めてから長い月日が過ぎたなあ。

 もう各地から叶さん、辞めないで! って黄色い声が聞こえてきそうだぜほんと。

 

 じゃあ、いつものように行ってみようか。スペインが今大変なことになっているんだ。まずはスペインの情勢について説明しようじゃないか。大丈夫だ。難しくはないからな。

 スペインでは数年前に第二共和制が成立して、複数政党による議会制民主主義国家となったんだけど、まず左派が政権を取り、次に右派が政権を取りと政権は安定しなかった。それに加え、国内ではバスク地方やカタルーニャ地方で独立の動きがあり政情が極めて不安定だったんだ。

 一時は軍事政権も成立するまでになって、左派は人民戦線という名の元に結集し政権を取り戻す。まあ結集して政権を取ったまでは良かったんだけど、元々対立していた者同士だからうまくいくはずもなく……

 左派の中でも穏健派のグループであった議会制民主主義を押すグループと社会主義革命を押す過激なグループとで対立が先鋭化し、要人が暗殺される事態にまで発展する。

 

 この混乱をチャンスと見たのか、独裁政治を志向するグループがスペイン領モロッコで反乱を企てる。これに乗っかったのが国内の右派グループでついに軍事衝突がはじまる事態となってしまった。

 政府側は穏健派と社会主義革命派で対立していたが、ソ連の支持を受けた社会主義革命派が主導権を握り、穏健派は脱落する。その結果、政府側の人民戦線社会主義革命派と独裁政権を目指す反乱軍の間で内戦が勃発する。

 

 同じ独裁政権のイタリアとポルトガルは反乱軍側を支持し、軍事協力を行う。フランスは政府側を支持し、支援を行おうとしたが議会で否決され中立を守ることになった。

 ソ連が押す政府軍にも独裁政権が押す反乱軍にも支持が出来ないでいた日本とイギリスは、思わぬ勢力を支援することになった。

 

 その勢力とはバスク地方とカタルーニャ地方の独立派で、日英は独立派を支持したんだ! これには驚いたよ。バスクはスペインの北西部にあり、フランスと国境を接している。カタルーニャは領域が広く、カタルーニャ、アラゴン、バレンシア、バレアレス諸島が独立表明をしている範囲になる。

 この地域は政府側の勢力圏だったが、日本とイギリスの支持を受けると独立勢力が奮起し、域内から政府軍を追い出す動きを見せ始めた。

 

 政府軍と独立勢力で抗争が起きたのをチャンスと見た反乱側は、独立勢力の支持を表明し政府軍との戦争を始める。

 しかし、政府軍もさすがに元は正規軍。粘りを見せ戦線は膠着こうちゃくする。現在の勢力範囲をまとめると……反乱勢力はスペイン領モロッコ、スペイン南東部と北東部。カタルーニャ独立派はスペイン南西部。バスク独立派はスペイン北東部。残りを政府側が持つ。

 

 いやあ。本当に煩雑になってしまったが、イタリアは軍隊を反乱軍へ送り込み、イギリスと日本は艦隊をバレアレス諸島に派遣した。地理的にイタリアが反乱軍へ軍を派遣しようとすると、バレアレス諸島の日英艦隊とかち合うんだけど、反乱軍は独立派を支持しているから日英艦隊も手を出さなかった。

 というのは、日英艦隊は独立派の勢力圏内へ侵攻された場合には防衛するが、こちらから侵攻することはしないと表明していたからだ。イタリアは北アフリカからモロッコを通過しスペイン国内に入ればいいわけだからな。日英は海を渡るイタリア軍を追いかけて撃破しには来ないから。

 

 一方政府側を支持するソ連は軍を派遣せず、武器や物資の供給を行うまでにとどめていた。

 アメリカはどうしたのかって? アメリカは伝統的な孤立主義から、スペイン内戦には中立を守ると表明したんだぜ。

 

 ソ連もアメリカもスペイン内戦より目が向いていた地域があったから、このような動きになったんだと俺は思っている。彼らが注視していた地域とは……中国大陸だよ!

 

 中華ソビエト共和国と中華民国の緊張は最高潮に達しているんだ! 先日、中華ソビエト共和国が中華民国の要人を拉致し身代金を請求する事件が発生し、アメリカとソ連の仲介のお陰で事件は解決した。しかし、再度、中華ソビエト共和国が中華民国の要人を拉致し、さらに国境沿いに人民解放軍を並べたんだ。

 この挑発行為にいよいよ堪忍袋の緒が切れた中華民国は中華ソビエト共和国の討伐を宣言。「北伐軍」と名付けられた中華民国軍も中華ソビエト共和国との国境沿いへと進軍を開始し始める。

 この事態にソ連とアメリカが仲裁に入るが、交渉が難航していると情報が入って来た。交渉が決裂すれば戦争開始になる情勢だ……

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