第44話 台湾水族館構想 過去

――台湾 牛男 過去 

 真美と結婚した牛男は新しい夢が出来ていた。それは台湾初の大型水族館を作ること。真美の父へそのことを相談した牛男は、紹介された台湾総督府の官僚に会う事が出来た。牛男は現在も建設会社に勤めていたが、その日は特別休暇を上長が出してくれたのだ。


 官僚は三十過ぎくらいのがっしりした体つきをした男で、およそ官僚らしくない見た目をしていた。牛男のイメージに一番近いのは漁師。漁師のように陽と潮に焼かれたように精悍な雰囲気が漂う男からは、本当に官僚なのか? と牛男に思わせる。


「牛男さん。話は聞いております。台湾に水族館を建てたいと」


 官僚の男は見た目とは裏腹に高い声で牛男へ問いかける。とことん肩透かしを食らうなあと牛男は思いつつも、彼へと頷き言葉を返す。


「はい。台湾には水族館がありません。この美しい海の魚やサンゴはきっと観光客を呼び込めるはずです」


「台湾の気候は本土に住む日本人にとって、必ず観光資源になると私は考えている。南洋諸島よりは手軽に来ることができるしね」


「南洋諸島の海も素晴らしかったですよ!」


「ははは。君は海が本当に好きなんだね。水族館建築の企画書をあげようと思う。そこで一つ君に頼みがある」


「何でしょうか?」


「台湾の美しい海と生き物をカメラに収めて来てくれないか? カメラはこちらから支給しよう」


「ありがとうございます!」


「いい写真が撮れるよう特別性のものを準備するよ。知ってるかい? 牛男さん。日本のカメラは英米を凌ぐ勢いなんだよ」


「そうなんですか! カメラと言えば、アメリカ、イギリス、ドイツでしたけど」


「精密機械の技術力の進歩は英米に追いつきつつある。今はもう追い越す段階に来ているんだよ」


「へええ」


「政府は自動車の技術開発費に補助金を出し力を入れているが、日本の基礎工業技術は1930年代半ばにはアメリカに追いつくだろうね」


「自動車技術もなんですか?」


「もちろんだとも。自動車はふんだんに技術が詰め込まれているが、君も知っての通り大衆車構想があるんだ。これも1930年半ばには実現しているかもしれないよ」


「誰でも自動車が持てる時代ですか。凄いですね!」


「航空機と自動車はこれからの日本に無くてはならない存在だよ。軍事的にも必須だしね」


「それは分かります。他国より性能で抜きんでなければ、資源の劣る日本では列強に対抗できないってやつですよね」


「その通りだよ。牛男さん。ああ。話が逸れてしまったね。カメラは君の家へ送る。仕事をしながらで大変だと思うが頼むよ」


「お任せください! 必ずや水族館を作りたいと思ってもらえるような写真を撮ります!」


「ありがとう。期待しているよ」


 牛男は台湾総督府から出ると、帰路に向かうが途中久しぶりに新聞を買う事にした。彼は友人の藍人のように頻繁に新聞を読むほうではないので、世情にそこまで詳しくはないが、官僚と話をしたことで知識欲が刺激され新聞を買うことにしたのだった。

 暫く歩くと、牛男の体が空腹を訴えてきたので彼は近くの中華料理店へ入り昼食を取ることにした。


 店内は日本語のメニューが準備されていたので、牛男はじっくりとメニューを眺めた結果……ラーメンとチャーハンを頼むことにする。

 注文した後、料理が来るまでにまだ時間があったので、牛男は新聞を開き、官僚からもらったタバコに火をつける。


 牛男は、タバコを一口吸ってみたが、


――むせた!


 「なんだこれは!」と牛男は心の中で、高級嗜好品であるタバコを罵るとすぐにタバコの火を消す。こんなものに高いお金を出しているのか……世の中は分からないなあ。

 高いと言えば、コーヒーはおいしかった。あと東京で食べたビーフシチューってのもおいしかったぞ。それに引き換え……タバコは……

 官僚がタバコをお土産に持たせてくれた時には喜んだ牛男であったが、ただむせただけのタバコに魅力は全く感じなかった。


「どうしました?」


 むせる牛男を心配してか、店主が心配そうな顔で出て来る。


「大丈夫です。心配かけてすいません」


「それならいいんですが……」


 店主の目が灰皿に押し付けられた一口しか吸っていないタバコに釘付けになる。


「あ。タバコ吸われるんですか?」


「さすがに毎日は吸えませんけど、極稀にですね」


「なら。どうぞ」


 牛男は官僚からもらったタバコの入った箱を店主に差し出すと、店主は恐縮し牛男につき返したものの、牛男は「いいから」と店主にタバコの入った箱を押し付ける。

 店主は「こんな高い物を……」と最後まで呟いていたが、結局、牛男からタバコの入った箱を受け取り、代わりに飲食代に加え、お土産に中華料理を持たせてくれることになった。

 逆に牛男が恐縮する形になってしまったが、店主はそうしないと気が収まらないと牛男に訴えたので、牛男もお土産まで持って中華料理店を出ることになる。


 「あ、新聞読んでないや」と店を出て気が付いた牛男だったが、自宅に帰ってから読むかと思いなおし、帰路につくのだった。



――磯銀新聞

 震災で亡くなられた方々のご冥福をお祈り申し上げます。また震災に会われた方におきましては一日も早く元の生活に戻れますよう願っております。


 どうも! 日本、いや世界で一番軽いノリの磯銀新聞だぜ! 今回も執筆は編集の叶健太郎。え? 結局記者は二人しかいないんじゃないかって? いやいや、そんなわけないだろ。他にもいるぜ。

 なんと可愛い女の子までいるんだぜ。羨ましいだろ? ははは。え? どうでもいいって? 


 三陸地方で大規模な地震が発生した。この地震で亡くなられた三名の方のご冥福をお祈りいたします。


 タイで立憲革命が起こったぜ。日本とタイは経済協力交渉を行っていた最中だったが、タイの新政権は日本と経済協力条約を結び、円ペッグを採用すると発表しているから、今後タイとの貿易が増えると予想されるぜ。

 東南アジア諸国との貿易もそれなりに盛んになってきたが、空港が整備されている地域が少ないから、まだまだ船での移動が盛んな地域になっている。といっても貿易に使うのは船だから余り影響は無いと思うけどね。

 ただ、電話が繋がらないと不便だとは思う。そのうち、電話が繋がるようになるだろ。


 中華民国大分裂の影響で、東アジアと東南アジアでも動きが出てきている。アメリカの植民地フィリピンでは、軍事用の港湾設備が拡張され軍事基地の拡大が行われている。勃発するかもしれない中華民国での戦争に備えて輸送力をあげる目的だろうな。

 アメリカにとって満州に一番近い植民地はフィリピンになる。だからこそ、中継地になるフィリピンの軍事設備を強化しているってわけだな。


 同じことはフランスも実施している。フランス領インドシナ北部地域の軍事施設を再整備していると情報が入った。北部地域はベトナム共産党が党員の数を集めていると噂されているが、中華ソビエトとベトナム共産党に挟み撃ちされたらたまらないものな。

 イギリスは目立った動きを行っていないが、より一層警戒していくと政府発表があったから中華民国情勢に動きがあれば三国とも何等かの手は打って来るものと思われる。


 フランス国内ではフランス社会党とフランス共産党がタッグを組むことになった。不況により高まる社会不安から両党は協力体制を築き、政権奪取を目指すそうだ。社会福祉の充実、労働者の労働環境の改善を公約に掲げている。

 翌年に選挙があるが、両党は政権奪取できるんだろうか? 両党の性質を見る限り、対外政策は融和だから彼らが政権をとってもソ連のようにはならないと思うぜ。


 最後にロンドンで開催される予定だった海軍軍縮会議だが中華民国情勢を顧みて中止となった。かの地域が緊張緩和するまでは延期とするそうだ。まあ、アメリカの意思が多分に含まれてるよなこれ。

 結局、自分たちに都合が悪いと中止しちゃうんだよ。


 日本政府はロンドン海軍軍縮会議の延期を受けて、軍の編成見直しを今年度中に行うと発表したんだ。軍縮が無くとも、際限なく軍事費を突っ込むわけにはいかないから、四軍全て一度見直しを行うみたいだぜ。

 まあそうだよなあ。列強同士で争って使いもしない艦隊を作り続けてもいつか破たんする。ただ、他国より艦隊を多く持ちたい。というのがアメリカとイギリスの軍縮会議における主旨だろうからな。


 そんなわけで、限界数を決めることは重要なんだけど、日本防衛にどこまでの艦隊数が必要なのかってのは意見が分かれるところだよな。少なくとも無制限ってのは無いけどな!

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