春の傷痕

真白なつき

プロローグ

第1話 隣、空いてますか?


――出会いと別れ


それは春になるとそこら中に転がっている

ありふれた出来事


毎年毎年

はじめましてとさよならを繰り返しながら

みんなは春を上書きしていく


でも

その中には上書きをされても

消えずに残っていく記憶もある


それはその人にとって

覚えていたい記憶かもしれないし

もしかしたら忘れてしまいたい記憶かもしれないけれど



春はそうやって

気まぐれに

誰かの心に引っ掻き傷を残していく





    #





――春というのは、どことなくよそよそしい季節だ。


 優太は大学の講義室で一人、周囲の微かなざわめきの中に身を置きながらそんなことを考える。


 金曜2限。二人掛けの机が縦に4つ、横に3つ並んだ小さな講義室には、大学生特有の長い春休みを終え、久しぶりの友との再会や講義という環境に浮き足立ち、あるいはほどよい緊張を胸にした学生たちが集まってくる。


 4月、優太は3年生になった。


 優太の所属する文学部は、俗にいう「ホワイト」な学部だ。

 配属する研究室によって差はあるが基本的に必修の講義はなく、徹夜必須の課題も落第者続出の試験も存在しない。

 卒業に必要な単位数の設定もゆるいもんで、この時期になると講義を10コマもとれば同じ文学部の友人に「頑張ってるね」なんて言われるくらいだ。


 そのセリフも別に嫌みっぽく言われたわけではない。


 大学という環境の自由さは人の心にも余裕を与えるようで、ある意味で個人主義みたいなところがある。

 だから優太は今期初めての金曜2限のこの講義を一人で受けるつもりだった。


 窓際、前から3列目の席に、一人。


 真っ白なルーズリーフと最低限の物しか入れていないペンケースを机の上に出しながら、講義室を見渡す。

 優太のように一人で机を陣取っている学生は割といて、各々スマートフォンを触ったり読書をしたり、講義開始前の個人の時間を過ごしている。

 グループで固まって座っている女子たちもいるが、彼女らも周囲の静けさに当てられてか、ひそひそと話をしては笑いを堪えている様子が伝わってくる。

 きっと長期休み明けで久々に集まり、積もる話もあるのだろう。優太はそう結論付ける。


 そんな自分はいかがなものか、とふと目の前に視線を落とすと、真っ白いルーズリーフの上に転がるシャーペンが、窓から射し込む陽の光をちらちらと反射していた。


――春というのは、どことなくよそよそしい季節だ。


 そんな、新しさと懐かしさを内包する季節に。



「隣、空いてますか?」



 優太は、ある一人の女の子と出逢った。

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