第56話 カズマ無双─アイリス目線─
バタバタ慌ただしい救護室。
王城の中には医師も居るし、充分な薬もある。
入院設備も整えてあるが、しかし今は野戦病院さながらの様相に様変わりしてしまっている。
「クレア!」
アイリスがレインと共に、めぐみんを支えて救護室を訪れると、並んだベッドの中にクレアを発見した。
めぐみんを空いてあるベッドにゆっくりと寝かせ、クレアの元へ。
クレアは穏やかな表情で寝ているものの、身につけていたはずのアーマーも、ミスリルタイツも着ておらず、確かに激戦のあとを窺わせた。
「クレア……ありがとう。」
寝顔にそっとつぶやくとクレアの頬が緩んだ。
「…アイリス様ご無事で……よかった……。」
安堵の表情を浮かべ、ほぅっと息を吐いた。
クレアの身体は傷ひとつ無く、見た目よりも綺麗に見える。
「怪我してない?大丈夫?」
「い…いえアイリス様。斬られたのですが……あの方が……カズマ殿が助けて下さいました。青い髪の美少女が私に治癒を。」
「お兄ちゃんが……そう。よかった……。アクア様が治癒してくださったのね。私とレインもお兄ちゃんに。」
「…あの方にはいくら感謝してもしきれませんね…。本当に安心しました…。」
心の底から安心したようにひとつ大きく息を吐いて、クレアはまた唇を引き結ぶ。
「しかし、ここに避難している民も不安な様子です。私たちはカズマ殿の凄さは分かっていますから良いのですが…。アイリス様のほうから一度安心させてやって戴けませんか?」
アイリスはひとつ頷くと立ち上がった。
大きく息を吸い、広間を見渡して叫んだ。
「みなさん聞いて下さい!!」
喧騒が一気に静まり、一同が手を止め、アイリスの方を見る。
アイリスはもう一度息を大きく吸い
、毅然と胸を張った。
「みなさん。申し訳ありません。
王国始まって以来のこの事態に際して、我が王国は何も出来ませんでした。強大な魔王軍を前に、手も足も出ず、脆くも崩れる寸前です。
みなさんにも、苦しく痛く悲しく、辛い想いをさせてしまうことになりました。本当にごめんなさい。」
深く腰を折るアイリス。
一同は何も言えずうつ向く。
「…ですが、もうこれ以上の辛酸を、これ以上の苦しみをみなさんに与えてしまうことは無いと約束いたします。
私の存在すべてにかけて、それは誓います!
数ある歴戦の勇者たちの中で、唯1人。
先の魔王をただの独りで討ち滅ぼしたあの、最弱職の冒険者にして世界最強の勇者、サトウカズマがここに来てくれました!
…彼は10,000を超える魔物たちを前にして、クレアと私とレインを救い、笑いながら私に約束してくれました。
もう大丈夫だと。
ゆっくり休んでいろと。
すぐにぶっ飛ばして私の元へ戻るからと、満面の笑顔を湛えて私に約束してくれました。
みなさん!
王国を信じ、私を愛して下さっている我が愛する民たちよ!
辛酸は終わりです!
幾多の哀しみはもうここで終わりです!
勇者サトウカズマがそれを叶えてくれるのです!!
彼を信じ、未来を信じて、明日に向かって下さい!
私は私の力をすべてかけて、愛する民たちを支えます!!
共に明日を目指しましょう!!」
上気し、肩で息をするほどに力強く言い放ったアイリスの声が、乾いた広間にこだました。
うつ向いて耳を傾けていたものも、今ではアイリスを真っ直ぐに見つめ、何度も目頭を押さえている者もいる。
アイリスの真摯な覚悟の言葉に、クレアは居ても立ってもいられなくなり、ベッドから起き出して今ではアイリスの後ろにかしづき控えている。気がつくとレインも胸に手を当ててかしづいていた。
ふとベッドから起き上がり近づく者がいた。めぐみんだ。
めぐみんは真っ直ぐに民たちに向かい言った。
「みなさま。
私は紅魔族随一の魔道士にして、爆裂魔法を極める者。
勇者サトウカズマの妻めぐみんです。
この度はみなさまに大変辛く哀しい想いをさせてしまいましたね。主人も私たちも出来る限り急いだのですが、王国はこんなに甚大な被害を受けてしまいました。
ですが、先ほどアイリスが言った通りです。
私の主人は必ずみなさまを救えます。
いえ。世界を救います。
この世界において、それが出来るのは唯1人。
主人をおいて他には居ません。
彼を信じていて下さい。彼は必ずそれに応えます。
今の彼には、10,000くらいの魔物なんか準備体操にもならないのです。
もうすぐそれが分かりますよ。
信じられないのなら、そこの窓から外を見ていて下さいな。
みなさまの敵が主人によって瞬殺されていくところを。」
─────────!!
とたんに爆音が窓の外から聞こえた。
めぐみんは民たちを見つめたまま微笑む。
「始まりましたね。
じゃあ私は安心して寝ているとします。アイリス?終わったら起こして下さいね?あなたとは決着をつけなければいけませんので。では、おやすみなさい。」
そう言ってめぐみんはベッドに倒れて、早々に寝息を立て始めた。
アイリスは先ほどまでの神々しいまでの威厳もどこへやら。またベロベロ~っと舌を出して、ファイティングポーズからジャブを寝顔のめぐみんに向けて繰り出した。
─────────!!
爆音ががまた轟いた。
一斉に民たちが窓から外を見て驚きの声をあげた。
「すごい‼ さっきの一撃で魔物たちがもう半分くらいに減ってる!」
その声に次々と窓に殺到する民たち。
アイリスもクレアとレインと窓に近寄る。
─────────!!
三度目の爆音。
さっきアイリスが居た時は5,000ほどだったが、王都に奇襲をかけていた魔物が全体でカズマたちに向かっているのだろう。
10,000を超える魔物たちを前にしているのはカズマひとりだけ。
アクアとダクネスは遥か後方で、討ち漏らした魔物を片付けているみたいだった。
「すげぇ!たった1人で、さっきの一撃で三分の一ほどは消し飛んだ…。」
「これは…ものすごい‼ いける‼ カズマ様ぁ‼ 妻の敵を取ってくれー‼」
「やってー‼ 弟の敵を取ってー‼」
「おかぁさん‼ おかぁさんの敵を‼」
みな口々に窓からカズマに声援を送る。
泣きながら、怒りながら、カズマの背中にすべての想いを投げている。
アイリスはカズマの冒険譚を話しで聞いていただけだったけれど、窓の外に見えるその無双とも言える戦いは、本当に神々しいまでの強さだった。
胸が熱くなる。強すぎる。なんてかっこいいんだろう。
あのひとは私のお兄ちゃんなんだよ?
私はあのひとの大切な妹なんだよ?
出来ればみんなに大声で自慢したいくらいだった。
見渡せば、民たちみんなの目から絶望が消えている。
みんなカズマの圧倒的な強さを実際に目のあたりにして、その瞳が希望に光り出している。
アイリスはクレアとレインを振り返り大きく頷くと、本当に嬉しそうな笑顔で窓から叫んだ。
「お兄ちゃーん!!ギッタギタにやっつけちゃえー!!」
クレアとレインが楽しげに声をあげて笑った。
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