第71話 アクセル攻防─世界の御子たち─


「サターニャ。立てるか?」


バニルがターニャのそばに行き、そっと声をかけた。

いまだ滴る血をそのままに、リタのものであろう肉塊を大事そうに胸に抱き続けていたターニャは、幾分か感情の戻ったとび色の瞳を向け、バニルであることを確認するや否や、とたんにくしゃっと子供のような泣き顔を見せた。


「とうさま…お姉ちゃんが……お姉ちゃんが……」


すっかり子供の瞳に戻ったターニャは、泣きじゃくりながらバニルの胸に飛び込む。

バニルは、リタごとそれを愛しげに包み込み、背中を何度もさすった。

そばでずっとターニャを支えていたこめっことえいみーも、今はそれを心配そうに見つめている。


「何があったのだ? なぜリタがこんなことに?」

「……わかんない…わかんないの……」


何度も首を振り泣きじゃくるターニャ。

バニルがミツルギに振り向くと、ミツルギはひとつだけうなずいて、それまで堅く引き結んでいた口を開いた。


「…ターニャはリタを説得していたんだ。リタも、ターニャの説得に耳を貸そうとしていた。…なのに……それまで控えていた従者の赤鬼が、突然こん棒でリタを背後から殴り殺したんだ。ターニャも僕もまったく予想外で、身動きひとつ出来なかった…。……なぜだかは見当もつかない。まさに突然豹変したんだ。」


悔しげに語るミツルギの右手から、血が滴る。

知らず握りしめた手のひらに、爪が食い込んでいるんだろう。 バニルは、ふっと口元を緩め、ミツルギを含めたまわりに聞こえるような声で言った。


「ここはいったん退こう。とりあえず悪魔城に避難する。あの得体の知れぬ霧も、よもや悪魔城までは追っては来れまい。アクセルはまた建て直せばよい。今は態勢を立て直し、対策を練るのが先決だ。それに、そろそろあやつも帰って来る頃だろう。急ぐぞ。」


一同は顔を見合わせ、ホームの地下へと急いだ。

地下にはバニルが作った魔界へのゲートがある。こめっことえいみーがターニャの両脇へと回り込み、バニルに軽く視線だけで会釈して、バニルからターニャを譲り受け、支えた。

おそらく、魔界のゲートをくぐるには、バニルの先導が必要なことが分かっているからだろう。この緊迫した状況のさなかでも、ちゃんとまわりの動きや、自分たちの成すべきことが見えているのだ。

バニルは二人にターニャを預けながら、 幼いながらもその聡明で勇敢な二人に敬意をあらわした。


「いずれその圧倒的な力で、紅魔を背負い立ち、魔族を束ねる純血の紅魔の王よ。類稀なる二つの血を重ね持ち、ほどなく世界全ての魔法を支配する、爆焔の化身にして混血の美しき魔女王よ。

今は幼き世界の御子たちよ。

やがて我らはこの世界の命運を、まだ小さきその両肩に背負わせてしまうことになるだろう。だがどうか立ち止まらず、目をそらさず、すべてを見届け、吸収し、やがて生まれくる世界の愛娘に、それらを渡して欲しい。

我らは、それを切り開き、助ける剣になろう。

すべては世界の意思のままに。」


二人の前にかしずいてこうべを垂れるバニルを見て、二人は互いに顔を見合わせ、一瞬首をかしげたが、やがてどちらともなく笑って、口を揃えて言った。


「「いいよ! 私たちが、世界を救ってあげる!」」


彼女たちの紅い瞳が、強い意思の光に煌めき始めた。


この時を境に、この幼き二人の王は、砂漠に水を撒くかのような、著しい成長を遂げていくことになる。


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