10話-風に揺らぐ花。


市内の移動は地下鉄が便利とはいえ、名東区に限らず名古屋市は車社会が文化として浸透している。

それは大手自動車メーカーのお膝元で、関連会社に勤めている人が多かったり、やはり移動の利便性が高いから などの理由が挙げられるが、名古屋走り と揶揄されるように市民の運転マナーは非常に悪い事で知られている。


そんな名古屋の道をスイスイと鼻歌交じりに走り抜ける彼女…おいなごちゃんの運転はとても丁寧で、優しさを感じる。

以前は全く別の土地に住んでいたらしいが、そうとは思えない土地勘を備えているおいなごちゃんは、道中に様々な話をしてくれた。


いつか自分もこうなりたい と感じると共に、楽しそうに車を走らせる彼女に、私はいつしか見入っていたようで…

信号待ちで停車した時、彼女はふとこちらを向き、目と目が合う。


「…メイちゃん、そんなに見られると恥ずかしいよ…。私、寝癖ついてる…?」


「い、いえ! ついてないのです!」



途端に恥ずかしくなり、窓の外に目をやる。



外の景色から察するに、もう名東区から出てしまったようだ。

私はこの快適な車内で、やはり不安よりも期待に胸を膨らませていた。



「メイちゃん、車酔いとかしない?大丈夫?」


「はい! おいなごちゃんの運転なら大丈夫なのですっ」





車が運ぶのは、人や荷物だけではない。

車は、人と人が一緒にいる空間そのものを創り出し、時や想いと共に運んでくれる。


ふと、もう一度彼女の方に目を向ける。

鮮やかな緑色のツインテールが揺れ、全てを見透かしているかのような澄んだ目は、真っ直ぐに どこか遠くを見据えていて、いつだって本当の考えは読めない。

こうして一緒に居るのも不思議なくらい、私は彼女の事を何も知らないんだ。


そう感じて、少し寂しくなった。





何でもないような会話を楽しみながら、車は目的地に向かって進む。





「…おいなごちゃん、ひとつ聞いてもいいですか?」


「うん? 何でも聞いていいよ。」


「えっと…どうして私と遊んでくれるのですか…?」



自分にしか聞こえないような、消え入りそうな声だったようにも思う。

そんな問いを口にしたすぐあとに、車はゆっくりと停まった。



「ふふ、着いちゃったし、その答えは後でもいいかな?」


彼女は優しく笑いかけながらこちらを見て、私の髪を撫でる。

それだけで、零れそうになっていた沢山の気持ちが静まって行く気がした。



「…はい、ごめんなさい…なのです。忘れてください。」


これから楽しい時間を過ごそうという時に、自分は何を聞いているんだろう。

それでも、一度口にした言葉は消せない。


私はそんな後悔を押し込めるように一息おいて、こう言う。


「おいなごちゃん、お腹空きましたよね。 行きましょう!」




一緒に居られて嬉しいはずなのに、なんだかモヤモヤして


この気持ちが何なのか、はっきりと言葉に出来ないけれど


私は、この気持ちが大切な何かであることに、この時既に気付いていたのかもしれない。

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