第140話 ハイタッチ

 オルガ陛下の屋敷に泊まった夜、俺は朝までぐっすりと眠ってしまった。


 屋敷の警護を陛下の親衛隊がしてくれているという安心感もあったが、何よりベッドの寝心地が最高だった。これ、グレードが上の部屋のベッドなんかは一体どうなってるんだろうなあ・・・。


 ふと周りを見てみると、エレオノーレさんやユリアーナまでもがまだ寝ているようだった。普段出先では用心からか、あまりぐっすり眠ることが無い二人なんだけど、今日は警護の心配もないしな。


 珍しく早起きしてしまったので、俺は屋敷の中をちょっと散歩してみることにした。周りの人たちを起こさないよう静かに部屋を出る。俺たちの部屋の警備をしてくれてる人にお礼と挨拶をした後、1階に降りるとルーナがロビーの清掃をしていた。


「ルーナさんおはようございます」


 俺の声に気付くとルーナは手を振って挨拶を返してきた。


「おはよーシンシン」


「シンシン!?」


「え?だってあなたシンって名前なんでしょ?だからシンシン」


「そうですか・・・」


 たぶん抵抗しても無駄だろうな~ってのは、ユリアーナで十分わかっていたので、そのままにすることにした。


「それにしても朝早いですね。いつもこんな時間に?」


 今は朝5時だ。俺は昨日疲れていたからか早めに寝てしまったので、朝早く目が覚めてしまった。この時点で清掃しているルーナさんはもっと早くに起きていたって事だろう。


「いやー、さすがにいつもはもっと遅いよ~。でも今日はオルオルが来るからねー」


 そう、今日はオルガ女王が来る日なんだよなー。正直それもあって早起きになっちゃったのは否めない。昨日は陛下にどういう説明をしようかとか考えていたらいつの間にか寝ちゃってて・・・。


 ちなみにティルデは昨日の晩のうちに町にいる陛下の元に戻っていった。昨日の今日で陛下は来られますかね?って言ったら「絶対来る」と断言してたな。なので、今日のいつ頃陛下が来られるかはわかってない。


 なので、いつ来られても良いように準備だけはしとかなきゃな。


◇◇◆◇◇


「ねえ、本当に今日女王様来るのかなー?」


 ただぼけーっとオルガ陛下が来るのを待つのもあれなんで、みんなで建物の裏の草むしりを午前中行っていた。んで、今はちょっと遅めの昼ご飯を食べているところだ。


「うーん、どうでしょうか?陛下もお忙しい身でしょうからね。もしかしたら明日以降という事も考えられるかも」


 俺はユリアーナの質問にそう答えたけど、たぶんそれほど忙しくは無いだろう。陛下が今行動されているのは公務では無く、ご自分で決定している事だろうから、たぶん調整なんかも自由が利くんじゃないかな。


「みんなー!オルオルがきたよー!」


 そんな時だった。女王陛下が到着されたとルーナさんが教えに来てくれたのは。俺たちは慌ててテーブルから離れ、正門前へとやってきた。


 6台ほどの馬車の真ん中の馬車から降りてきたのは、この国の女王であるオルガ・ヴィオラーノ陛下だ。ピンと伸びた背筋と姿勢の良さからも、育ちの良さってのが見て取れる。まあ、女王様なんだけど。


「オルオル~ひさしぶりー」


 俺が女王様を見てカッコいいわーとか思ってたら、ルーナがそう言いながら陛下のほうへ走っていった。衝撃的な光景だよな。屋敷のメイドが女王陛下に「オルオル~」だぞ?ありえねーよ。


 そしてそのままルーナは女王様とハイタッチをしていた。まじかよ・・・。女王様もそんな感じなの?え?まじで?


 あっけにとられた俺は、ふと皆の反応はどうなんだ?と思って周囲を見てみると、屋敷の人達と軍関係者、それにいまいち状況が分かっていないソフィを除いた、つまりシン・コレナガご一行は、もれなくみんな目を丸くしていた。あのユリアーナでさえもだ。


「コレナガさん」


「あ、はい!」


 俺が二人のハイタッチを呆然と眺めていると、陛下はいつの間にか俺のそばまでやって来ていた。


「今日は先日私がお願いした協力関係について、具体的なお話をして下さるとクラリッサから聞いてまいりました。ありがとうございます。今日は楽しみにしております」


「陛下にご満足頂ければ嬉しいのですが・・・」


 正直、果たして陛下が俺の案にOKを出してくれるかどうかが、実は一番不安だったりする。と言うのがさ、陛下って命が掛かっているにも関わらず、この施設を手放そうとはしなかったんだぜ。相当思い入れがあると思うんだよね。


 俺の案は、そんな大切な陛下の施設を、丸ごと宿屋にして、尚且つ人に貸してしまうという代物だ。陛下が難色を示しても仕方ない内容だと思うんだよ。


「コレナガさん、早速で申し訳ないのですが、お話を聞かせて頂いてもよろしいでしょうか?」


「それでは2階の大部屋でご説明させていただきます」


「あら、ロビーでお話しするんじゃないんですか?」


「はい。私の提案を説明するのには、お部屋のほうが良いかと思います」


 いやまあ別にロビーでも良いんだけど、やっぱ雰囲気は大事だよな。具体的にこの部屋をこういう風に使いますって説明するわけだし。


 そういうわけで、俺たちと陛下は俺たちが泊まらせてもらっている部屋へとやってきた。そして急遽用意された人数分のソファに皆が座るのを待ってから、俺は女王陛下に説明を始めた。


「それでは女王陛下に、私達が考えた案を説明させて頂きます」


「よろしくお願いします」


「結論から言いますと、私達はこのお屋敷を宿泊施設として再利用を考えております」


「この避暑施設をですか?」


「そうです。お屋敷を見させてもらいましたが、とても立派な建物で、どの高級宿と比較しても遜色がないとの評価も、商会の人間であるアリサからもらっています」


「あら、アリサさんは商会の方でしたの?」


「挨拶が遅れました。私、バリー商会の「ミュリエル・ド・バリー」と申します」


 あ、そういえば「アリサ」って名前はユリアーナが呼んでるあだ名みたいなものだった。すっかり忘れてた・・・。


「まあ、もしかして北リップシュタートの?」


「はい。陛下はバリー商会をご存じで?」


「ええ、昔、リップシュタートが危機に陥った時に、バリー商会が危機を救ったとお聞きしています」


 そういえばそんな話があったな。リップシュタート湾が不漁に陥った時に、アリサが周辺の中小の商会をバリー商会に編入させて難を乗り切ったんだとか。


「そんな商会の方が今回の件に関わってくれてるとは頼もしいですね」


「陛下、今回はそれに加え、サランドラ商会からもブリジッタさんが参加してくれています」


「ブ、ブリジッタと申します!」


 いきなり俺に話を振られたブリジッタは、そりゃもうすげえ勢いで挨拶していた。


「サランドラの方まで?本当にありがとうございます」


 良かった!アリサがいることで陛下の信頼度が格段に上がった気がする。そこにサランドラ商会も関わることでさらにダメ押しの気分だ。


 陛下には何としてもこの案を受けてもらわなきゃいけないからな。じゃないとティルデとアリーナが、この先ずっと危険にさらされる可能性があるからな。


 そして俺は気合を入れ直して、女王陛下へのプレゼンを再開した。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る