第5祈祷者:匿名希望  難易度:★★★★☆

<祈祷者情報>

氏名:匿名希望

年齢:38歳

性別:女性

祈願内容:心願成就


1

 今回お話しする方は、匿名希望で、匿名であればお話ししても大丈夫とのことでしたので、その点をご了承いただければと思います。

 確かに、この方の祈願内容は、かなりプライベートにかかわることでした。

 申込書に書かれた祈願内容は、例によって「心願成就」でした。

「えっと、今回御祈願されたい内容について、具体的にお話しいただいてもよろしいでしょうか?」

「かなりコアな内容なのですが、よろしいですか?」

「大丈夫ですよ。どんなお話でも伺います。」

―――ナルシスト男にはもう会いたくないけどね!!

「私には、今年中学2年になる息子がいます(実際にはこの時具体的な名前をうかがったのですが、プライバシー保護のためここでは名前は伏せてます)。息子は今不登校で、引きこもりなんです。自宅の自室からは一歩も出てきませんし、ご飯も、部屋の前に置いておいて、気が付いたらそれを部屋で食べているようなんです。そして、食べ終わると空の食器が部屋の前においてあります。そんなのが毎日続いているんです。神様には、ぜひ息子が引きこもりをやめて、学校に通う健全な中学生に戻ってほしくて、それを祈願するためにここに来ました。」

「なるほど、そういう事ですか。」

 引きこもりの話はテレビで少し見聞きした程度で、詳しい実態などを聞いたことはありませんし、こうして実際に引きこもりのお子さんをお持ちの親御さんに合うのも初めてのことです。

「息子さんはいつからそのような状態になってしまったのですか?」

「去年の7月からです。学校で嫌なことを言われてたそうなのですが、詳細を私たちに話してくれたことはありません。」

「息子さんが引きこもって何をしているのかはご存知ですか?」

「いいえ、知らないです。ただ、ゲームの宅配とかが届くことがたまにあるので・・・。パソコンは買い与えていますし、ネットにもつながっているので、そういうゲームをして過ごしているのかもしれません。」

「ゲームはもともと息子さんはご趣味でされていたのですか?」

「ええ、小学校の友達とよくやっていたようです。いわゆるゲーム友達ってやつですね。」

「そうですか。」

 私はずっと、目の前の方の顔にあざがあるのが気になっていました。聞いていいものなのか、聞かないほうがいいのか、ずっと迷っていたのですが、ちょっと聞いてみようと思いました。

「えっと、失礼なのですが、その顔のあざ、どうされたのですか?差し支えなければ事情をお聞かせいただけると助かるのですが・・・。」

「これですか。ああ、これは先日夫に殴られてできたものです。息子が引きこもりになったのはお前のせいだって殴られて・・・。」

「そうなんですか?夫婦で喧嘩などはされるのですか?」

「もうしょっちゅうです。息子が引きこもりになる1か月ぐらい前から喧嘩の頻度も増えましたし、こうして殴られることも増えました。それまではあまり手を上げるような人ではなかったのですが・・・。」

「ご主人のほうで何か状況の変化とかはあったのですか?例えば部署が異動したとか・・・。」

「昨年の5月にリストラになりました。すぐに転職先が見つかって、5月下旬から新しい会社で働いているのですが、そこでの人間関係は良好ではないようで。ストレスは溜まっているようなのですが・・・。」

 ご主人の方もいろいろストレスがたまっていたのでしょう。しかし、暴力という形でそれを発散させるのはよくありません。それを見てしまった息子さんも、どう思ったのでしょうか。

 引きこもりに至る原因は人それぞれにあります。ただ、一つ言えることは、家族が余裕のない状態に陥ってしまうと、引きこもりで苦しんでいるお子さんに手を差し伸べる余裕がなくなってしまい、引きこもりを加速させてしまう恐れがあるということです。私は前に本屋さんで立ち読みした新書に、そのようなことが書かれていたことを思い出しました。

「ご主人の影響が息子さんにも少なからずあるとは思うのですが・・・」

「ええ、それはわかっています。なんとなく、そんな気はしています。これまでとは明らかに様子が違いますから、今の主人は。」

「周りの方に相談などはされたのですか?」

「できません。ましては主人の両親や自分の両親には。主人の両親に相談すれば、きっと私が悪いって責められるでしょうし、私の両親に相談すれば、きっと別れろって言われるでしょうし。でも今の息子のことを考えるととても分かれて私の実家に帰ることはできないと思います。まず、家を出ようともしないでしょうから。」

「あなたとも、お話をしようともしないのですか?」

「ええ。家で息子が言葉を発した姿を見たことがありません。」

「そうですか。」

 部屋から一歩も出ない息子とは、一切口をきける状況にはないようで、いったいどうすればいいのか、私もわかりませんでした。きっと彼女も、行き詰ってしまったのでしょう。

「どうすればいいのですか。私はいったいどうすればいいのですか!」

 そういって、彼女は泣き出してしまいました。

 すると、お父さんが面談室に来たのです。

「あの、お父様・・・?」

「少し、下がってなさい。」

 私は言われた通り、控室に下がりました。

「かなえ、お疲れ。大変だったね。」

「抱えているのが重すぎね。」

「で、どう思う?」

「何が?」

「今回の方よ。」

「私は家族がみんな、引きこもっている息子さんにきちんと向き合えていないと思うわ。そうじゃない?」

「まあね。」

「きっと寂しいのよ。確かにお父様は転職をして、ものすごいストレスを抱えていると思うし、お母様も一緒。だけど、この年代の子ってすごく敏感じゃない?ご両親が自分のことに構っている場合じゃないってことはよくわかってると思う。だけど、やっぱり寂しいのよ。構ってほしいのよ。でも両親はそんな余裕はない。だからこうなっているのよ。」

 私はまつり姉さんに、素直に自分が思ったことを話しました。すると、姉はこういいました。

「余裕がないのね、お互いに。ご両親はお仕事のことで余裕がなくなって、息子さんは自分に構ってくれないことで余裕がなくなって。悪循環ね。見てられないわ」

「でもさ、それを見て諭してくれるのが神様なんじゃないかな。」

 

2

「そんなことを急に言われても・・・。」

「私の言っていることが理解できませんか?」

 父は、本殿で祈祷後、お母様にさっき私がまつり姉さんに言ったのと同じようなことを話していました。

「一日5分からでもいい。少し、息子さんに向き合いませんか?」

「でも、息子は部屋から出てこないんですよ!どうすればいいのですか!」

「まだ逃げる気ですか!息子さんが発しているSOSを、あなたは受け止めないのですか!」

 厳しい口調で諭す父。こんな姿を見たのは初めてです。

「あなたには、まだ息子さんをきちんと育てるための義務があります。自分でやるのが厳しいのなら、周りの助けを借りればいい。周りにばれるのが嫌だとか、そんなことを言っている場合ではありませんよ。もしこのまま息子さんが引きこもりになって、社会に大きな迷惑をかけるようなことをしたらどうしますか?今よりももっと悪い評判が出回りますよ!」

 お母様は黙っていました。

「冷静に、考えてください。すぐは厳しいでしょう。だけど、あなたは何とかして息子さんを助けたいと思ってここにいらっしゃった。その気持ちに嘘偽りはないと思います。その思いを受けて、神はあなたにアドバイスを与えた。そのアドバイスを、少し受け入れてみてはいかがですか?」

 お母様は、札を父から受け取り、祈祷料を払ったのち、黙って本殿を出て行ったのでした。


 その後、息子さんは少しずつ外へ出るようになったようです。暴力が多かったお父様も、お母様ときちんと話をしてからは暴力を振るうこともなくなり、息子さんときちんと向き合っていらっしゃるようです。

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五つ星神社 柊木まもる @Mamoru_Hiragi

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