泥塊山人

 とりあえず書いてみる。



 と、とりあえず書いてみた。だが、とりあえずそう書いたはいいもののなんだか意味がわからないから、やっぱり消す。



 とりあえず書いてみる。



 と、またとりあえず書いてみた。やっぱり何がなんだかわからない。消す。



 とりあえず書いてみる。


 と、またとりあえず書いてみた。消す。



 とりあえず書いてみる。


 消す。



 とりあえず書いてみる。



 ……しつこい。


 なにせ一日一回、このページを開いては、「とりあえず書いてみる。」と私は書いているのである。もう五日目だ。さすがに何か別の書き出し方も浮かんでくるだろう……と、気を取り直して、とりあえず書いてみる。



 とりあえず書いてみる。



 だめだ。


 呪いにかかったみたいだ。確かに私はジャンルを「現代ファンタジー」にした。「現代ファンタジー」。異世界の存在など信じてはいないし恋愛経験0だし化学の成績で1とったことあるからサイエンスなんて無理だし歴史とか織田と豊臣はどっちが前でどっちが後ろかわかんないし評論はなんか偉そうだし自分の日常なんて全く面白くないし面白くする筆力もないからエッセイとかもキツいしその他に色々あったジャンルはもう覚えてすらないけど覚えてないということは多分私には到底わからない領域なのだろう。というわけで一番身近であろうジャンルがこれだったわけだ。だって現代に生きてるし。ファンタジーというのはよくわからないが、あれだろ? なんか火とかビームとか出すんだろ? 簡単じゃないか。


 私の手から、薄紅色の火が出て、燃える。

 私の足から、氷柱のようなビームが出て、燃やす。


 ほら、簡単。そう書けばいいんだから。

 だが難しいのは、その書くという行為だ。文章として出力されてはじめてファンタジーが生まれるなら、それを産み出すのが一番のファンタジーに違いない。つまり、ファンタジー作家はファンタスティックなことができなければならない。

 例としてこの世界をあげよう(テレビで見るような「超能力者」とかは別として)――この世界にはファンタスティックなことが一つもない。理論とか計算とか自然現象とか、私を学生時代に苛めぬいたものばかりで世界のすべては動いている。(勿論これは一般論で、いやいや実はこの世界ではやべーことが起こってるんですよ、というやべー人もいるかもしれないが)さらに言うと、現代ではファンタスティックなものは発見された時点でもうファンタスティックではなく、その後ろには必ずなにかがくっついているともいえる。それはいつの時代でもそうで、最初は、「神様すげーよね、これ全部神様のお陰なんだぜ」で、その後「何を仰います神様なんて全然すごくないですよ、すごいのはひとえにこの世界そのものだけです」に代わっただけで、いつだって人間は受け身で、何かされる側で、何かないか、何かできないか、と思って、インターネットで世界中を繋げてみたはいいものの、結局受け身問題の解決にはなっていなくて、実は逃げているだけ、実は目を背けているだけ、ということをもうすでにみんな気づき始めている。気づいているだけ。

 実は逃げているだけ。

 況んや物語をや。

 だがしかし、ファンタジーは逃げきれるかもしれない。ファンタジーならファンタジーのままいけるかもしれない。と私は今急にテンションが上がってきた。そうだ、例えば竹取物語(Androidで一発変換できないのには笑った)は。あれはマジで歴史の長さがすごい。私は急いで竹取物語をググった。うん、やっぱすごい。竹から美少女が出てきて月に帰るとかいうメチャクチャなファンタジーなのに、神様の時代から世界の時代まで千年以上逃げ続けている。やべえ。だって逃げきっちまえばこっちのもんだ。逃げろ、どんどん逃げろ、どこがゴールかは知らないが、神様も世界も、追いつけないほど貫いて。


 さて、

 だが、

 書けない。

 思い付かない。

 ファンタジーってなんだ。

「これだ!」

 いやいやこれだじゃねーよどれだよ。



「これだ!」「これだ!」「これだ!」「これだ!」「これだ!」……「これだ!」「これだ!」「これだ!」「これだ!」「これだ!」……「これだ!」「これだ!」「「これだ!」」「「「これだ!」」」「「「「これだ!」」」」だぁぁぁうるせえな! とはね起きる。もしこれが小説なら今まで寝ていたという事実までちゃんと書かなければならないが、いわゆるこれは寝落ちというもので寝に入った瞬間のことは全く覚えていない。現実はやっぱり便利である。覚えていないことを無理矢理こじつけなくともよいのだから――ということを起きてまず最初に考えた。額をさする。多分赤くなってる。なんで赤くなっているかというと炬燵に入ったまま額を机に付けて寝るのが私の最近のムーブメントだからだ。という解説も現実では蛇足。そんなの常識。

 スマホ中毒がまぁまぁ深刻なことになってる私はすぐにスマホをつける。と、夢に出てきた、文字列。


竹取物語


と。ううーん。夢の中の、空白みたいなところにこの四文字だけが出てきて、喋る、というか、話す、というか叫ぶ、というか、響く、というか。よくわからないがとにかく不快だ。「これだ!」「これだ!」「これだ!」別にこれ――竹取物語自体がそう連呼しているわけではないのかもしれない。自分のことを「これだ!」だなんて……まあ見たことはあるけど、あくまでニュースの政治のコーナーだけだ。身近にはない。身近にはないものは慣れない。慣れないものを夢にて拘束された状態で聞かされ続けるのは不快でしかない。

 これとはつまり、なんだ。

 やっぱこれか?

 竹取物語

 ならわかった。あんだけ不快な思いをさせられてきたのだ。何時から寝ていたかはわからないから何時間不快だったかはわからないが、ニート偏差値70の私からしたらお手のもの、今は恐らく午後二時過ぎだ。多分今ミヤネ屋やってる。テレビをつける。ミヤネ屋やってる。したがって、午前中は半分以上は不快だったと考えられる。なら落とし前をつけてもらおう。竹取物語。千年の歴史がどうしたってんだ。働け。私のために。私の計画のために。


 日が暮れた。

 働かせ方がわからねぇ。

 そりゃそうだ。ポケモン初心者、いや、ゲームそのものが初心者に、いきなりミューツーLv.100を渡してもまずポケモンのカセットの入れ方と電源の入れ方がわからず傍らで佇んで結局私と同じように日が暮れる。千年の歴史を持つ物語を十余年の歴史しか持たない童貞がどう操ればいいのか……いや、解決策はわかってはいるのだが……

 めんどい。

 千年、めんどい。

 調べんのもだるいし読むのもだるい。私はもし物語を書いて完成させたとして、絶対自分ではもう読まないだろう。

 だが、それでは意趣返しにはならない。

 私は不快だったのだ。

 そこでだ、そういえば、ファンタジーかどうかに限らず、物語には登場人物というものが必要で、主人公というものが必要だ。登場人物。そりゃあ「私」とか「俺」とか一人称で済ますことはできるが、それだとなんか華がない。ので、竹取物語からもう、採る。採っちゃう。

 まず男女どっちか決める。重要事項だ。

 女だな。

 だって女だったらあれだろ、私の作る物語が私の思うがままってことは、私は思うがままに女をできるということで、ということは、女は私の思うがままということで、ということは、童貞偏差値75の私には、これはもう、たまらない。

 ということで、女。すると、やはり最初に思い浮かぶのは竹取物語の主人公の名前。『かぐや』……いやいや、まてまて、なんかつまんないぞ。これほどポピュラーな物語のこれほど特徴的な女の名前、多分もうイヤというほど使われているに決まっている。そんなのやだよ。どうせやるならちょっと変えて、


 名字:竹取


 こうだろ、やっぱ。

うーん、アヴァンギャルド!

 よし、じゃ次は名前だ。これはもうなんか、すぐ浮かんだ。


 竹取 結子


 いいじゃないか竹取結子。たけとりゆうこ。なんか親しみやすくて美人っぽい名前だ。演技派って感じだ。チームバチスタって感じだ。うん竹内結子だこれ。

 だとするとやはりつまらない。なんというか、オリジナリティーが、もっと、こう……というわけで、次。


 竹取まりや


 まりや。いいじゃないか。シンガーソングライターって感じだ。なんか山下感もある。というか、山下感が強すぎる。というわけで、次。


 竹取順子


 いいじゃないか。なんかラーメンの具の声みたいで。だが一つ問題がある。私はラーメンが嫌いだ。忍者も嫌いだ。次。


 竹取涼真

 竹取友佳

 竹取良太

 竹取由恵

 竹内力

 じゃなかった。

 竹取力。


 ……


 もういいよ、それで。

 どうせあれだろ、

 私は自分の物語の主人公の名前さえ満足につけられねーんだろ。

 才能ねえんだよ。


 翌朝。もう翌朝。気を取り直していかなければ。よし、何はともあれ主人公は名前を持った。竹取力ってなんか舌が縺れるけど、とにかく主人公Vシネの帝王みたいな名前をちゃんと私から授かった。これでようやく書ける。よし書くぞ。待ってろ、まず、私の個人的な好みで、お前は巨乳だからな。


 ドアベル。

 ピーンポーン。

 間。

 ピーンポーン。

 間。

 ピーンポーン。

 私は基本三回まで待つ。三回まで待って、まだ鳴らしてきたら出る。この地球上で私を訪ねてくる人など大家か宗教ぐらいなので、追い払う準備をする。前者はへりくだって、後者は高圧的に。

 ピーンポーン。

 出ます。

 正確にはドア越しだが、とりあえず出る。「どちら様ですか」


「どちら様……こういう場合はやっぱり自分の名前を言ったほうがいいのかしら」


 女の声……?


「こんにちは、まぁ、あなたならこの名前は絶対知ってるだろうけど」


 ドアの中心に開いている小さな丸い穴から、外を覗き見ると――


「わたしは、竹取りき」


 そう名乗る緑色のビキニ姿の巨乳の美女が立っていて。


「さっそくだけど、開けてくれる?」


 開けてしまった。





  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る