第15話 その剣は雷と成る
『トーナメントの発表です!今大会のベスト8は彼らだ!!』
第一試合
トール=スクエアVSネルム=アンバー
第二試合
アルゼーレ=シュナイザーVSギルス=ディランス
第三試合
スキュア=ミレ=サンダースレイVSアドラ=エンツォ
第四試合
グランテーレ=ドルジVSジル=ドランク
組み合わせに会場全体が盛り上がる。初日から雷神の戦闘を見れる、旋風のように現れたEランクのアルゼーレ=シュナイザー。それに対するは新人のエース的存在のギルス=ディランス。白熱するであろう試合に観客は昂りを抑えきれない。
「ククク…アル〜くーん。なんでてめぇ如きがトーナメントにのこってるんですかー?」
「誰だ?俺の知人にこんな下品な男はいない。人違いだろ。でもお前、ギルスって小心者に似てるな?」
「あぁ!?殺すぞてめぇ!」
早くも因縁をつけるギルスを軽く煽りながらもアルは自身を失いそうになる程の怒りを抑えていた。ギルス=ディランス。彼はアルにとって害悪以外の何者でもなかった。
「そう焦らなくてもすぐに戦うことになるだろ。」
「ペッ!生意気だな?クソカスのくせによ。」
唾を吐き捨て不機嫌そうな捨て台詞を放ちスタジアムを後にする。アルは血が出るほど拳を握りしめ、耐える。この怒りは戦闘まで溜める。そう決めていた。
♢
『第一試合!!スタートでーす!!!』
アルは歓声も無視して気を張り詰めさせていた。同室の冒険者達にもそれは感じ取れていて異常な緊迫感を醸し出していた。
一言も発さぬまま数十分が経過する。そこでようやくアルが目を開く。迸るような殺意は抑えきれず、意思の弱い者の身体を震わせる。
「アルゼーレ=シュナイザーさん。準備をお願いします。」
「……あぁ。」
♢
『始まりました!注目の一戦です!鮮烈なデビューを飾った"旋風"アルゼーレ=シュナイザー!そして若手の最有望株、1回戦ではスキュアさん同様、対戦相手を全滅させた男!"鋼牙"ギルス=ディランス!』
「よぉ、死ぬ準備は出来たか?」
「あぁ。お前はどうなんだ?」
「バァカか?俺が死ぬわけねぇだろ!」
ギルスの発言にアルは思わず笑ってしまう。それは面白くて笑ったわけではない。単なる失笑だった。
「死ぬ覚悟も無いくせに俺を殺す気だったのか?おめでたいな。」
「っっっ!!おい!早く始めろ!!」
青筋を浮かべ激情したギルスの怒声と共に審判が反応し、実況に合図を送る。
『はい!第二試合スタートでーす!!!』
「
ギルスの所持している鋼鉄の棒が杭のような形状に変化し、凄まじい速度で伸び進む!しかしアルは刀を抜くこともなく、身を翻して危なげなく見切る。
「てめぇの固有能力はなんだ?俺様は鋼龍ってんだ。鋼を意のままに操れる。」
「お喋りだな。頭の悪さがバレるぞ。」
アルはギルスよりも格下なことを理解している。自分の能力をベラベラ語ろうとは思わない。
「ハッ!バカはてめぇだよ!」
「何度繰り返しても当たらないぞ。」
並の相手なら反応すら出来ぬまま貫かれる鋼の一撃だが停止した世界を見れるアルにとって普通の突きと変わらない。
「ん?お前武器はどこやった?」
「ククク…さぁ?どこでしょうねぇ?」
ギルスの右手にはあったはずの鋼鉄の棒が影も形も無くなっていた。
「クカカカカ!!死ね!
ギルスの技名とともに地面や壁から鋼鉄の槍が飛び出す!不意の攻撃にアルは僅かに動揺する。
しかし持ち前の回避力をフル回転させて何とか致命傷を避ける。しかし数箇所に切り傷や打撲を受けてしまう。今のアルにとってはその僅かな傷も無視はできないダメージだ。皮膚を裂かれただけで全身に激痛が走る。着地しただけで身体は悲鳴をあげる。
「あぁ?俺様の
「…いい話…?」
「あぁ。てめぇがご執心の犬女ァ…売ったのは俺様だ。」
「……は?」
あまりの衝撃的な発言に一切の思考ができなくなる。脳が、心が真っ白になる。
「報告すれば金がもらえた。端金だったがガキの頃にすりゃ大金だった。まぁ獣臭ぇ犬女はその程度の価値しかないんだろうなぁ。クカカカカ!!」
その間にもギルスによる鋼の猛攻は続き、アルは無抵抗のまま嬲られる。しかし痛みは感じなかった。すべてを呑み込む虚無感はアルを奈落に突き落とした。
「あん時のてめぇらって言ったら思い出しただけで笑えてくるぜ。あんな獣が性奴隷になって何がいけねぇ!そもそも俺たち人間様を騙そうってのが…」
「黙れ…。」
しかしアルはそんな虚無感すらも消し炭に変える業火のような怒りを覚えていた。ボソッと呟いた程度の声量だったがギルスの言葉を押し潰すには十分すぎた。
それはまるで地の底からの亡者の叫び声のように怨嗟と怒りに塗れている。途端に空気が変わり、何千人といる会場がシーンと静寂に包まれる。
そんな中ゆっくりと立ち上がり納刀したまま半身で重心をやや低く、腰溜めに構える。
「お前だけは許せない…。殺しても足りない。」
「う、うるせぇんだよ!!死ぬのはてめぇだ!!」
懐から最後の鋼塊を取り出すと棍棒のような形状を作り出す。そしてアルに向かって全力で振り下ろす!
「この技は…刹那すら感じさせない。」
アルは固有能力を発動させる。鞘の中に小さな竜巻を作り出し、切っ先を高出力で押し出すと同時に後方にも同等の出力で逆方向に弾く。それに加えてアル自身の究極の斬撃。
──それは相手に死を感じさせない。人を超える一撃はもはや神の領域に達そうとしていた。
抜刀と同時に一瞬、嵐のような暴風が吹き荒れた。会場のほとんどはその風に目を瞑り、決着を見逃してしまう。
Eランクの冒険者には有り余るこの技の名前は──。
「──
キンッという音と共に納刀したアルの眼前にギルスはいなかった。致死ダメージを振り切り、消滅するように転移したのだ。
『け、決着…?何が起こったのか分かりませんがとりあえずアルゼーレ=シュナイザーの勝利です!』
アルはふらつきながらスタジアムを降りる。一拍遅れて観客の大拍手。見えないと言う凄いものが見れた。そんな感動から来る拍手であった。
日に一度の切り札を切ったアルは気を失いそうになりながら控え室の前まで歩く。敵に弱みは見せれないからだ。しかし後一歩というところで力尽きる。
「…アル、お疲れ様。」
倒れ込むアルを優しく抱きしめたのはスキュアだ。そのまま医務室へと運び、アルをベッドへと寝かせる。
「…雷成…か。」
未だ収まらぬスコールのような拍手は医務室まで届いていた。彼らと同じように、スキュアもまた、興奮から冷め切らない。暴風に負けず雷成を瞳に映したスキュアはその瞬間に全身が総毛立った。
恐怖、では無い。それは狂喜とも呼べる感情だった。神の名を冠するスキュアは常に孤独だった。 誰も足を踏み入れられない世界にスキュアは1人立ち尽くしていた。
しかし今、その世界に秒を遥かに下回る僅かな瞬間ではあるが確かに踏み込んできた。スキュアは初めて孤独ではないと感じ取れたのだ。
「…ありがとう、アル。」
これ以上惚れることは無いと思っていたスキュアだったがそんな予想は呆気なく覆された。スキュアはアルの額に唇を落としスタジアムへと足を運んだ。
♢
「…マジかよ……」
アルとは逆側の控え室。冒険者は呟く。
傍若無人、唯我独尊を人の形にしたような人物──ギルス=ディランスが1回戦で転移したこともそうだが、そんな彼は先程からガチガチガチガチ、と歯を鳴らし涙を滝のように流しながら部屋の隅で頭を抱えて怯えているのだ。
「何があったんだ…。」
そう呟くしかない。自信の塊のようだった数十分前が嘘のよう。誰もが一目見て、再起不能である事が分かった。彼はもう冒険者として終わったのだ。
「アルゼーレ=シュナイザー…当たったら棄権しよ。」
男の呟きに控え室にいた冒険者は深く頷いた。
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