第36話 恋心



「キョウヤ?居ますか?」



キョウヤの部屋をノックする。


子供たちはもう就寝時間。

えいみーもお風呂からあがって一目散に私の付き人をするために来たけれど、少しの間だけ私と話しただけで就寝時間となり、しぶしぶターニャに引きずられていった。


私はキョウヤにいろいろと話しておきたいことがあったので、恥ずかしがる?ターニャを引っ張ってキョウヤの部屋まで来たのだ。


「めぐみんかい? いいよ。開いてる。」


「お邪魔します…。」


部屋に入ると彼は大きな事務机に向かい書類にあれこれとサインしていた。


「そこに座って。ターニャも。」


彼は長いソファを指す。

私はターニャと並んで座り、キョウヤも向かいのソファに座る。


「今日はもう遅いし泊まって行くかい?ターニャ。部屋はあるだろ?」


「はい。いくつか空いていますよ。

めぐみんさえ良ければ私の部屋で一緒に寝てもいいし…ね。泊まってって。」


ターニャは嬉しそう。

キョウヤが驚いて


「ずいぶんと仲良しになったんだね?いつの間に?」


「片付けや洗い物手伝って貰ったりしてたんですよ。めぐみんってほんと素敵なんですよ?もぅほんと可愛いし素敵。

いろいろと秘密も教えて貰っちゃいました。ふふ。」


「素敵なのは知ってるよ。いいなぁ秘密。たとえばどんな?」


「秘密ですー。ふふふ。」


そんなターニャのほうがずっと可愛いよ。

キョウヤは残念そう。面白い。


だけど朝早くカズマを……


「キョウヤ。ターニャ。ごめんね。

今日は帰ります。

明日カズマが朝早く出ていくの。見送らなきゃ。」


「カズマが?また仕事かい?」


「……うん。その話もなんだけどね…。」


私が言い淀むのを見てキョウヤはふっと息を吐いてターニャに向かって


「ターニャ。悪いけどコーヒー淹れてくれないか?めぐみんは何飲む?だいたい何でも揃えてあるよ。」


「私はターニャと同じでいいかな。」


「めぐみんミルクティ好き?私は紅茶好きだから。」


「好きー。」


「了解♪」


ターニャは部屋に作りつけてあるバーカウンターに行き、手際よく準備する。

似合うなぁ。ターニャ綺麗だし。

いい奥さんになるだろうな。


「何見とれてんの?ターニャは女の子だよ?」


とキョウヤがシニカルな笑いをしながら言う。


「いや。だってターニャ綺麗だし…似合うなぁって。」


ターニャから目を離さずに言った。

キョウヤは少し肩をすくめ


「何言ってんだい。鏡見てみなよ?

今の君は 本当に綺麗だぜ?ターニャに聞いてみろよ?きっとみんなそう言うと思うよ。丘で出会った時とぜんぜん変わってる。本当に、綺麗だ。びっくりした。」


そうなの?

いつまでも子供臭さが抜けなくて恥ずかしいのに…


「よく言い過ぎですよ?キョウヤ。

私なんかにお世辞言ってないで、ちゃんとターニャを見てあげて。ほら。すごく綺麗。」


「…お世辞なんかじゃないんだけどなぁ…。まぁ確かにターニャは綺麗だし頭いいし素敵な女の子だよ。

彼女はね。王都でベビーシッターをしてたんだ。すごく評判よくてさ。引っ張りダコだったんだ彼女。

それが突然、王国ギルドの募集チラシ見て来てくれたんだ。もぅ。一も二も無く飛びついたよ。

だって、経験は充分にある。素養もちゃんとしてる。教育もしっかり受けてる。彼女ならすぐにホームの中核を任せても大丈夫だろうからね。

最初は規模の大きな王都のホームを任せてたんだけど、本人がアクセルに行くってきかなくて…。」


「なんで?アクセルになんかあるの?」


「さぁ?教えてくれないんだよね。

めぐみん聞いてみてよ。君になら話すかもしれない。僕は何度聞いてもはぐらかされてしまう。」


と肩をすくめた。


「はいキョウヤさん。ブラックで。

何こっち見て話してたんですか?もぅ。」


とふくれ面。すごい可愛い。


「何でもないよ。君が綺麗だなってさ。」


とたんに真っ赤になる。やだ。すごい可愛いってば。


「嫌だわキョウヤさん。いつも軽口ばっかり…もぅ。」


私まで紅くなる。ターニャ本当にキョウヤを好きなんだろうなぁ。


「はいめぐみん。ミルクは半分半分にしといたからね。もぅ夜も遅いし。」


とウィンク。だめ。私がときめいた。


「ありがとう。いただきます。」


ターニャが私の隣に戻ってミルクティを傾ける。

私もターニャにときめきながらミルクティを味わった。美味しい!

ティオーレだ。


「ターニャ。これすごい美味しい。

あとで教えて?」


「うん。私の大好物なの。」


たぶん茶葉はアールグレイ。

夜の疲れた身体にベルガモットの香りが心地いい。


「じゃぁ話を戻そうか。何の話なんだい?」


いくつかある話を頭で整理しながらまずは……


「まず、えいみーとしあのんのこと。

あの二人は何処で保護されたの?」


「詳しくは分からないんだけど…行商人だったらしい両親が魔王軍に殺されたってのは聞いてるよ。旅の途中だったらしい。」


「そうなの……。」


実家で聞いたほうが早いのかもしれない。

それにあの名前……。


「まぁいいわ。私のほうで当たってみる。

じゃぁもうひとつの話。

これはこのホームに関係する話になるんだけど、あなたたちの意見が聞きたいの。

実は前々からカズマが準備していることなんだけど、近々、アクセルに学校を建てるの。」


「学校?! 小学校とか中学校とか高校とかかい?」


「そうらしいわ。私はよく種類が分からないんだけど、あなたなら詳しいよね?キョウヤ。」


「そうだね。僕たちの世界にはさまざまな学校があったんだ。中には、乳幼児から預けて教育をする学校もあるし、年老いてからも勉強出来る学校も存在するんだ。小学校は6歳頃から12歳頃まで6年間。中学校はそこからさらに3年間。ここまでが義務教育と呼ばれていて、誰もが絶対に中等教育までは受けられるように援助や補助を国がしてくれる。法律で万人が教育を等しく受ける権利を護ってるんだよ。」


「すごい‼ 夢みたいなお話ですね!」


ターニャが目を輝かせる。


「そう。カズマは前々からアイリスと何度もそれらの相談を重ねていて、近々に王国国立学校として王都とアクセルに学校を建てるの。


理事長はアイリスで、初代校長はまだ捜してるとこなのよね。

誰もが等しく中等教育までを受けれる学校にするって。授業料や教育費は基本的に国からの補助。

その財源を潤沢に確保するために、学校での職業訓練の授業のひとつとして、カズマの知的財産権であるものをいくつか、生徒たちに作らせて学校のブランドで自分たちで売らせて、商売や生産やそれに付随する様々な管理を学ばせながら、学校経営の収入源にしようって決めたの。

もぅ図面も出来てるのよ?」


「………凄すぎる……!

カズマ様凄い…。ただの勇者様じゃない!かっこよすぎる……私も惚れてしまいそう……。」


「それはだめ!私の!

…それでね。このホームと学校が連携を取れたら、もっと人手や資金も潤うんじゃないかなと思ったの。

今は王国ギルドの公認なのよね?

それを王国公認の国立にして、孤児院を特別福祉施設にしたらどうかな?これは私だけの意見なんだけどね。」


「……いやいや……畏れ入ったよめぐみん。僕もそこまでは考えてなかった。確かにそうなればもっと楽になるよなぁ。うん。

その話、もっと詰めてみたいな。」


「よかった。私だけの意見だから穴だらけなんだろうけど、カズマとアイリスに話して考えて貰えばきっとすごく巧くいくはずだから。

一度、王都で相談しましょう。」


「そうだね。またそのときに呼んでよ。」


ターニャがため息をついた


「…私……。歴史が動く瞬間に立ち会ってるんですね?……凄い。ほんと、凄い‼」


「ターニャも来てね。あなたは先生になって貰いたいから。」


「私が?! それ凄い嬉しい‼

逆にお願いいたします!」


「ふふ。はい。」


ターニャは本当に嬉しそうに


「私、子供が大好きなのよね。

幼い頃からお姉ちゃんハダっていうか、近所の子供たちの世話したり面倒見たり。

子供たちに囲まれて生きれるのってほんと幸せ。子供たちはいっぱいいっぱい教えてくれるの。私の弱さとか足りなさとかほんといっぱい。

私がここに来たのも、自分の弱さを思い知らされたからなの。

世の中には両親を亡くして身寄りもなくて苦しい環境で生きなきゃいけない子たちがこんなにたくさん居て、それでもこの子たちは精一杯に強く生きてるの。それが当たり前のようにね。笑って毎日を強く生きてるの。

でも、私は父を亡くしただけでこの世の終わりみたいになって生きるのを棄ててた。

もぅ。なんてこの子たちは強いんだろう。なんて私は弱いんだろう。変わらなきゃ。強くならなきゃって思ったら居てもたってもいられなくなって、ギルドの募集持ってキョウヤさんのとこに走ったわ。私を使ってください!ここで働かせてください!ってね。


そしたらね………キョウヤさんなんて言ったか覚えてますか…?」


キョウヤはしばらく考えて


「…たしか……僕は君を使えない…だっけ?」


ターニャは凄い可愛いウィンクして


「そう♪

僕は君を使うことは出来ない。

君に働いてもらうことも出来ない。

君には子供たちの親になって欲しいんだ。これからの君の人生を、ここに来る子供たちと共に生きていって欲しい。それだけだよ。

ってー‼

一字一句忘れないわ‼

もぅ私。頭をハンマーで殴られた気分だったの‼

私は傲ってたんだ!自分の為に子供たちにすがってたんだ!って思って恥ずかしくて恥ずかしくて。


だから今の私がここに居ます。

キョウヤさんに殴られたから、こんなに豊かな気持ちで、私はどんどん優しくなっていきます。

あなたのおかげです。

ありがとうございます。」


……そうか。それでアクセルに…。

ふふ。可愛いひと。

結局は私と同じなんだね。


「…よく分かんないけど…よかったね。」


えぇっ?!

ほんと肝心なとこで鈍いひとですねこのひとは……

ターニャがふくれてるじゃない。

私はジト目でキョウヤを見ながら


「愛想つかされないようにね?」


とターニャの頭をなでなでした。

キョウヤは不思議そう。バカ。


「それで最後の話だけど…。

これはすごく深刻な話だから、ターニャもよく聞いてね。」


頷くターニャ。

私の真剣な顔つきにキョウヤも姿勢を正した。


「魔王軍が来ます。それも、近いうちに。」



****************



「どういうことだめぐみん?!

魔王軍は解散したんじゃないのか?」


ターニャも驚いている。


「魔王の娘を中心にまた集まり始めてるの。カズマと私たちに復讐するために。今度は後ろ楯に…神が居るの。」


「神だって?! なんだって神が魔王の娘を後押しするんだ?」


「あまり詳しくは聞かされてないんだけど、神にも派閥みたいなものがあって、アクアのことをよく思ってない神の一人が、魔王の娘を焚き付けて復讐を誓わせて、世界がひっくり返るほどの恐ろしい魔道具を与えたらしいの。」


「そんなバカな……。神が人間を滅ぼそうとするなんて…。」


「先日エリスが慌てて降りてきたの。カズマにそれを知らせる為に。だから本当よ。あの子は女神。嘘はつかないわ。」


「そんなことが…。

カズマは?カズマはなんて?」


「……あのひとはそれに対抗するために、明日の朝早く……魔界へと向かいます。」


「魔界?! 悪魔の魔界?! 」


「そう。魔界へ潜り、悪魔の王サタンに会いに。」


堪えきれず涙がひとすじ溢れてしまった。

それを見ていたターニャが私の肩を抱きしめてくれる。


「…信じて待て…と言われたから…

私は…あのひとを待ちます。

五体満足には帰れないらしいけど!

待つって!決めたから!………待つの!……待つの………。」


もぅだめだ。涙が止まらない。


「……めぐみん…泣かないで?……泣かないで?」


ターニャが身体中を抱きしめて撫でてくれる。もぅ無理

胸が痛い



「…なんでカズマが独りでそんな危ない橋を渡るんだよ?! 僕も手伝うのに?! ……あいつはほんとバカだ‼

独りで、いつも独りきりで苦しみやがって……くそっ!」


キョウヤが怒ってる。

男だから…よけいに解るんだろうな…

誰も苦しめたくないって。


「……ごめんなさいキョウヤ。

大丈夫。あのひとは必ず強大な力を手にして帰ります。いつものように、信じて待ちます。

だからあなたもターニャを泣かせるような真似は考えないで。

ちゃんと、ここに居てあげて。

あのひとは。カズマは大丈夫。」


ターニャの抱きしめる力が強くなる。

大丈夫よ。彼は私が絶対行かせない。


「……君は本当に大丈夫かい?

僕とグラムなら彼の力になることは難しくないんだよ?」


「いいよ。あのひとは強いもの。」


と微笑む。


「そうだね。僕じゃきっと足手纏いにされそうだ。」


彼も笑った。


「ターニャ? ありがとう。もう大丈夫。」


と彼女の腕から解かれた私は立ち上がり


「そろそろ帰るね。

明日朝何時に来ればいい?」


「そうだな…8時頃に来といてくれたら大丈夫だね。」


「分かった。キョウヤ。ターニャ。今日はありがとう。明日楽しみにしてますね。」



とホームをあとにした。



****************




  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る