第46話 中華民国対策会議 過去
――ロンドン 田中外務大臣と岡国防大臣 過去
ロンドン海軍軍縮会議が延期になり、同じ場所で中華民国への対策会議を行おうと英米が日仏へ呼びかけた結果、海軍軍縮会議の代わりに中華民国対策会議が行われる運びとなった。
先日フランス租借地膠州湾で中華ソビエト共和国の人民解放軍と現地フランス人との小競り合いが発生し、フランス人二名が重傷を負う事件があった。また、中華ソビエト共和国と中華民国の国境で両軍の小隊が睨み合い、あわや戦闘に突入という事件もあった。
金網を張ることで、国境付近での紛争を失くそうと努力した東トルキスタンとモンゴルでは、金網を挟んだ両軍の規模が日に日に増して行っている。
列強諸国は中国大陸でいつ大規模な戦闘が始まってもおかしくないと一致した見解を出している。そこで、関係国を集め対策会議を行おうというのが今回の会議の主旨になる。
日本から会議へ出席したのは、田中外務大臣と岡国防大臣の二人だった。二人は初日の会議終了後、機密保持の整った部屋で談笑している。
「岡卿。日本の防衛構想に中国大陸は入ってませんよね?」
「いかにも。おっしゃる通りです。現状日本は四軍に別れていることはご存知と思いますが、陸軍では拠点防衛を指向してます」
「確かロシア公国で有事の際に、赤軍からの防衛を想定しているのでしたよね?」
「そうです。ロシア公国と満州の拠点防衛を想定して組織しています」
「なるほど。日本・ロシア公国軍事協定と日米防共協定に基づく範囲ってことですよね。でしたら、侵攻には向いていないってことですね」
「おっしゃる通りです。田中卿が今朝列強に宣言した通り、日本は中国大陸への侵攻を想定してません。それに、満州の拠点以外の防衛もできる部隊ではありません」
「ええ。日本政府は中国大陸について不干渉の立場を崩しません。日米防衛協定は順守します。ここは譲らない予定です」
「それなら、私から言う事は何もありませんな。私からも後押ししましょう」
「ありがとうございます。侵攻部隊は無いと言い切って問題ありませんよね?」
「中国大陸についてはその通りですぞ」
「了解しました。ありがとうございます」
岡国防大臣は口に出さないが、田中外務大臣も「逆侵攻」部隊があることも、訓練をしていることも知っている。一つはロシア公国の防衛失敗した場合の逆侵攻作戦で、もう一つは、島嶼が占領された場合の逆侵攻作戦になる。
ロシア公国逆侵攻作戦は、陸海空に加え海兵隊も投入しての作戦になる。ロシア公国の防衛は日本にとって自国防衛の次に重要な防衛陣地と日本では捉えている。
ロシア公国がソ連に占領され、ソ連領となると、日本とソ連は国境を接することになる。こうなれば、日本の海域まで脅かすことになるのだ。ウラジオストックから出撃するソ連海軍は悪夢としか言いようがない。そうならないためロシア公国の防衛は必須と言えよう。
満州国にも同じ事が言えるが、こちらはアメリカが入り込んでいるため、ロシア公国より遥かに防衛能力が高いだろう。アメリカと日本が協力し防衛に当たるとなれば、そうそうの事では敗れることはないと田中外務大臣は見ている。
「岡卿。私はこの後、例の経済学者殿に食事会に誘われていまして。そろそろ向かいます」
「経済学者殿は日本に入れ込んでるらしいですからな」
「ぜひまた来日してくださいとお願いするつもりです」
田中外務大臣は岡国防大臣へ一礼すると、部屋を辞す。
――会食会にて
田中外務大臣は目の前で繰り広げられている論争に少し辟易していた。というのも、例の経済学者と彼のライバルの経済学者が先ほどから口汚くののしり合っているからだ。
しかし、これだけ忌避なく意見を交わし合える二人は実は仲が良いのだろうなと田中外務大臣は感じていた。彼は論争を繰り広げる二人から少し離れ、ワインを口につけると彼へ著名な哲学者が声をかけてきた。
「田中卿。初めまして。私はヴィトゲンシュタインと申します。日本の噂はかねがね」
「初めまして。ヴィトゲンシュタイン先生。私もあなたの噂はかねがね聞いております」
「二人とも口は悪いですが、お互い仲はそれほど悪くないんですよ」
「そうだと私も感じております」
「私は経済の事は分かりませんが、日本の経済政策のことで経済学者たちの話はもちきりなんですよ」
「世界的な権威から注目されるとは誇らしいですよ。ヴィトゲンシュタイン先生、一度日本で講義をしていただけませんか?」
田中外務大臣の「日本で講義」という言葉を目ざとく聞きつけた経済学者二人が彼に詰め寄る。
「田中卿。私を誘ってくださるのではなかったのですか?」
「田中卿!」
「まあまあ、お二人とも……よろしければお三方をお招きしたいのですがいかがでしょうか?」
「ぜひ!」
三人の学者の言葉が重なった。こうして偉大なる経済学者二名と哲学者の来日が決定した。こんなあっさりと著名な学者達を日本へ招くことができるなんてと田中外務大臣は顔にこそ出ないものの、内心はニヤニヤが止まらなかったという。
◇◇◇
会議日程が最終日になるが、各国の方針は変わらなかった。会議を終えた日本の二人の大臣は疲れ切った顔で機密保持の整った部屋へと移動する。
「何の為に集まったのか……」
ため息をつく岡国防大臣へ「まあまあ」と田中外務大臣が肩を竦める。
「列強の利害関係と政策は今に決まったわけではありません。この会議は会議が開催されたという事実が重要なのですよ」
「そんなものかね?」
「ええ。各国の軍事と外交の責任者が集まり会議を開いた。それだけでソ連へのけん制になりますからね」
「確かにそうだが……」
「いいではないですか。各国の方針は明確になったのですから」
会議で決定ではなく確認された事になるが、中華ソビエト共和国が中華民国へ侵攻し、中華民国が劣勢になった場合には英仏は参戦する。東トルキスタンがチベットへ侵攻し、劣勢になった場合にも同じく英仏が参戦する。
ソ連が参戦した場合には、中華民国側が侵攻していたとしてもアメリカが参戦する。満州に中華ソビエト共和国又はソ連が侵攻した場合は、日米で防衛する。
こんなバラバラに参戦するのに、会議もないだろうというのが岡国防大臣の意見になる。
確かに全く足並みがそろっていないと田中外務大臣も感じているが、いざ戦争となるとどう動くか分からないというのが各国の外交を研究した外務大臣としての見解だ。
結局、この会議はソ連と中華ソビエト共和国に対するけん制以外、実りは無かったと田中外務大臣は結論づけたが、けん制であってもやらないよりはマシだろうとも彼は思う。
「岡卿。ロシア公国へ侵攻するケースも無いとは言い切れませんのでよろしくお願いしますね」
「もちろんですぞ。任せてください。ところで先日の経済学者殿との食事会はいかがでしたか?」
「経済学者殿を含めて三人の学者殿が来日してくださることになりましたよ」
「それはそれは。どなたが来られるのですか?」
「経済学者殿とそのライバル。哲学者のヴィトゲンシュタイン殿の三名になります」
「おお。素晴らしいですな。盛大に出迎えましょう」
二人の談笑は続いていく……
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