その手をつかまなかった

堀越葵

その手をつかまなかった

任意の団体から無作為に男女を抽出する(「来月末に旅行行きます! 来れる人は連絡ください!」)とき、その男女比が等しくなることはまずありえない。

具体的に言うとどちらか――たいてい男子だ――が1余るケースが多い、というのが真理子の経験則で、その旅行もそうだった。ただしこのとき多かったのは女子で、つまり真理子だったのだが。

もっともそんなのは、顔を合わせたときに笑ってネタにする程度のことだ。集まりの最中はそんなことを気にする暇もなく、二人組になったり三人組になったりしながら、たらたらと会話を楽しむのが常だった。



久々に会う友人との旅は楽しくてはかない。変わったものと変わらないもの。長い付き合いの宏と茜は結婚が近いそうだし、隆文もプロポーズを控えているという。大学に残った陽太は、ついに九州の大学にポストを得られそうだと語っていた。

真理子だって変わった。少し出世もしたし、異動だって2回目だ。けれど相変わらず犬と紅茶が好きで、同じマンションにもう5年も暮らしている。



久々に会う友人との旅ははかなさのほうが勝る。

元々週末にしか会えないのだから、終わりもすぐだ。

何となく別れがたくてぐずぐずとしているけれど、皆ゆっくりとめいめいの帰路につく。真理子が、なんとなくひとり溢れたように思うのはこんなときだ。男女比を合わせたら解決するものなのか、それはわからないけれど。



真理子、と後ろから小さく声がかかる。

「もう時間ない? 少し飲まないか」

隆文だった。会うのは半年ぶりくらいで、時計を気にしながら、別れがたそうな目でこちらを見る。

この人と、毎日のように会っていた日々があった。

口下手なこの男が、なんてプロポーズをするのか、尋ねてみたいとも思った。

けれど気がつけば笑って、「ごめん、帰らなくちゃ」 と答えていた。



手を降ってずんずん歩く。旅の終わりはいつもさみしい。

あと少しだけだれかといたい。あと一軒だけ飲み屋に行って、一杯だけお酒を飲みたい。

古い友人のなかでも彼は特にその相手に足る人物だ。


でも私はその手をつかまなかった。



人に言ったら笑われるだろうその事実を芯にして、背筋を伸ばして、真理子は住み慣れたマンションを目指した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

その手をつかまなかった 堀越葵 @mtflat

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る