贖罪の薔薇
堀越葵
贖罪の薔薇
昔あるところに、1羽の鳩がいました。鳩は賢く、ふっくらとした胸と、白いつやつやの羽根をもっていて、とても幸福そうに見えました。その鳩が羽を休めた木々や、水を飲んだ池は、しばらくはその光栄にうち震えて言葉も話せず、鳩が去ったあとにようやく、鳩がどんなに美しかったか、自分がどれほど選ばれた存在なのかを、吹く風に語るのでした。
そんなことだから、鳩はいつもひとりでした。そうして、それを知っているのは風だけでした。
鳩はときどき風にこぼしました。「ああ、どこかに、わたしとゆっくり話してくれるものがあったらなあ! みんなわたしを賢いというけれど、わたしが賢いかどうか、本当に知っているものはいないじゃないか」。
風は、そんなことはありません、と思いました。けれど風は、みんなの言葉を聞くだけで、話すことはできなかったので、黙って優しいそよ風にのせて、ある花びらを贈りました。
それは薔薇の花びらでした。濃い赤の花びらは、鳩の白い羽根によく映えてとても美しかったので、鳩はその花びらが落ちないように、しばらくじっとしていたほどでした。
それからしばらくしたある日のこと、鳩は、ある茨の森にたどり着きました。その茨は深く、森の中に入っていくことはできそうにありません。鳩は尋ねました。
「いったいどうして、こんなふうにだれも入れないように、茨を繁らせてしまったの?」
茨は答えました。「この茨の中には、たったひとつ、美しい薔薇があるのです。わたしはそれを守っているのです」
鳩は思いました。薔薇とはあの美しい花びらの花に違いない。彼女なら、もしかするとわたしと話をして、わたしの美しさと賢さを、本当に讃えてくれるかもしれない。
「その薔薇に会わせてもらえないだろうか」と鳩は言いました。茨は答えます。「それはとても難しいのです。もし薔薇に会いたいのなら、この茨を抜けていってください」。
鳩は深く悩みました。けれど、もうひとりで、ひとりきりで美しいままあるのは嫌だったので、思い切って茨に飛び込みました。
茨の刺は、鳩の幸福そうな胸を傷つけ、つやつやの羽根はボロボロになりました。辛くなると茨に話しかけ、茨はそのたびに優しい言葉をかけました。茨もまた賢く、鳩はそんなふうにだれかと話したことがなかったので、体は傷ついても、心はすこし幸福でした。
そうして幾夜も茨の中をさまよったけれど、薔薇の花は見つかりません。七日がたったある日、鳩は茨に話しかけました。
「茨よ、薔薇が見つからないんだ。どこにあるんだろう。よかったら教えてもらえないか」
聞こえてきたのは、茨のか細い泣き声でした。「ごめんなさい、ごめんなさい、鳩さん。花なんてないのです。わたしにはあんな可憐なものはありません。あなたにわたしの中に来てほしくて、風に頼んであなたを呼んで、なにかがあるふりをしたのです。わたしにはなんにもないのです。なのにあなたを呼び寄せて、あなたをボロボロにしてしまった。ごめんなさい。一体どうしてお詫びができるでしょう」
鳩はしばらくあっけに取られていましたが、やがていいました。
「なんだそんなこと。あなたになにもないなんてことはない、よく見てご覧なさい」
見ると茨の体には、いたるところに鳩の血がついていました。それはまるで賑やかな薔薇園のようでした。
そうして鳩は力尽き、茨も枯れてしまいました。しかしそのとき、茨の奥には、一輪の赤い薔薇が確かに咲いたのでした。
贖罪の薔薇 堀越葵 @mtflat
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