第43話 ターニャ2



「ターニャ?! 本当なのか?! 君が…魔王の娘…?」


キョウヤの驚いた顔を見てターニャは、哀しそうな笑顔を少しだけ浮かべ、また元の凛とした表情に戻りみんなに向かう。


「正確に言うと違います。

私は確かに魔王ヤサカの娘として育ちました。でも、血は繋がっていません。話は少し複雑なんですが、実の娘ではありません。」


「ま 待ってくれターニャさん?!

ってことは、ヘラさんから次元刀をもらって俺たちに復讐をしようとしてるのが、ターニャさんなのか?! 」


ターニャはカズマに向かい首を振る。


「いいえカズマさん。私ではありません。

それは私の義姉のリタ。魔王ヤサカの実の娘です。」


ダクネスが問う。


「じゃぁ魔王軍を率いていたのはどっちだ?ターニャなのか?」


ターニャはそれにも首を振る。


「いいえダクネスさん。私は本当に争いが嫌いなんです。

殺し合い、憎み合い、奪い合う。

そこに何が残りますか?

ここに居る子供たちですよ。

戦って勝った先には幸せがありますか?

いいえ。残るのは、また終わりの無い憎しみと争いですよ。

勝利したとしても、勝利を味わうのは一部の運の良かった人だけ。

その争いで犠牲になった者たちの家族や子供たちは?

またそこに憎しみと哀しみが生まれるんです。

どうしたら良いですか?

この負の螺旋をどうしたら抜け出せますか?

剣を磨けば良いですか?

たくさん魔法を覚えれば良いですか?

誰よりも強くなれば良いですか?

どうしたら、ここの子供たちみたいな哀しい想いをする弱い者たちを救えますか?


神は何も考えてない。

弱い者たちのことなんてちっとも

これっぽっちも考えてないんです‼

だから……リタは…リタはあんなになっちゃったんです‼

あんなに…あんなに優しいお姉ちゃんだったのに……。


誰もが救いを求めてる神が!

誰もが祈ってる神が‼お姉ちゃんに次元刀を渡して、復讐を誓わせたんです‼

自分たちの都合の為だけに‼

人を道具の様に使ってるんです!

お…お姉ちゃんを……人殺しの道具に…しないで……。」


ターニャは私の胸に泣き崩れた。


やっぱり

私の選んだ道は本物だった。

この道を選んで良かった。

だって。

こんなに優しく心の美しい親友に巡り逢えたんだから。


あなたに逢えて本当に嬉しいです。

まるで

パズルのピースが埋まっていくみたいに

本物の私が出来ていきます。


あなたは私の大切なピースです。

私という存在を永遠にするための欠片。

選んだ道の、ここでひろえた、私の永遠の欠片。


「…ターニャ?ありがとう。出逢ってくれて。

私を見つけて、選んでくれてありがとう。

あなたは、これからは、私と共にそれを探していきましょう。

誰もが哀しまない世界なんて、とても無理だとは思います。

だけど、私には、不可能を笑い飛ばしてひっくり返してしまう莫迦な勇者と、どんなものからも護ってくれる莫迦クルセイダーと、何よりも優しく強い駄女神がついています。

私が選んで歩いてきた道で見つけた、大切な大切な私の欠片です。

あなたのお義姉様も、きっと助けてしまいますよ?

私の旦那様は本物の莫迦ですからね?

だから安心しなさい。

私と一緒に生きましょう。

私の大切な、生涯の友ターニャ。」


泣きじゃくる声が強くなり、私を抱きしめる手が痛い。

だけど、嬉しい痛み。


ふと見渡すと、カズマとダクネスが笑ってる。

ウィズは号泣。

キョウヤは愛しそうにターニャを見ている。


カズマがキョウヤに


「…お前さ? 恋愛経験って多そうだと思ってたけど、誰かとつき合ったりしたことあんの?」


キョウヤが心外そうに


「 不躾だな君は。僕だってつき合ったことくらいあるよ? …まぁ中学の時くらいだけだけどね。」


それには一同が大きく頷いた。


「なんだよみんなして…?そんなに変かい?」


カズマが呆れ顔で


「…あのな。こんな時は王子様が抱きしめてキスのひとつぐらいしてやるとこだ。分かんねぇヤツだなまったく…。」


ウィズとダクネスがうんうん頷く。


「へっ? なんで? 誰に?」


間の抜けた返事をするキョウヤに私はアゴで胸の中のターニャを指す。が。


「え?ターニャ?なんでさ?

好きでもない男からそんなことされたら。可哀想だろターニャが。」


それには私とターニャがズッコケた。


凄い。筋金入ってるよ?ターニャ?

がんばれ?

ターニャの泣き声がいっそうひどくなった気がする。


「よ よくわかんないけどターニャ? アクセルのホームになんで頑なに来ようと思ったんだい?今なら話してくれるかな?」


ターニャは顔をあげ、一度私を見て哀しそうな顔をしたので、よしよしと頭撫でて涙を拭いてあげた。

キョウヤに向き直ったけど、分かってなさげな顔を見て、また私たちに向いて哀しそうな顔をした。

ので、一斉に首を振ると大きく頷いてまたキョウヤに向き直り言った。


「あなたを護りたかったからです。キョウヤさん。

私がアクセルに居ればここは安全です。

お姉ちゃんは私を絶対に傷つけないから。

お姉ちゃんの狙うのはあなたたちが居るアクセルなんです。」


ゆった!

とうとう言えたね!偉い‼ターニャ!


みんなが同じ気持ちだった。

カズマもダクネスもウィズもガッツポーズだ。

ターニャは上目でチラチラとキョウヤを見てる。

今はラベンダーティの意味を、祈りながら現実にしているわけだ。

がんばれターニャ!


ずっと考えこんでいたキョウヤが、ため息を吐いて口を開く。


「……ターニャ。

そんなに僕は弱く見えたのかい?

僕だって勇者のひとりだよ?グラムがあればこの世界で右に出る者は居ない剣士だ。そんなに心配してくれなくても大丈夫さ。ありがとうね?」


その言葉に

その場に居た全員の口がしばらく閉じられることは無かった。



****************



ターニャがしくしくと泣いている。


静けさの戻った部屋にすんすんと

それは響く。


「…ふぅ。やっとお前もバカの称号を手にしたな?おい。」


カズマが呆れ顔で言う。


「…こ ここまで来ると芸術性が高いな?むしろ護っていかないか?何かこぅ…慈しみすら覚える。」


ダクネスが慈愛顔で言う。


「…私もたいがい空気読めなくて昔から忌み嫌われて来ましたが…改心します。ありがとうミツルギさん。」


ウィズが菩薩顔で言う。


「……もぅ打つ手は無いのでは? カズマを愛して本当に良かったです。その辺だけはマメな男ですからね。このひと。」


私は悟り顔で言う。


「もぉぉぉお!私はそんなに魅力無いの?! えーん。」


「「「いやいやいや。こいつがおかしい」」」


全員でツっ込んだ。


キョウヤが必死に


「なんだよ?みんな?何かおかしいのかはっきりと教えてくれたら直すからさ‼教えてくれよ?! 」


みんなは首を振ると、キョウヤの肩を叩いて一人ずつ部屋をあとにする。

最後に私が、泣いているターニャの手を取って部屋を出てドアを閉めた。


部屋からは

「なんなのさ‼みんな?! …」

とか何とか聞こえてくるが、お疲れ様。ゆっくり考えろ。バカ魔剣使い。



****************




「アクセルは良いとしても、王都のほうは大丈夫なの?」


キョウヤを残したみんなでホームの庭に出ている。

庭ではえいみーが甲斐甲斐しく、幼い子供たちから自分より歳上の子供たちのことまで、行ったり来たり忙しそうに世話をしてくれてる。

―賢い子ですね本当に。

カズマの言う通り、将来が本当に楽しみだ。


そこに

目を腫らしたターニャが言う。


「王都は大丈夫。本当にお姉ちゃんの狙いはあなたたちだけなの。実は今朝もここに来てたのよ。リタは。

私に協力してくれって…。

出来ないって何度も言ってるの。

出来るわけない……。」


あの時部屋に居たのは魔王の娘だったのね。

入らなくて良かった。

入ってたらみんな巻き込んで戦闘になってた。


でもいろいろと不明なとこが多いな。

最初ターニャはお父様を魔王軍に殺されたって言ってた。

私たちは仇をとってくれた英雄だとも。

王都に実家があって親戚も居るんだよね?

それに、ずっと腕利きのベビーシッターだったんでしょ?魔王との関係性が解らない…。


「ねぇターニャ? 魔王の実の娘じゃないって言ってたよね? あなたのお父様は魔王軍に殺されたって。

王都に実家があるって。ベビーシッターだったって……。


…あなた。本当は何者なの?」


何となくそうじゃないかと思っていたことがある。

だからあえて核心を聞いてみた。

信じてるからね。ターニャ。


「……めぐみんは本当に鋭いね…。


今となってはね。

こんなに好きになってしまったけれど……本当に恐かったのはあなた。

私のこと見抜いてしまうんだろうなぁって思ってたよ?

だから、最初はすごく警戒してた。

あなたたちのことも知らないふりして、どんな人なのか見ようとしてたの。

私のお父さまを殺し、お姉ちゃんの人生をめちゃくちゃにした張本人たちをね。」


カズマがターニャに


「…すみませんターニャさん。

謝っても謝りきれないとは思うけど……でも言わせて欲しい。

本当に悪かった。」


ターニャは一瞬だけ顔色を変えたが、すぐに元に戻り言った。


「カズマさん。謝らないで。

お父さまも分かっていたことなんです。

魔王はいつか勇者に滅ぼされなければならない。それが世界の意志だからって。

だから私とリタを精一杯愛してくれました。いつ勇者が迎えに来てもいいようにって。


お父様は…魔王ヤサカは……いろんなこと教えてくれました。

何も知らなかった私にいろんなこといっぱい。

教育もろくに受けてない私に、教育を施してくれたのもお父様です。

そうそぅ。お茶の心。あれを教えてくれたのもお父様。お父様の受け売りなの。ごめんねめぐみん。」


そう言って私にウィンクする。

そう…だったの…。


「子供好きな人で、モンスターも人間も魔族の子供も、分け隔てなく可愛がって面倒見たりして、ときどき王都に行っては、みなしごやはぐれモンスターや…ふふ。子犬や子猫まで拾ってきては、リタに怒られてたっけ。

私、本当は、10歳になった年に生まれ育った家を出たんです。

母親は顔も知らないんですよね。

それまでは本当に…酷い暮らしをしてました…。本当…ごみ溜めみたいなところで生まれて…親の愛情もまったく知らず、食うか食われるか…。食べなきゃ死んでしまうし、立っていなければ少女であろうと、犯されるか殺される……そんなところです。

……そんな中、お父様に出逢ったんです。

薄汚いボロボロの身体でフラフラと王都のスラムを歩いていたら、お父様が声をかけてくれたんです。

…最初は私の身体が目当てだと思ってて、そんなら利用してやろうと思ってチャームかけて、服を脱いだんです。……ごめんねめぐみん?気持ち悪い話でしょ?やめとく?」


……確かに気持ち悪い。

そんな気持ち悪い想いをずっとして生きてきた娘が居るなんて……

でも…目を背けたくない。

私の信じた親友、ターニャなんだから。

私は


「いいよ?あなたのこと、ぜんぶ教えて。」


ターニャは微笑んで続けた。


「…でね。お父様の首に絡んだの。

抱いてください。って。

10歳だったけど、ちゃんとぜんぶ巧く出来た。どんな大人の女にも負けるつもりはなかったの。

だったのに、お父様。私に服を着せるの。

えぇっ?! ってなった。だって私のチャームに抗える生物は居ないのよ?

この世界には何処にもね。

びっくりしたわ。魔族だってメロメロになるのよ?信じられなかった。

……お父様は私に服を着せ終えて、こう言ったわ。

お前は私の娘になりなさい。きっと世界一幸せにしてあげられるから。もうそんなに独りで生きなくていい。家に帰ろ……うって……」


ターニャの瞳が溢れる。


「……どんだけ……どんだけ嬉しかったか………。ど…んだけ…ほっとしたか解る?……

本当に……本当に嬉しかった。

あったかかったの……本当に温かかったの。手が…お父様が繋いでくれた手が……生まれて初めてだった……家に…家に帰ろうって……。」


カズマもダクネスもウィズも泣いてる。

私はターニャを抱いて撫で続ける。

ごめんね。ごめんねターニャ。


「……お父様はただの冒険者だったのは聞きましたか?カズマさん。」


カズマは少しだけ首を振ると


「ぜんぶは聞いてない。けど、前の魔王を倒してから自分が魔王になったって言ってた。」


ターニャは涙を拭いてカズマに向き直り


「もう。終わらせませんか?

こんな想いはもぅ私たちで充分。

争いをこれからの子供たちに渡してはいけない。

私たちの手で、終わらせませんか?」


カズマも真っ直ぐにターニャを見て言う。


「あぁ。俺たちで終わらそう。

それが世界の意志に…神の意思に背くことになったとしても。」


ターニャは本当に嬉しそうに微笑む。


「ありがとう。世界最強の勇者様。」


カズマは私を見て


「めぐみん。…実は、俺が主神から頼まれたこともそれなんだ。

あの夜エリスがやって来た理由は、主神の意思を俺に伝えることだった。

主神は俺に、魔王の娘を助けて、この世界を救って欲しいと、神々が古くから護るこの馬鹿馬鹿しい世界存続ゲームを、俺たちで潰して欲しいと言った。

そのために俺は魔界の王と手を結ぶ。世界を壊すためにな。」


――そうだったの!!―――


ターニャも驚いている。


「…カズマ? それは……途方もない大きな仕事ですよ?……神々に…いや。世界を創り変えるってことですよ……?」


ターニャも


「…カズマさん…?

神にたてつくことになりますよ?

いくら主神の頼みとは言え、他の神々が許すとは……。」


カズマが声をあげて笑う。


「ははは。他の神々だろうが悪魔だろうが知らねぇよ。俺の女神はアクアだ。それ以外知らねぇ。知ったこっちゃねぇんだよ。俺は日本人だ。

このくそったれな世界がヤサカを生み出してんならそれを潰す。もう誰も泣かせない。以上だ。

ターニャさんが何者だろうと関係ねぇ。めぐみんが信じたんだから俺らも信じる。それだけだ。リタ姉ちゃんも助ける。なぜなら。ターニャさんのお姉ちゃんだからだ。以上。他になんか言うことあるか?」


………あなたってひとは………


ほんとにかっこいいです‼大好き‼


ターニャが唖然としてる。

そりゃそうよ。これがカズマなの。

ふふふ。

ダクネスもウィズも笑ってる。


「…めぐみん?あなたの旦那様って…ほんとに凄い人ね?びっくりしたわ。」


ターニャが唖然としたまま言う。

カズマが


「そうかな?まぁエリスにも同じこと言ったら唖然としてたけどな。はは。」


ターニャがため息を吐いて


「……ふぅ。じゃぁもぅ遠慮なくいろいろとぶっちゃけちゃいますね。

カズマさん?

ちらっと話してたけど、あなた魔界で何かトラブルがあったんですか?」


「あぁ…そうそう。門番みたいなヤツに行く手を塞がれちゃってさ? またごっつい犬連れてて強いんだこれが…。早速バニル呼ぼうと思ってたとこだったんだ。参ったよ。」


ターニャが驚いて。


「バニル?! 見通すバニル?!

知り合いなんですか?」


えっ?なんであなたがバニルを…あぁそうか!魔王軍幹部だったっけ。


「知ってるもなにも…魔王軍幹部だろ?今はウィズと店やってるからさ?」


「そうなんだ…ウィズも何してんのかと思ってたら…店やってたのねー。ふふふ。らしいわね。」


ウィズが笑って聞く。


「ターニャさんこそ何処に居たんです?ちっとも姿見えなかったし…。」


「私は戦い争いはパス。王都でベビーシッターしてたの。まぁそこでキョウヤさんにも出逢えたんだけどねー。」


ターニャが頬に手を当てて嬉しそうに微笑む。綺麗だなぁターニャ。


「カズマさん。私。魔界に一緒に行きます。私ならあなたをサタンまで連れて行くことが出来ますので。」


「へ?! ターニャさんが?! なんで?! 」


ターニャはみんなを見渡してウィンクして言った。


「私の本当の名はサターニャ。

大悪魔サタンの娘。魔界は私の故郷なの。」


「「「えぇぇぇぇええええ!!」」」


一同の叫び声がアクセルにこだました。



****************



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