第14話 1回戦

「スキュア、お前の他のSランクってどいつ?」


「来てないよ。みんなくらいになると500万位日給みたいなもの。」


Sランクの彼らはスキュアに勝てないと理解していた。500万の為にわざわざ負けに行くなど恥晒し以外の何者でもない。


「マジか…お、始まるみたいだ。」



「さぁ始まりました!今年も最強の冒険者を決めるぜぇぇぇえ!!まずは優勝候補筆頭の"雷神"スキュア=ミレ=サンダースレイ!最強パーティ"九頭龍"からの電撃脱退!そして現在は鈍色の英剣の団長を務めるこの人だ!!」


ドワァァァァア!!!と会場全体に割れんばかりの大声援が響き渡る。凛と佇んでいるだけなのに彼女から発せられる圧倒的すぎる威圧感は筋骨隆々の冒険者たちを俯かせるには十分過ぎる。


普通、こういった大会では賭けが発生するものだが内容が少し違う。


「なぁ、お前誰に賭けた?」


「当然、ジル=ドランクだ!2位はアイツしかいないね。」


そう。優勝は子供でも分かる。それ程までにスキュアは強い。世界中がスキュアに勝てると思っている者はいない。ましてや挑もうとする者など存在しない。


ただ1人を除いては──。


「スキュア!もし当たっても負ける気はねぇぞ!」


その一言で会場全体から音が消え去る。と思えば今度は嘲笑、罵倒の雨嵐。しかし青年は動じない。彼は5年の間、嘲りや屈辱の中を泥を這って生きてきた。ならばこの程度、川のせせらぎのようなものだ。


無名の低ランクに宣戦布告を受けた"雷神"は慈しむような優しい笑顔を浮かべる。


「もちろん。私はアル以外の誰にも負けないよ。」


「おう!トーナメントで会おうぜ!」



『さぁ1回戦は各ブロックから2名選出のバトルロワイヤル!ルールはただ一つ!最後まで立っていれば良いのです!特殊な術を施していますので致死ダメージを受ければ控え室に転移します!ではスタートでーす!』


ピシャァァァア!!!


気の抜けた掛け声と共に4つあるステージの1つに雷が叩きつけられた。黒い煙の中、剣を突き上げる1人の影。当然のように無傷だ。


『ス、スキュア=ミレ=サンダースレイだぁぁあ!開始の合図とともに2回戦への進出を決めたぁ!恐るべき雷神!流石です!』


砕け散ったステージから悠然と降りるスキュアには拍手の雨が降り注ぐ。しかしスキュアには届いてはいない。彼女が見ている人物はただ1人。


「うおおおおぉ!?すげぇぞアイツ!?誰だ!!?」


「さっきバカなこと言ってた奴だ!」


全方位から炎を纏った槍、水の力を灯した刃、風を利用した高速の拳。様々な属性の攻撃を流し、弾き、避ける。放たれた攻撃は対角線上の人物へと突き刺さる。


生意気な低ランクの彼にお灸を据えるつもりが攻撃した途端、同士討ち。まぐれだ、と思い繰り返すが結果は同じ。恐るべきことに背後からの攻撃すらも完全に見切っている。


「バカね。乱戦はアルにとって独壇場だよ。」


スキュアの呟きは誰にも届かない。しかしアルが体現していた。1太刀も浴びせぬまま何人もの冒険者を屠る姿は相手からすれば悪い夢のようだ。


「なんなんだよお前!?なんで当たらねぇ!」


「……」


アルは返答しなかった。いや、聞こえてすらいなかっただけだ。異常な集中力は不要な情報をシャットアウトしている。


彼らは以前の人造人間と同程度の能力を備えていた。しかし、アルは以前とは違って余裕があった。感情がある彼らは同士討ちに少なからず動揺し、竜巻のような勢いで敵を倒すアルに恐怖を抱いた。


鈍った動きでは今のアルには触れることすら許されない。


『あれだけの乱戦の中で掠り傷1つ受けていない!まるで彼の周りに結界でもあるかのようにも見えます!』


実況の言葉を境に観客も盛り上がる。既に数刻前の大ブーイングは完全に消え去り、代わりに歓声がアルを包む。


ステージには未だ数名。しかしアルに近づく者はいなくなっていた。中心に陣取っているにも関わらずアルを除く冒険者同士、潰しあっていた。


『第2ブロック終了です!スキュア=ミレ=サンダースレイ以外戦闘不能になってしまったため、プラス1名選出します!Bランクのトール=スクエア、Aランクのアスティ=モンク!そして…!!?』


実況が止まり会場がザワつき始める。そこで我に返って実況が再開されるが彼らは驚愕する事になる。


『失礼しました…。い、Eランクのアルゼーレ=シュナイザー!トーナメント進出です!』


「「「「はぁ!!?」」」」


なんでEランク如きが頂点を決める大会に出場しているのか…と言うよりも下から2つの低ランカーがあれ程の動きをする事に驚いていた。


だが当の本人はスタスタと小綺麗なままのステージを降りる。そして出口付近で待っていたかのようなスキュアと軽いハイタッチを行ってそのまま会場を後にする。


アルゼーレ=シュナイザー。彼の鮮烈すぎるデビュー戦であった。



「す、凄すぎます…。」


ギルドの受付嬢、ティアは半ば昂揚しながら呟いた。長年この大会を見てきているティアだが、1回戦を無傷のまま勝ち上がった冒険者はスキュアの他には五指に余る程しかいない。当然、Sランクの冒険者達だ。当時、BランクやAランクだった彼らは既に異彩を放っていた。


しかしアルは彼らとはまた別だった。Sランクの怪物とは違い、圧倒的な攻撃力を持つ訳でもない。多彩な技を誇るわけでもない。特別な固有能力を有している訳でも無い。それどころかBランクにも及ばない身体能力。皆無に等しいような乏しい才能。


しかし彼は勝ち進んだ。それも刃を抜かないままだ。数ヶ月前とでは比べようもない飛躍だった。


「やっぱりスキュアさんの指導はすごいんですね…。」


「否定はしないけど私は背中を押したくらいだよ。」


「うひゃぁっ!?スキュアさん!?」


突如背後に現れたスキュアに驚く。しかしすぐさま冷静さを取り戻し疑問を投げかける。


「こほん。背中を押したくらいって?正直に言ってアルさんは弱かったですよ。ゴブリン1匹に手間取るくらいには。」


「アルは自分の戦い方を知らなかっただけだよ。前に出て斬りつけるしか頭になかった。でも今は低い能力を補えるだけの力がある。」


元々、アルはスキュアを怯ませるほどの強烈な意志とそれを保つ精神力があった。バラバラだった力が一つの方向に向かったのだ。


「1つに言えることはアルの力は生まれつきでも造られたものでも無い。アルが積み上げたアルだけの強さ。」


「凄い…でもトーナメント向きじゃないですよね。」


「心配しないで。あれは盾みたいなもの。アルは剣も持ってるから。」


意味深な事を言い放ち立ち去るスキュアをポカーンとして見送る。あれ程の強さが盾…?なら剣は…?ティアはそう考えたら鳥肌が止まらなくなる。


「見るのが楽しみです…!」

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