MAN EATER

ブノサマ キザカオ

第1話

ざわざわと草原をゆらす風が吹いている

俺は大の字になって、草原に寝そべりながら空を見上げていた

空はとても蒼く、所々に雲がうっすら散りばめられていて

とても穏やかな時間がながれている・・・


こんな穏やかな時間が流れていると、鼻血が流れて頬を伝っている事なんて

気にする必要は無いんじゃないかと思ってしまう・・・


だが、そういう訳にもいかない

俺は上半身をゆっくり起こし、周辺を見回した

あたり一面の草原・・・耳を澄ますと、小さく波の音が聞こえる

おそらく海が近いのだろう。だがそれ以上の何かを

確認することは出来ない。


訳も分からず、鼻血が出ているとか、ここに寝そべっている事

それ以上に恐ろしい事がある



一部の記憶がない・・・



頭でも強く打ったのだろうか。

ここに来た経緯、自分の過去、名前すらも思い出せない。

流石に過去の記憶が無いのは困るだろう!

ATMで引き落としの際の暗証番号とか、ネトゲのユーザーパスワードとか

どうするんだ!?


・・・・


あ、こういう事は記憶にあるんだな・・・


どうやら「自分の事」だけが、すっぽり抜け落ちているようだ


さて、どうしたものか。

上はティーシャツ、下はジーパン、靴は一様、ボロボロのスニーカーを履いている

俺はズボンのポケットに手を突っ込んでみる。

・・・なにかのカードが入っている。そのカードは半分近く焼けているが

顔写真の部分はかろうじて焼け残っており、自分のものであることは

確認できる。だが肝心の文字情報部分が欠損している。

他に周囲の地面になにか落ちているかもと、見回しては見たが

何も見つからなかった。

自分を特定できる何かがあればと思ったが・・・

とにかく、こんな所に居ても、どうにもならないだろう。

焼けたカードをポケットにしまい、俺は立ち上がり、鼻血を手の甲で拭った。


ガサッ!



何かの音がした・・・

何の音だろう? 俺は何気なく音のする方へ、足を進めた。


そこにはこちらに背を向け、座っている人の姿があった。

背格好からおそらくは男性だ。

人がいる。その事だけで、俺は何故か安心感を覚えた。

もしかしたら、こんな境遇は自分だけなのかも・・・そう思っていたからだ。

「あの・・・すいません・・・」

俺は声をかけた・・・言葉が小さかったのだろうか?

目の前の男に反応はない

俺はもう一度、先程より大きな声で話しかけた。

「あのぉ~!すいませ~ん!!」

するとその男はビクッと身を震し、ゆっくりと首をかしげる・・・

・・・なにか様子がおかしい。

ふと、その男の横に目線を向ける・・・・

何かが落ちている。

「・・・・まじか・・・」

手首だ。血にまみれ、指の一部分がなくなっている。

手首の傷口は荒く、噛みちぎられたような歯型が無数にある。


ゆっくりと、男は振り返り、俺の方を向いた。


「・・・・・ヒッ・・・!!」


青白い肌、虚ろで濁った目、口の周りには黒ずんだ血がベッタリと

ついている。そして手には何かの肉塊を掴んでいる。


「あ・・はは・・・あ~・・・その・・失礼しました」


俺は軽く会釈をし、振り返る。そしてそのままゆっくりと

歩き始めた。見なかったことにしよう・・・

歩きながら、俺はちらりと目を向ける


追いかけて来ている!

それもかなり速い!俺は全力で走り始めた!!


「おおおあああああぁぁぁ!!」


恐怖で思わず変な叫び声が漏れる!

なりふり構わぬおかげか、その男との距離が徐々にではあるが

離れている。だが男の目線は、俺を捉えたままだ。


「・・・・はぁ・・・はぁ! ぜぇ・・・・ぜぇ・・・!!」

だんだん息が上がってきた・・・このままでは追いつかれるのは

時間の問題だ。

なにか・・なにか方法はないのか!?


小屋だ! 目の前に小屋がある。小さな小屋だ。

俺は咄嗟にその小さな小屋の戸を開け、中に入った。


ドンッ! ドンッ!! ドォン!!!


男は扉を叩いている!

小屋の扉が激しく揺れ、蝶番部分は今にも外れそうな勢いだ。

俺は内側から、必死で扉を抑える。

「ちょ・・・なぁ!! なんで俺を追ってくるんだ!!」

俺は大きな声で問いかける。だが返事は帰ってこない

小さく唸るような声を発しながら、扉を叩いている!

「俺が何かしたのか!? したなら謝るよ!! だからまず落ち着いてくれ!!」

だが、男は扉を叩き続け、話に取り合おうとしない!

このままでは・・この扉が破られてしまうのも時間の問題。どうするか・・・

扉を背に抑えつつ、俺は小屋を見回す。

薄暗い小屋の片隅に、汚れた鉄の棒が寄りかかっている。

俺はその汚れた鉄棒を手に取り、部屋の隅で構えた


バキャァアッ!!


激しい音と共に小屋の扉は外れ、男がゆっくりと歩みってくる

「あんた・・・これは警告だッ! そ・・それ以上近寄ってきたら、

俺はこれであんたを殴るぜ!」

引きつった声で、俺は男に凄んだ・・・だが、男は睨みつけたまま

足を止める気配がない・・

「なぁ聞こえてんだろッ!? 冗談じゃねぇぞ! 俺は本気だッ!」

俺がそう叫んだ時、男は両腕を前に突き出し、俺の胸元めがけ

手を伸ばしてきた!!

「ああああああああああぁぁぁぁッッッ!!!!」

俺は男の頭にめがけて、鉄棒を振り下ろす!


ゴシャッ!!


鈍い音、今までにない感触が、鉄の棒を伝ってくる。

男はその場に膝を崩し、倒れた。

「はぁ・・はぁ・・はぁ・・・」

鉄の棒はへしゃげ、大きく湾曲している。俺は目を男に向けた。

男の頭は殴った跡がはっきりわかるくらいに凹んでいて、首は

力なくへたれている

ほどなくして、男の頭と口から、血が溢れ始めた・・・

俺はその場に掴んでいた鉄の棒を投げ捨てた。


・・・こうするしかなかった・・・襲われたんだ

身に危険が迫ってたんだ。こうするしかなかった

俺は・・俺は人を・・・俺は・・・俺は悪くない!


急に心臓の鼓動が早くなる。


そうだ・・・警察・・・警察に・・

事情を話せば・・・





こんな話を取り合ってくれるだろうか?


大変な事をしてしまった


取り返しのつかない行為


この男に対する罪悪感より先に


俺は自分の今後を心配していた

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