第38話 最初で最後の弟子
「そこに見えるのがホームですよ。」
予定は8時ごろだったが、カズマを見送ったその足でホームへと来てみた。
もちろん隣にはダクネスも一緒だ。
ダクネスにやり残した仕事があるなら帰っていいと言ったら、実は近いうちに彼女も視察に訪れる予定があったということだったので、そのまま連れて来た。
ダクネスが子供にとてもなつかれやすい体質なのはよく目にしていたし、彼女自身も大の子供好きで、今回の学校設立の話にもダスティネス家当主として尽力し、多大に貢献しているひとりなのだ。
橋の上からホームを見下ろすと、食堂あたりに灯りが点いていることに気づいた。
…ターニャかな?そう言えば朝早くから起きてるって言ってたな…。
時刻はそろそろ6時頃だろうか。
なるほど。朝食の準備で忙しいだろう。
それに今日は遠足だし、お弁当の準備もあるもんね。
よし。
「私たちも朝食の準備手伝いますよ。」
と隣のダクネスに声をかけると
「喜んで。」
と微笑みが返ってきた。
二人で門へ向かって歩き出すと、突然
「お師様‼ おはようございます‼」
と門の方から元気な声が駆けてくる。
緑がかった真っ直ぐな黒髪が跳ねながら近づく。えいみーだ。
「えぃっ‼」
と飛び込んでくるえいみーを両手で迎え抱き止める。
「おはようございます。えいみー。早いのですね?」
と聞くと、えいみーは紅い瞳を嬉しげにキラキラさせて
「えへ。起きてからすぐに門のとこでお師様が来るのを待ってました!」
と答えた。
あまりに屈託のない言葉に、一瞬たじろいだが、すぐに抱き止めた身体の冷たさに驚き
「えいみー?! 身体冷たいじゃないですか?! いったい何時から待っていたのです?! 」
と聞いた。
えいみーは綺麗な笑顔で、
「4時頃ですお師様! お師様に早くお逢いしたくってずっと待ってました!」
と嬉しそうに答えた。
私は涙が出そうになるのを必死で堪えて、出来るだけ穏やかに言った。
「えいみー。 これからは私が来る時は、前もって何時に来るとあなたにお約束します。
だから、お外で待ったりしないで下さいね? 風邪をひいたら大変ですから。分かりましたか?」
えいみーはちょっとだけ悲しそうだったが、すぐに笑って
「分かりましたお師様。ちゃんと家の中で待つようにします。ご心配ありがとうございます。」
と綺麗に聞き分けた。
この子は本当に聡明だ。
おそらく吸収もすごい早いんだろうな。
容姿も、誰もが目をひくほどに可愛いし、この近辺では群を抜いてる。
将来がほんと楽しみだ。
「えいみーはとても良い子ですね。
あなたを弟子に出来て私は幸せです。」
と頭を撫でた。
えいみーは嬉しそうに笑い、私の後ろに居たダクネスに気づく。
ダクネスもえいみーを見て微笑み、
「えいみー?初めまして。私はダクネス。めぐみんと同じパーティのクルセイダーです。よろしく。」
「あっ‼ダクネス様‼ キョウヤが言ってました!凄い頑強な世界最強の盾なんだって!すごーい!綺麗ー。すごーい!」
ダクネスが照れて真っ赤になっている。
キョウヤの言い回しにも問題はあるけど、事実だからしょうがないでしょ。あなたほどのクルセイダーは世界中探しても何処にも居ませんよ。
「はは。この子がお前の話してた紅魔族の子だな? なるほど。すごく聡明そうだ。えいみー?私も君に教えてあげられることがたくさんありそうだ。遠慮なく頼るといい。私もめぐみんの家族なのだから。いっぱい甘えるといい。」
えいみーは上気した顔で紅い瞳をさらに紅く燃やして
「はい‼ ダクネス様‼ 私は司政についても学びたいと思っています。どうか教えて下さい!」
ダクネスが口笛を吹いた。
「ははは。凄いなえいみーは。よし。これから私も身体が空く限りえいみーの勉強を見てやろう。私の屋敷にもいつでも来るといい。政治について実際に見てみるのが一番だ。」
「ありがとうございます!ダクネス様‼」
私はえいみーを撫でて、
「さぁ朝食の準備をしますよ。中に入りましょう。」
とえいみーの手を取り門をくぐった。
****************
まだちらほらと子供たちの声がする程度
静まりかえっている玄関ホールを抜けて食堂へ。
厨房からはけたたましい音と共に
エプロンを着けてポニーテイルにしたターニャが慌ただしく転がり…出て来た……何?!
「た ターニャ?! 大丈夫?! 」
ターニャは私の顔を見るなり半べそをかいて
「えーん‼めぐみん~‼コックさんが遅れてるの~‼ …私独りで何とかしようと頑張ってたけど、とても間に合わない~どうしよう~?! あ~ん‼」
か 可愛い。
泣き崩れる姿も実に美しい。
ターニャったらチャームでも使ってるんじゃないかと思うくらい魅力的だ。カズマが見たらイチコロだな。
私もだ。うん。
「ターニャ?大丈夫。私たちは朝食の準備を手伝おうと思って早く来たのです。3人居れば何とかなりますよ。早くやっつけてしまいましょう。」
ターニャが私に泣きつく
「えーん‼めぐみーん。ありがとー。大好きー。」
私はよしよしと撫でながら一応ターニャに
「こっちはダクネス。私の……姉です。同じパーティの仲間なのです。」
ターニャはやっと落ち着いて、とたんに気づいたみたいに慌てて
「し 失礼しました! あなたが世界最強の盾との誉れ高いダクネス様でいらっしゃるのですね?! 初めまして!ターニャと申します。このホームの臨時管理人を預かっております!」
と深々と礼をした。
ダクネスはまだ慣れないのか紅い顔で
「ターニャ先生ですね。妹…からお話は聞かせてもらっておりますよ。大変そうですね。私も微力ながらお手伝い致します。それと、私のことはダクネスとお呼びください。」
ねーちゃんもかぁいいぜ‼
ふふふ。
「先生!私もお手伝いします‼」
とえいみーも名乗りをあげる。
「さぁ。ターニャ?急ぎますよ。4人も居るのですから一瞬でやっつけちゃいましょう‼」
****************
結局。
私が調理、ターニャが盛付け、ダクネスが配膳、えいみーが子供たち別の細やかなアシストと、すべてスムースに作業は流れ、宣言通りあっと言う間に朝食は準備完了。
定刻通り7時には食卓に並んだ。
コックがやっと来た頃には子供たちみんな席についていた。
どうやら遠足のお弁当の用意に手間取っていたそうな。
コックは平謝りし、お詫びにと、今から遠足のおやつを作ってくれるらしい。
それは私も気になる。プロの作るお菓子を見てみたい。
聞けば、結実し始めたワイルドベリーが今たくさん裏庭に生っているらしく、それを使ってタルトを作ってくれるそう。それは是非見たい。
私もちょうど今が旬のワイルドベリーの下処理とか、どんな応用が利くのかなど、凄く気になっていた。
栄養価も高いと聞く。めあねすのおやつにも良いだろう。
コックさんが厨房に向かい、私もついて行こうとわくわくして立ち上がりかけたら、
「おっ。ダクネス‼ ダクネスも来てくれたのかい?! ありがとう‼」
食堂に入ってきたキョウヤが嬉しそうに叫んだ。朝からテンション高いな。
「ミツルギ卿。すまないが勝手にお邪魔させて戴いている。卿もお変わりなさそうで何よりだ。」
「水くさいなぁダクネス。僕のことはキョウヤでいいよ。子供たちにも君のことはいつも自慢してるんだよ。
みんな‼ また凄い人が来てくれた!この人はダクネス。王国の懐刀領主ダスティネス家当主にして、世界最強パーティのひとり。あの世界最強の盾と言われる最高峰のクルセイダーなんだ!」
「「わー‼すげぇ‼あのダクネス様だ‼」」
一斉に子供たちが騒ぎ出す。
もはやダクネスは耳まで真っ赤だ。
「み ミツルギ‼ あまり大仰に言うな‼ 私はそのような扱いが非常に苦手なのだ。もっと…砕けてくれていい。子供たちもみんな私のことはダクネスと呼んでくれ。君たちの友達のただのダクネスだ。重々しい飾りはいらない。」
「分かったよ。
みんな‼ 分かったかい?! 今日からこの人は僕たちの友達のダクネスだ!
一緒にいっぱい遊ぼうぜ‼」
「「「わー! ダクネスーあそぼー‼」」」
歓声と共にダクネスのまわりに子供たちが集まる。
手をひくもの、抱きつくもの、足にまとわりつくもの、髪を引っ張るもの、もみくちゃだ。子供たちにデコイ使ってるの?
あぁ。顔が紅い。息も荒いし、そろそろ止めないとダクネスが本領発揮しそう。
「はいはい‼みんな‼朝ごはんが先ですよー‼ 遠足の準備もあるんだから!早くしなさい!」
ターニャが手を叩いて割って入ってくれた。ありがとうターニャ。助かったわ。私が。
みんなはひとしきりダクネスを弄ったあと、何事もなかったように席に戻りごはんを食べ始めた。
ダクネスは床に取り残され…… 嬉しそう。良かったねお姉ちゃん。
食事も終わる頃、ターニャが
「みんな! 実は今日の朝ごはんはめぐみんさんとダクネスさんが作ってくれたものです‼ みんなでお礼を言いましょうね! せーの‼」
「「「ありがとうございます‼ ごちそうさまでしたー‼」」」
私とダクネスは互いに顔を見合わせ、お互いに紅い顔なのを笑って、せーので言った。
「「お粗末さまでした‼」」
****************
その後
出発までの時間がわりとあったので、洗い物したり、食堂の掃除したりして時刻は8時半を過ぎた頃。
「ターニャ~! ターニャ‼」
先ほどまでバタバタしていたので気づかなかったが、食後すぐにターニャの姿が見えない。
お弁当を荷造りでもしてんのかと玄関を見に行くが、お弁当はちゃんと馬車に荷造り終えてあった。
キョウヤに聞くと、やはり食後から見ていないと言う。子供たちも知らない。
……?………部屋見てないよね…?
一応ターニャの部屋に行ってみる。
ターニャの部屋は二階の一番端で、不測の事態にもすぐに対応出来るよう、裏庭へと降りる非常階段のすぐそばにある。
子供たちはもうすでに外で、出発を今か今かと心待ちにしているため、二階は誰も居ない…はず…?…ん?……
…誰かの話し声がする……?
…ターニャの部屋から?……
そっと近づいて耳を澄ます。
「…………いよ!おね……ゃん!…だめ……ね‼ ぜっ…い!……だめ!私は…理だ……ね!」
重厚な造りの建物なので、低くくぐもった途切れ途切れにしか聞こえない。
だけど、間違いなくターニャの声で、誰か相手が居るみたいだ。
立ち聞きなんて私の趣味ではないが、何やらターニャが切羽詰まっているようで気になる。
ノックしてみようか……
いやいや。相手が居るみたいだし、ここは引き下がって後でそれとなく聞いてみよう。
そっとその場をあとにした。
****************
「それじゃぁ出発するよー‼」
キョウヤが先導し遠足は出発する。
私は中ほどでえいみーとしあのんと手を繋いで。
ダクネスは…子供たちが群がっているが嬉しそう。一番しんがりを勤める。
ターニャは私の少し前を馬車で牛歩している。馬車には薬や救護用の簡単なベッドやお弁当などが積んであり、長歩き出来ない幼い子供がいつでも乗れるように椅子もいくつかある。今はひとりでのんびりと流している。
あのあとターニャは何事もなかったようにケロっとして降りてきた。
相手はちっとも降りて来なかったのがすごく引っかかったが、出発前でバタバタとしていた為、最後まで見れなかった。
そんなに気にすることではないのかも知れないが…。
「お師様?」
えいみーが私を見てる。
「どうしました?えいみー。」
「 お師様は爆裂魔法をどうやって覚えたんですか?」
その辺りを語ると一日やそこらで片付かない自信がある。ので。ここはひとつ簡素に。
「私のお師様から教わったのですよ。魔法もスキルも、教えてくれる人が実際に使っているところを、覚える気で見たら冒険者カードに表示されるのです。ですが、その魔法を使えるレベルとスキルポイントを上げなければ、実際に使えるようにはならないのですよ。
爆裂魔法なんて誰も使いたがりませんからね。使える人に巡り逢えた私は運が良かったのですね。」
「私に…私にも。爆裂魔法を教えて下さい!必ず!必ず撃てるようになります!お師様の爆裂魔法を‼」
えいみーの瞳が紅く輝いている、
あぁ。なんか嬉しいな。昔の私みたい。
「えいみー。教えますが、いくつか条件があります。それを約束出来るのなら、教えてあげます。良いですか?」
「はい!私に出来る限り頑張って守ります。」
「それで良いでしょう。では1つ目。
必ず初級魔法と中級魔法を全部覚えること。
おそらくあなたの潜在魔力だと、最初から中級魔法が覚えられるはずです。ですが、初級魔法も全部覚えること。
戦いにおいて絶対はありません。
強い魔法が放てるからと過信すると、いつか必ず身を滅ぼします。
ほんの小さな小さなティンダーの火が、強大な敵をねじ伏せ、いくつもの未来を生み出すのを、私はこの目で、あの人のそばで、何度も何度も見て来たのです。
それは必ず、あなたを護るため。あなたの大切なものを護るための力になります。
ですから、初級魔法から上級魔法に至るまで、自分の属性に出来る限りのあらゆる魔法を覚えること。
出来ますか?」
「出来ます。やってみせます!お師様。」
「よいお返事ですね。では2つ目。
例え自分がどれだけ苦しくても、どれだけ辛くても、自分より弱いひとたちに寄り添い、手を繋いで、必ず護ってあげてください。
自分には関係ないと思われるひとでも、必ずどこかで繋がっているものです。縁とはそういうものなのです。
あなたが今こうして生きていられるのは自分だけの力ですか?
違いますよね?
お父様お母様が生んでくださって、あなたが大きくなるのを夢見て、頑張って頑張って大きくしてくれたのです。まわりの親戚、友達、知り合いの皆さんの手で少しずつ支えていただいて、ここまで無事に来たのです。
その感謝を忘れずに、生かされていることを知って、誰をも護りたいと思えるようになってください。
それが必ずあなたの助けになります。
出来ますか?」
「はい‼お師様! いっぱいいっぱい勉強して頑張って魔法も覚えて、必ずみんなを護ります!」
「よろしい。じゃぁ最後の約束。
これはあなたと私の間だけのことです。
あなたは本当に賢い子です。えいみー。
おそらくは私の約束を必ず護り、強く優しく聡明な魔道士になってくれることでしょう。
でも、もしもこの先、あなたが学び続け修練を重ねていく先に、自分の存在について思い悩むことが、もしもあるなら、真っ先に私を頼りなさい。
いいですか?必ず私のところに来なさい。
あなたは必ず辿り着くと確信しています。
だから必ず、私を頼りなさい。
私はその答えを持っています。
約束出来ますか?」
「…はい。…私にはまだよく分かりませんが、お師様のお言葉なら信じます。必ずお師様の元へ。」
「来なさい。えいみー。」
私は微笑み
えいみーを胸に抱きしめる。
そしてしっかりと目を見つめ
「えいみー。あなたを私の最初で最後の弟子と認めます。私の爆裂魔法をしっかりと受け継いでくださいね。」
えいみーの瞳が萌えた。
「はい‼ お師様!」
その刹那、私たちを包む大気が揺らいだのが分かった。
それが何なのかを私は知っている。
あの時と同じ。
私があの人から受け継いだ時と。
あの時も
確かに覚えてる。
大気が確かに震えた。
世界が祝福してくれたのだろう。
この子と爆裂魔法の出逢いを。
願わくは
真っ直ぐでありますように。
この子たちの出逢う道が。
いつかあなたたちは
伝説になるのだから。
****************
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